三章

ー リラは爪弾かれる(1) ー

「…以上が、謁見の流れとなります。ご不明点などございますか」

「いいえ。ありがとうございます」


エイグロウ城の応接間で文官から受けた説明によると、謁見自体は貴族向けに体裁を整えるだけの形式ばったものであり、詳しい会談の場は別途設けられるとのことであった。ひとまず、あの衆目の中で何かをしなければならないことはないようで少し安堵する。


当然と言えば当然であるが、私が神々の娘レギンレイヴであることは公表されない。警護に付いて下さる第三騎士団でも、マーナガルム騎士団長閣下とサーベラス副団長閣下にしか知らされていないという。では、どんな名目で謁見するのかというと『フリュールニルの戦乙女』のお披露目だ。


私がその二つ名で呼ばれ始めたのは、約20年ほど前。きっかけとなった件の合同演習では、貴族の子弟も多く所属する第一騎士団も参加していた。人間族だけで構成されている第一騎士団の主任務は、王都の治安維持と周辺の魔獣狩り。アレウス様のお話によると、王都勤務の所謂エリートでありプライドが高く、実力があって配属されたはずだが王都周辺には弱い魔獣しか出ないため長らく戦線を離れているに等しい。つまり、腕を鈍らせないための、もとい、お灸を据えるための合同演習だったわけだ。


そんな中での夜間の敵襲。混乱する第一騎士団を尻目に、統率の取れた第三騎士団と我らヘルモーズ隊。そして闇夜に煌く異端の幼女の活躍。彼らのプライドはズタズタになったらしく、皇帝陛下は大変満足されたという。しかし、そこで不満を募らせたのが自慢の息子達を送り出していた貴族達だ。私からすれば、五体満足で帰ってきただけで十分に儲けものだと思うのだが、彼らの矜持というのはそれ以上の価値あるものらしい。

自慢の息子達の矜持を砕いた象徴となった『フリュールニルの戦乙女』に褒章を与えれば、己の面目は保たれると考えたのだろう。一目会いたいと皇帝陛下に懇願した結果、私が見つかった…というわけだ。まさか噂の『フリュールニルの戦乙女』が長らく求めていた神々の娘レギンレイヴであったことは、皇帝陛下にとって僥倖としか言いようがなく、魔王様が『隠しきれなくなった』と苦虫を嚙み潰したのも頷ける。


「お嬢、大丈夫?なんか具合悪そう。ちゃんと魔力酔い覚ましケイロンミード飲みました?」

「え、大丈夫ですよ。そんなに変な顔をしていましたか?」


緊張を見抜かれたのか。リーグル様の観察眼には本当に敵わないと思うのと同時に、この程度のことすら隠し切れない己の未熟さに嫌気が差す。


「んー、いつもの可愛さから言うと、一割くらい陰りが見える」

「リーグル様。お戯れは程々になさって下さい」

「いーや。これは由々しき事態だって。お嬢は俺たちの癒しで居てもらわないと」

「ここは自陣ではないのですよ。きちんとなさってください。その呼び方も」


このような場であってもいつもと変わらない調子のリーグル様に乗せられて、私もつい緊張が解け、小言を漏らしてしまった。でも間違ったことはいっていないはずだわ。だってここには賓客として招かれている身なのだから。


「はは、なんか参謀殿の気持ちわかってきちゃったなぁ。うん。かーわいい」

「ディートリヒ‼言葉を慎め。アウストリ嬢、私の配下が申し訳ない」

「え、いえ…。問題ありません、マーナガルム騎士団長閣下」

「がははっ、気にするでないシグルド‼我が曾孫が愛らしいのは事実だからな‼」

妖魔族ファフニールの中で最も美しい宝だ」

「………」


もはや何も言うまい。ここに居る御仁たち…いえ、シグルド様以外は、揃いも揃って私をからかって謁見までの暇つぶしをしているのだ。私は供されたお茶をすすりながら、頭上で交わされる言葉を右から左へと受け流す。私以外は全員幾度となく戦線を共にした仲であるため、久しぶりの会合気分なのだろう。


ふと顔を挙げると、サーベラス副団長閣下とばちっと目が合った。


「なぁ、俺もお嬢って呼んでいい?」

「いいぞ」

「ダメだ。お嬢は俺たちのなんだから」

「なぜアレウス様とリーグル様がお答えになるのですか…」


しかも回答が真逆だ。緊張が解けるを通り越して脱力してしまう。


「ディートリヒ、いい加減にしないか。敬意を払え」

「あの、どうぞ、お気になさらず。マーナガルム騎士団長閣下もサーベラス副団長閣下も呼びやすいように呼んで下さって構いません」

「じゃあ、俺もお嬢って呼ぶからさ、そのなんたら閣下ってやめてくんねえかな?ディートリヒでいいし、何なら愛称つけてくれてもいいよ」

「ディートリヒ‼」

「お前も堅苦しいんだよ、シグルド。今ここにいる全員は運命共同体だ。畏まってちゃ、お互いの腹ん中なんてわかりゃしねえ」


そうか。この方もリーグル様と同じく、観察眼に優れた方なのね。運命共同体…。確かに、私が神々の娘レギンレイヴであることを知っているという秘密を抱えた仲で遠慮し合っていては心は通じ合えないだろう。心が通じ合わなければ本当の意味で危険を察知することはできない。彼らは神々の娘レギンレイヴを失うわけにはいかないのだ。私を守るというのは、危険を遠ざけるという意味だけでなく、私が神々の娘レギンレイヴとして役目を果せるまで見守ってくださることなのだろう。


「…こんなに、心強いお言葉をいただけるとは思っておりませんでした。ディートリヒ様、シグルド様。改めて、どうぞよろしくお願いいたします」

「な?シグルド。お嬢はこう言ってるぞ」


シグルド様はディートリヒ様に呆れた視線を送りつつ、小さく溜息をつくと私に向かい合った。


「………」

「何見つめ合ってんだ、惚れたか?」

「馬鹿を言うな‼あ、いや、これはアウストリ嬢に失礼だな。あー…、すまない、私はこういう時に上手い言葉が出てこなくて……」


ぺしょ…と下がった犬耳が愛らしく、私は思わず笑ってしまう。


「ふふっ、シグルド様もお好きに呼んでくださいませ。お嬢…というのは、リーグル様が広めた愛称のようなものなのです。もし呼びにくければ、ノルンと」

「では…、ノル…ン、と呼ばせてもらおう…」

「はい。シグルド様」


シグルド様は、少し赤くなった頬を隠すように、カップに口を付けた。

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