第三百四十二話 微笑みの爆弾







◆◆◆皇都“龍心”禁域ダンジョン・肆の律『降東』・第八中間点・<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>:『妨害手』・会津・ジャシィーヴィル(組織穏健派所属・コードネーム『逆理』)



 午後二十二時、『降東』チームが第八中間点への着陸を果たす。

 パーティーの戦力状態は、一部メンバーが自身の保有戦力リソースに多少の再使用待機時間リキャストタイムを要する事態にこそ相成ったものの、生命を脅かすような致命的な問題は何一つとして起こってはいない。

 全員無事。それどころか、この四日間の探索中に目覚ましい変化を遂げた人物が複数名存在する。



 第一に空樹花音。このオリュンポス城の主にして、英傑の守護神『パラス・アテナ』を擁する少女。

 彼女は此度の禁域探索において最も真っ当な伸び方を果たした冒険者だ。

 『降東』に入りたての頃はまだ自分でも楽にあしらえる程の力量しか持たなかった雛鳥の少女は、しかし人外ネコの師匠による特訓と過酷な実戦を経る事で、尋常ならざる進化を果たした。


 今の彼女であれば、全力戦闘状態の自分でさえも容易に勝ち切る事はできないだろう。何か一つでも歯車が狂えば敗北の目さえ在り得る程だ。

 一度体感した武術を模倣コピーする彼女の特性と、『降東』の武神達という相性の良い組み合わせ、更に覚えた術技を“理合い”という観点から教導できる優れた師匠の存在――――最高の環境で、最高の師匠の教えを学び育った雛鳥は、今まさにこの瞬間にも更なる高みへ羽ばたこうと極光の翼を広げている。


 この空樹花音の急成長ぶりだけでも、元来であればチームにとっての大きな財産

 しかし、前述したようにエージェント『逆理』が観測した“変容者”の数は、複数名である。

 空樹花音は、あくまで一人目だ。……一人目に過ぎないのだ。



 第二に清水凶一郎。このチームのリーダーであり、またクラン“烏合の王冠”の長でもある。彼もまた、凄まじい変容を遂げた者達の内の一人だ。

 清水凶一郎の変容は、空樹花音のような真っ当な進化ではない。彼女の変化が己の殻を破り、晴れ渡る青空へと羽ばたくような「外向きの進化」であるとするならば、清水凶一郎の変容は、自己という内向きの大海へ深く深く潜り沈み込むような「内向きの深化」である。

 彼はこの禁域において新たなる術式を得たわけではない。

 磨き上げたのは、天啓〈外来天敵テュポーン〉の練度、ただ一点のみ。

 しかしその一点の上昇幅があまりにも

 先の『伊舎那天』戦における彼の奮闘ぶり等は、その最たる例だろう。

 『レヴィアタン』が過ぎ去りし後の“桜花十傑”に列を為す等級ランクの敵を単騎で相手取りながら、これを制覇。

 そして得た者に末代までの名誉と皇国皇帝からの正統な叙爵じょしゃく(※爵位を授けられる事)が約束されるとされている伝説等級武具の獲得。


 

 “冒険者の理想目標マスターピース”の一つに数えられるレジェンダリーウェポンの所持者となった彼の格は、名実ともに世界級となった。

 しかしながら、ここで一つの疑念が残る。

 その「内向きの深化」は一体、いつを基点に発せられたものなのだろうか? 

 

「(テュポーン人格の出現)」


 

 三日目の夜、彼は自分とのアポイントメントを求めておきながらその約束を反故にするという失態を犯した。

 清水ユピテルや西秋院虎白あの軽薄な暗殺者、あるいはハーロット・モナークといった直感知覚NP型の人物群なら兎も角、彼のような感覚判断SJ型の人間が理由もなく自身の計画をふいにする可能性は低い。

 あの『伊舎那天』戦での急激な壁の打ち破り方も鑑みれば、自身の手札の内の何かが変化したと考えるのが正解――――そしてその変化した手札というのが、



「(〈外来天敵テュポーン〉)」


 天啓〈外来天敵テュポーン〉、所有者の定義に破壊神『テュポーン』の情報概念を付与するといわれている稀有なレガリア。

 清水凶一郎は言った。昨夜唐突に〈外来天敵〉の中からテュポーン人格なる者が現れて、暴走を始めたのだと。

 そしてその鎮静化の為に時間を要する事となり、結果自分との約束を反故にせざるを得なかったのだと。


 ……成る程、確かに筋は通る。新たに目覚めたテュポーン人格が暴走し、一時は暴走状態に陥ったものの彼は最終的にソレの制御に成功した。そしてその結果、〈外来天敵〉のより深い領域へのアクセスが可能となり、清水凶一郎は「内向きの深化」を果たした。

 これは清水凶一郎と相方である蒼乃遥本人の証言であり、その後の『伊舎那天』戦やボスラッシュにおける彼の活躍を考慮に入れても、とエージェント逆理は推測する。しかし、


 

「(……そのテュポーン化はいつ起こった?)」


 『帝釈天』戦後、会津を含めた四人のメンバーは、ニ十九層の突然変異体イリーガル狩りに勤しむ蒼乃遥、澄江堂ちゅうごうどう我鬼に先んじる形で第六中間点に辿り着いた。


 十九時前、清水凶一郎は会津自分に話があるからと、会合を申し出る。――――この時の彼は、至って普通の状態であったと“二つの眼”は記録している。

 そしておよそ三十分後にあたる「午後十九時半に第三ラウンジで落ち合おう」というのが、当初の約束であり、それは“テュポーンの暴走”というアクシデントにより不意となったわけなのだが、しかしこの「空白の三十分」の内にこそ何かがあったのだと、『逆理』は結論を導き出した。


 テュポーンを目覚めさせる何か、あるいは誰か。

 不在であった蒼乃遥や、澄江堂ちゅうごうどう我鬼はまず除外され、奇しくも約束を反故にされた自分も無関係である。

 残る二人の内、空樹花音の魂の輪郭にこの事件に対する隠蔽の色は見られない。


 ……いや、そうでなくとも過去に似たような事例があった時点で『逆理』は彼女こそがテュポーン覚醒のトリガーであると見当をつけていた。



 その人物の名は、



 

◆<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>・メディカルルーム




「こうして二人きりでお話をするのは初めてですわね、会津様」


 メディカル・ルームの白い光に照らされたその女の姿は、相も変わらず気味が悪かった。


 白く、美しく、完全なる球体形を為した無欠の魂。

 これ程までに整った美しい魂を『逆理』は見た事がない。

 偉大とされる宗教家も、この国の皇族も、組織を纏め上げるあの導師も、あるいは彼の雪奈でさえ、ここまでの輝きは持ち合わせていない。



 ソーフィア・ヴィーケンリード。聖霊教の司祭であり、このチームのメディカルキープを一手に引き受ける《癒し手》の少女。

 彼女もまた、この『降東』の探索を通して大きく変化した一人である。


 彼女の変異は、空樹花音の“進化”でも、清水凶一郎の“深化”でもなく、真化とも呼ぶべき何か。


 彼女は明かに変わった。

 傍から見れば相も変わらずの“善き人”に映るのかもしれないが、特殊な瞳を持つ『逆理』の眼は誤魔化せない。


 ソーフィア・ヴィーケンリードの魂は、明かに美しさを増していた。

 これ以上はないと思われていた無欠の魂の更なる開花。三日目の夜から、四日目の朝、そして四日目の夜とある時期を境に彼女の魂は光陰の矢が如き勢いで



「それで、今日は一体どうされたのです?」

「実はこれからリーダーさんと会う約束をしているのですが、柄にもなく緊張をしておりまして」


 不安、緊張、上長である彼と仲良くなりたいものの、人付き合いがあまりうまくない自分はどのように立ち回れば良いのか分からずにいる――――ありふれた、どこにでもある内省的で人の目を気にしがちな青年の悩み。


 控えめで、繊細な、しかし奥底には強い情熱を秘めた人格を装った。

 この状況、この悩み、そしてこの切り口から話を持っていけば――――



「どうも僕、彼に嫌われてるみたいなんですよ。昨夜も会う約束を破棄されまして……もしかしたら今日も」

「それは違います、会津様っ! 凶一郎様は昨晩本当に……!」

「? 何故アナタがそれを知っているんですか、ソフィさん。……もしかして、彼が語っていた『テュポーンの暴走』とやらにアナタも昨晩巻き込まれてしまった、とか?」


 聖女はほんのりと頬を朱色に染め上げ、肯定の意を示した。彼女の中の魂の輝きが光量を増す。


「(……成る程、やはり)」


 昨晩、清水凶一郎とソーフィア・ヴィーケンリードの身に何かがあった。

 それは所謂『テュポーンの暴走』と呼ばれる事件の発端となる出来事であり、結果清水凶一郎は「内向きの深化」を果たし、彼女の方は「魂の光量が増す契機きっかけ」を得た。



「そういえばソフィさん、四十層戦後に新しい術式を覚えたとかで凶一郎リーダーさんと抱き合って喜んでいましたよね?」

「!? い、いえ! あれは違うのですよ、会津様っ!」

「あの時は驚きましたよ。まさか蒼乃さんのいる前であんなに情熱的な抱擁を交わす二人の姿が見られるだなんて」

「で、ですからっあれは誤解というか過ちといいますか……」


 適当に冗談を交えながら――彼女の側が冗談であるかは定かではないが――諜報活動カウンセリングの切り上げ時を見計らう。


 深掘りは禁物だ。この得体の知れない救世主に呑まれればあの軽薄な暗殺者のように、


 聞きだす情報は最低限度に留め、常に距離感を一定に保つ事。

 過度な嫌悪感も、単純な好奇心でさえもこの相手には取り込まれる恐れがある。


 ……いや、実際自分も相当に危うい橋を渡っているという実感があった。

 ただ一度、こうして探りを入れただけでも、彼が彼女に抱いていた警戒心や嫌悪感が薄れている自覚がある。

 瞳の力で自身の感情変化を数値化できる自分でさえも、この有り様だ。

 他の人間では恐らく一呑みであろう。


「おっと、そろそろ時間だ。ありがとうございます、ソフィさん。アナタとこうして話したおかげで何だが心がスッキリしました」

「それは、良かったです。あの、会津様」


 ――――そうして後は笑顔の仮面を張りつけながら、この怪物の巣から退散しようと腰を上げようとした矢先の出来事だった。



「あまり無茶をしてはだめですよ」



 見た。聞いた。感じた。間違えた……?

 あり得る筈のない事象。見紛う事なき奇跡。


 何故だろうか、一瞬彼女の事が雪奈ははのように思えたのだ。

 

 母のように見え、母の声のように聞こえ、母の温もりさえも感じた。

 あるいはそれは孤児院の家族全員の笑顔のようでもあり、そしてあの安らぎの場所でうたたねを覚えるような心地よさでもあり――――



「……それでは、また」


 そうしてエージェント『逆理』は、逃げ出すようにしてメディカル・ルームを後にしたのである。



◆<正偽統合天城:オリュンポス・ディオス・パルテノン>・第三ラウンジ





―――――――――――――――――――――――



Q:伝説の武器を手に入れたって事はゴリちゃんはお貴族様になられるのですか?

A:本人は忙し過ぎるのと、原作では諸々の事情(1~2作目ではフレーバーテキスト状態。3作目では『無窮覇龍』が不在、4作目以降は、皇国そのものが龍の支配下から脱する為)でそういうシーンが描かれていなかったので、「すんごい武器手に入れた俺かっちょいい!」ぐらいにしか思っておりません。ガキさんの友好フラグが立ったのも、実はこの辺りの政治的事情も多分にあるのですが、やっぱり本人は気づいておりません。気づいたら多分泡吹いて倒れます(なお、よみよみはあえてこの辺の事情を黙っておりました。あ、こいつさては気づいてねぇな、利用しちまおうって感じです)。

また、書籍版の『レーヴァテイン』に関しましては、入手条件が非常に特殊な事と、ぷるぷるさん達による等級保証(武器を見せると、これはでんせつのぶき!って言ってくれる)が為されてないので【今のところは】バレておりません。



・横山コウヂ先生作画のコミカライズ版「チュートリアルが始まる前に」2巻が来週12月27日に発売されます!

 それを記念してクリスマスも年末年始も週三更新でお祭りわっしょいしていくので、是非是非お楽しみにっ!

 次回の更新は12月22日(日曜日)です!












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