第20話:魔人のジンちゃん
今日はなんとなく嫌なことがある予感がしてたんですよ。実際ロクでもない日になりました。
アラビア半島を旅行していた兄のアレクサンドルが、奇妙な男性を連れて店に帰ってきたのです。
男性の身長は百九十センチ近くありそうで、筋肉の盛り上がりがたくましく、何か格闘技でもしているのでしょうか。道で出会ったら避けて通りたくなるような、いかつい体格です。
しかし、その仕草は媚びるようにクネクネしていて、体躯に似合わぬ異様な雰囲気を醸し出しています。
「あら~! ここがアレクちゃんのオ・ウ・チ! かわいい! 超かわいい~!」
男性はどこから出たのかわからないような素っ頓狂な声に、両手を頬に当てプルプルと顔を振る大げさなポーズで、かわいいと連呼しています。
桃色の髪を細かく編みこんで白いターバンを巻き、おとぎ話に出てきそうな派手なアラビア風の衣装を身にまとっていることから察するに、一般人では無さそうなのですが、何者なのでしょう。
「……アレク。そちらの方は?」
隣でぼんやり突っ立っていたアレクは急にあたふたしたかと思うと、いきなり突拍子もないことを言いだしました。
「お、おう! 紹介する、こちらランプの魔人のジンちゃんだ。えっと、ジンちゃん。こいつが俺の婚約者のジェル……ジェル子だ!」
――え?
すみません、理解が追いつかないのですが。ランプの魔人に婚約者にジェル子?
よくわからない状況に困惑していると、アレクが魔人に一気にまくしたてました。
「なっ! わかったろ? 俺、ホントに婚約者と一緒に住んでんだよ! だから俺とは縁が無かったと思って諦めて……」
「んまぁ~、アレクちゃん。フィアンセがいるってホントだったのねぇ~! あんらぁ~アナタ、なかなか可愛いじゃない~! 綺麗な金髪にお人形みたいな大きな青いお目目! 嫉妬しちゃうわぁ~!」
魔人は、いかつい両手を握り締め、ワタクシを見て大げさに感動しています。
「だろ、めちゃくちゃ可愛いんだよ! ――いや、そうじゃなくて。だからさぁ、もう俺のことは良い思い出か何かにしてもらって……」
「あら? ジェル子ちゃんって女の子なんでしょぉ? なんで男物のお洋服なんて着てるの~?」
「いや、それはその……そういう趣味なんだよ! だから、なっ。もう、ほら、もう帰ってくれよ……」
アレクはすっかり困り果てた様子で頭を抱えています。
ワタクシが兄の婚約者で、男装が趣味。そんなバカな。
そもそもジェル子ってワタクシ達はフランス人なのにありえないでしょ。
ランプの魔人は訝しげにこっちを見ては首をかしげています。そりゃそうですよね。
この状況をどうにかしろとアレクに冷ややかな視線を送ると、何を思ったのか彼は作り笑いを浮かべてワタクシに抱きつきました。
「いや~! ジェル子、逢いたかったぜー! そんな冷たい目で見んなよー! あぁ、そうか。淋しかったんで拗ねてるんだよな! そうだな? ほんっと可愛いな、アッハハハハ~!」
……思いっきり棒読みですが。何のつもりですかね。
そう思っていると、アレクが抱きついたままコソコソと耳打ちをしてきました。
「ジェル、すまん、付きまとわれて困ってるんだ。助けてくれ」
「なんですかあの生物は」
「アラビアンナイトのランプの魔人だ。好奇心でランプを磨いたら出てきちまった」
「はぁ……神様が来る店ですから魔人が来店しても不思議ではないですが、魔人なんて初めて見ましたよ」
「俺だって初めてだよ。いいか、とにかく婚約者のふりしてくれ、頼んだぞ!」
「わかったから離れてください」
ワタクシはすがり付くアレクを突き放し、魔人の方を見ました。
たしかに絵本にでてくるアラビアンナイトの魔人のような衣装ではありますが、どう見てもただの屈強そうなオカマにしか見えません。
「あなた、本当にアラビアンナイトのランプの魔人なんですか?」
「えぇ、そうよぉ~? アタシのことはジンちゃんって呼んでねっ! 悪い奴にランプで封じ込められちゃったんだけどぉ~、アレクちゃんが助けてくれたのぉ~!」
「はぁ」
「アタシって世間的にはランプから呼び出した人の願いを叶えるって伝説が出回ってるわけ」
「じゃ、アレクが願えばお帰りくださるのですか?」
「やぁねぇ、あくまで伝説というか昔の話よ~。今はフリーだからそういうのナシ」
ジンはナシナシと言いながら手を振って、肩をすくめます。
「じゃ、願いは叶えられないと」
「そう。それなのに悪いやつが伝説を真に受けて、アタシをランプに封じ込めて誘拐してねぇ」
「それは大変でしたね」
「でも願いを叶えてくれないと知ったら、またランプに封じ込めてアタシごと古道具屋に売り飛ばしたの。そこからたらいまわしの日々よぉ~。ランプの中は狭くて暗くて超辛かったわぁ~」
それがこのランプなのよ、とジンは店のカウンターに古びた金色のランプ置きました。
「なるほど。それをアレクが手に入れた、というわけですね」
「そうなのぉ~! アレクちゃんってば超ハンサムだしぃ~イケボだしぃ~! アタシひと目で好きになっちゃって~! 恋人になってぇ~ってお願いしたら、アレクちゃんおうちに婚約者が居るって言うからぁ~」
それで家まで付いてきたというわけですか。まったく迷惑な話です。
ワタクシは眉間にしわを寄せてため息をつきました。
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