ー 月狼の遺志を継ぐ者(3) ー
「あれが名高い『フリュールニルの戦乙女』だって?」
「まだほんの子供じゃないか」
「いえ、あれは
「まあ…なんて恐ろしい。でも確かに鱗は星のような輝きですわ」
「よくご覧になって。いくら美しくともあの角と尾。
「
(まったく、あれで声を潜めているつもりなのかしら…)
ここは、ブレイザブリク帝国の首都ログにある王城エイグロウ。応接室に行く道すがらの回廊である。
(いえ、駄目ね。たったひとつの側面に過ぎないことで決めつけるなんて、愚か者のすることだわ)
好奇の眼差しに晒されるのは慣れているはずよ、ノルン。私は
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
————遡ること数刻前。
「お嬢ーっ、そろそろ見えてきたぜ‼」
「相変わらず騒がしい奴だ」
「がははっ、そう言ってやるなアレウスよ!!」
「父上もです」
「なんと可愛げのない息子じゃっ‼それに比べ、我が曾孫の愛らしいこと!!」
「ひ、曾祖父様、苦しいです…」
曾祖父様は片手で手綱を操りつつ、前に乗る私をもう片手でぎゅうぎゅうと抱きしめる。屈強な上腕二頭筋と腕橈骨筋の狭間で締め上げられながらもリーグル様が指示した方角を見やると、遠方に美しい白亜の城と城壁に囲まれた大きな街が見えてきた。
「あれがログの街ですか…。さすがは首都ですね」
城壁が高く、まだ街の全容はわからないが、貴族の邸宅らしき豪奢な屋根が見え隠れしている。きっと街並みも立派なのだろうと容易に想像できて、ほうと息をついた。さすがに竜に乗ったまま街に入ることはできないため、城壁前で城の遣いと落ち合う手筈になっていると伺ったけれど、何事もなくうまく行くかどうかはわからない。
(すべては、私に懸かっているのだわ。しっかりしなきゃ)
目的地までもう数十分で着くだろう。出立前にお父様から聞かされた話を思い出しながら、私は改めて気合を入れ直す。今回の謁見の意味、妖精戦争のこと、
————それは、神話に近い時代の話。
八本の母なる世界樹イルミンスールは、海の底から遙か雲の上までそびえ立ち、文字通り世界を支える柱であった。
しかし、
エルフ族は、弱りゆくイルミンスールと
そして
(そうして勃発したのが、妖精戦争…。
皮肉なことに、妖精戦争によって
世界の崩壊を防ぐためとはいえ、
(そして、代理的イルミンスールである
しかしながらそれであっても、一部動植物の絶滅や異常気象など世界の生態系に影響が出始め、ゆっくりと着実にエンテレケイアは崩壊へと向かっている。それを食い止めるには、一時的に
つまり、
この『本当の姿』を知るのは、ブレイザブリク帝国の代々皇帝陛下とその極一部の側近、そして代々の魔王様とその極一部の側近のみ。妖精王と始祖の魔獣たちとは意思確認ができていないが、そもそも意思疎通ができる相手とは限らない。エルフ族は行方が知れず交流がないが、イルミンスールと
「…曾祖父様。私、この世界に生まれた意味を初めて知りました」
「……うむ」
本当は好きじゃなかった。皆がどれだけ愛してくれても、私はどこか自分を愛せなかった。精霊の特徴をたたえた異端の外見、
「私、生まれて良かったと思います。私で良かったのだと」
「…ノルン……」
曾祖父様が手綱を離し、両腕で強く私を抱きしめる。私が産まれた時、お父様とユング叔父様が
(でも、私は私として、ここに居る理由を知ることが出来た)
「私、きっと上手にやってみせます」
例え、それが遠からずの死を意味したとしても。
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