第69話:黒のアレクと金のアレク

 それは突然の出来事でした。


 ワタクシと兄のアレクサンドルがリビングでお茶を飲んでいると、急に床が光って魔法陣が現れ、そこからアレクそっくりの男性が現れたのです。


 キリッとした整った顔に青い瞳や体型だけでなく、胸元が開いた服まで何もかもがアレクと同じ。

 ただ、ひとつだけ違うのはアレクが黒髪であるのに対し、魔法陣から現れた彼は綺麗な金髪であるということでした。


「まるでアレクのアナザーカラーって感じですね……」


「ゲームみたいに言うなよ。おい、オマエ。何モンだ?」


「……アレックスだ」


 彼はつぶやくように答えました。

 見た目だけでなく、名前まで似たような感じとは。これはいったいどういうことなんでしょうか。

 その時、魔法陣が再び光ってそこから声が聞こえました。


『――並行世界のワタクシ、聞こえますか?』


「えぇっ、並行世界ですって⁉ それにこの声は――」


 ワタクシが返事するよりも早く、アレックスと名乗った男性が魔法陣に向かって声をあげました。


「ジュエル!」


『アレックス! 無事ですか⁉』


「うん」


『そこにワタクシは居ますか?』


「あぁ、ジュエルそっくりの人がいる」


『よかった、では話が早い。――すみません、ワタクシはジュエルと申します。転送魔術の実験の途中に、手違いで並行世界へ兄を飛ばしてしまいました』


 なんと、このアレクそっくりのアレックスは並行世界から来たというのですか。


『大変申し訳ありませんが、帰還させるのに一週間ほど準備が必要なので、どうかそれまで兄を預かってください』


「え、えぇ……」


『必ず迎えに行きますので、それまで兄をよろしくお願いいたします! あぁ……そろそろ魔力が切れ……す……みませ……ん』


 声が小さくなると同時に魔法陣は消えました。


「ジュエル⁉ ジュエル! ジュエル……」

 

 もうただの床になってしまったのに、アレックスは何度も名前を呼びかけながら魔法陣のあった場所を手でなぞっています。

 そのさびしそうな背中に、ワタクシは恐る恐る声をかけました。 


「あの……アレックス」


「なんだ?」


「さっき、魔法陣から聞こえていた声はあなたの弟さんですか?」


「あぁ、そうだ。魔術や錬金術とかいろいろ研究するのが趣味でな。今日も一緒に転送魔術の実験をしてたんだ」


「そうでしたか。とりあえず事情はわかりましたので、よかったら迎えが来るまで我が家に滞在するといいですよ」


「……しばらく世話になる」


 アレックスは目を伏せながら、静かに答えました。


「よう、並行世界の俺! 俺同士仲良くしようぜ!」


 アレクがうついているアレックスに話しかけ、元気付けるように肩に手を置くと、彼は黙ってその手を振り払いました。


「……なんだよ、愛想悪いなぁ」


「…………」


 アレックスが黙り込んでしまい、気まずい空気が流れたのでワタクシは慌てて彼に話しかけました。


「し、しかし本当にアレクに瓜二つですね!」


「そう言うアンタも、弟のジュエルにそっくりだな」


 ――おや、ワタクシには普通に話してくれるみたいです。


「そういえば、弟さんは何をしていらっしゃるんですか? やはりアンティークのお店経営を?」


「いや。よくわかんないけど、錬金術で大儲けして会社いっぱい経営しててさ。今は他人に事業を任せて、特に何もせずに毎日俺と遊んで暮らしてるぞ」


「うぅ、並行世界だから仕方ないですが、格差を感じますね……」


 ワタクシがショックを受けていると、さらにアレックスはまったく悪気の無い感じでたずねました。


「――で、家はどこだ? ここは使用人の部屋か何かだろ?」


「いえ、ここは家ですし、この部屋はリビングです」


「嘘だろ……こんなに狭いなんて」


「くっ、これでも我が家で一番広い部屋なんですけどねぇ……」



 こうしてアレックスを預かることになったんですが、彼はどうにもアレクのことが気に入らないようで、彼らはケンカばかりしていました。


「なぁ、ジェル。コイツのハンバーグの方が大きいんだけど」


「いぃや! アレックスの方が大きい!」


「なんでだよ? オマエの目おかしいんじゃねぇか?」


「あぁ⁉ そっちこそおかしいんじゃねぇか?」


「二人とも止めなさい! どっちも同じですから!」


 とにかく終始この調子で、いつ彼らが衝突するかと思うと目が離せないのです。


「まったく。どうして仲良くできないんですかねぇ」


 さらに問題なのは、空き部屋が確保できなかったのでリビングをアレックスの部屋に使用したことでした。

 今までアレクは、リビングのソファーで寝転んでアニメのDVDを観たりゲームをしたりしていたのに、彼が居るせいでそれができなくなったのです。


「おいアレックス。ここでパン男ロボ観ていいか?」


「俺はそんな子どもみたいなの観ないから、あっち行け」


「そんなこと言わずにさぁ。おやつもあるから一緒に食いながら観ようぜ。面白いぞ!」


「駄菓子とかそんな安っぽいもん食うわけねぇだろ、ばーか」


「なんだと……」


 さすがにアレクも我慢の限界がきたようで、声のトーンが下がります。


「なぁ、アレックス。なんでそんなに俺につっかかるんだ?」


「オマエの黒いウニみてぇな頭見てるだけで腹立つんだよ!」


「何でだよ。俺はオマエと仲良くなりたいと思ってるんだぞ?」


「……俺はテメェと仲良くしたくねぇんだよ!」


 アレックスは吐き捨てるように言いました。

 その言葉を聞いたアレクは完全に頭にきたらしく、後はもう売り言葉に買い言葉といった感じでケンカが始まってしまったのです。

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