第56話:リュージの恩返し
それは、中国を旅行している兄のアレクサンドルから電話がかかってきたことから始まりました。
「え、うちの店に人を派遣した? アレク、どういうことですか?」
「いやさぁ、山奥で落し物して困ってるヤツがいたからさ、一緒に探して見つけたんだけど。そしたらすげぇ感謝されて何でもお礼するって言うから……」
「落し物? 何を落としたんです?」
「なんかよくわかんねぇけど綺麗なガラス玉だったぞ」
「ふーん、何かお宝だったんですかねぇ。それで?」
「あぁ。それで『俺は何も要らないから、代わりに弟がアンティークの店やってるから手伝ってやってくれ』って言ったら、わかったって言って消えちまってなぁ……」
「えぇ……⁉ 別に店は忙しいわけでもないですし、来られても困るんですが」
「まぁそう言うなよ、気のいいやつだったぞ。リュージって名前らしいから、もしそっちに来たらよろしくな~」
「リュージさんですか。はぁ、わかりました。なるべく早く帰ってきてくださいね」
ワタクシは電話を切って店のカウンターに座りました。
すると、ドアの向こうから明るい男性の声がします。
「コンニチワー! アレクさんのところからキマシタ! リュージデス、ヨロシク!」
「あ、ようこそ……」
……あれ、その辺の人間が簡単に店に入れないように周辺に結界を張ってたはずなんですが。
最近手入れしてなかったし、効力が弱まってたんですかね……?
それに、今さっきアレクから電話をもらったばかりなのにずいぶん早いような。
ワタクシは不審に思いつつも、ドアを開けて彼を招きいれました。
「ジェルさんデスネ! 今日はお手伝いしにキマシタ!」
リュージさんは綺麗な装飾が入った青い着物を着て、長い黒髪を後ろで束ねていました。
アジア人らしい切れ長の細い目をさらに細め、人の良さそうな笑顔を浮かべています。
「あ、ありがとうございます。ずいぶん早く来ましたね」
「ハイ、急いでトンデキマシタ!」
「そ、そうですか。それはどうも……」
「ジェルさん。私、何シマショウ?」
「いえ、そんなお手伝いしていただくわけには……」
見ず知らずの方にそんなことをさせるのは申し訳なく思ったので、丁重にお断りしたのですが、彼はどうしても手伝いをしたいと譲りません。
「私、ご恩返しをしないとオウチ帰れないヨ!」
「そうですか……そこまでおっしゃるのならお願いしましょうか。では、店の商品にはたきをかけてもらっていいですか?」
ワタクシはカウンターのそばに掛けてあった、はたきを彼に手渡しました。
「この棒はどうやって使うんデスカ?」
……え、あぁ。はたきを見たことがないんですかね。
「これはこうやって埃を払うのに使うんですよ」
近くの棚の上を軽く掃除してみせると、リュウジさんは大きくうなずきました。
「ワカリマシタ! やってミマス!」
彼はアンティーク雑貨や薬品が並んだ棚を、はたきをパタパタさせながら掃除し始めました。
「ジェルさん、この店の物とてもイイネ!」
「ありがとうございます。ワタクシのコレクションやアレクが旅先で買ってきた物もありますが、それなりに厳選はしておりますから……」
「イッパイ魔力感じマス」
「え?」
「イエ、何でもナイデス!」
彼は丁寧に棚のほこりをはらい終え、活き活きした表情で報告しました。
「ジェルさん、終わったヨ。次は何スル?」
「ありがとうございます、じゃあ次は床を掃いて、窓拭きですかね……」
「ユカヲハイテマドフキ……?」
彼はきょとんとした顔でワタクシを見ます。
「あー、えっと。リュージさん、掃除は初めてですか?」
「初めてデス!」
彼はまったく悪びれずに元気に答えました。
まさか掃除をしたことがないなんて……裕福そうな身なりですし、彼はどこかのお坊ちゃんなんでしょうかねぇ。
ワタクシは苦笑いして、箒を手に取りました。
「えっと、これが
「ウンウン」
「で、これがガラスクリーナーで、こうやって窓ガラスにかけると……」
「オー、泡がイッパイ出てキマシタネ!」
リュージさんに掃除の方法を教えながら、二人で店の掃除をしました。
幸い彼はすぐに理解し一生懸命取り組んでくれたので、あっという間に終わりました。
「できたヨ! ジェルさん、次は何スル?」
「そうですねぇ……店のことはもうこれでいいんで、のんびりしていただければ」
「マダマダ元気ダヨ? 他の事もイッパイスルヨ!」
もともとお客さんがまともに来ない暇な店ですし、特に手伝ってもらうことも無いので休憩を提案しますが、彼はまだ手伝いがしたいと言って譲りません。
後はもう家のことくらいしかないんですが……
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