第二百十七話 集束因果







 “至高神妃”の特殊概念ルール、“不和の林檎カリスティ


 その権能は、【最終階層内にいる全冒険者の攻性事象能力アタックステータスを、10分の1の干渉度に引き下げる】という悪辣無比なものであり、オリュンポスが誇る盤石の「第三陣」を支える影の主役にして屋台骨として、侵略者達に絶大な影響を及ぼしていた。



 攻撃にまつわるあらゆる行動の弱体化。ヘラの法化においてあらゆる攻めは“刃”をなくし、ただの二十五層守護者タロスでさえ、十二偽神級の強敵へと変幻する。


 オリュンポスの最高傑作であるミネルヴァは愚か、数百のタロス達を操るマルスでさえも絶対不到の軍神となるこの能力に、穴はなかった。



 あるいは、亜神級最上位以上真なる神に連なる者ならば、このルールを【意味のないもの】と脱する事が叶うやもしれないが、残念ながらこの『杞憂非天』にその条件に該当する者は皆無。



 故にヘラの、ひいてはオリュンポスの「第三陣」は完璧だったのだ。


 完璧に機能を果たし、完璧に敵を追い詰め、完璧な勝利を手に入れる


 ――――その筈だったのに。


 それは本来ほころびと称するのも馬鹿らしくなる程の小さな“染み”だった。


 討ち取った冒険者を己のリソースとして取り込む……ダンジョンに現れる精霊であれば、誰もが当たり前のように行う吸魂ドレインを彼もまた行った、────たったそれだけの事だ。珍しいことでも、罪深き行為でもなんでもない。



 ただ、城にとっては不幸なことに、その餌には毒があったのだ。



 桃地百太郎。“笑う鎮魂歌”の長にして稀代の死霊使いネクロマンサー


 彼は進化前のオリュンポスの戦闘経験から『冥王』の可能性に勘づき、あえてその死をハデスに捧げ、魂だけの亡者となった。


 そして、これが祟った。


 他の兵器かみであれば、完全に噛み砕いていたものを、冥府の管理者はその特性故に自身の内へと保管し、それが結果的に亡霊の復活劇を招いたのである。


 だがしかし、これはハデスだけの落ち度ではない。


 穴のない完璧な布陣に決定的な失態あなを空けたのは冥王ではなく、他ならぬ逆さ城自身である。



 “偽史統合神殿”オリュンポス・ディオス。


 無二にして空前の混成接続突然変異体カオス・イリーガルである彼には莫大な数の特異性が備わっているが、しかしその中でも一際目立ち、そして唯一不利に働く要素が一つだけあった。



 ――――天城は、平時においても常にそこに“在る”


 幾ら疲弊しようとも、どれ程機能が衰えようとも、『彼』は運営側の凍結封印を受けず、ひいては戦闘後の復元メンテナンス作業すらも拒絶していたのだ。



 凍結封印。それはダンジョンの神が生きた階層守護者を常に万全の状態へと保つ為に講じた“バランス調整”の一環であり、彼等の多くは戦闘後に『二番目』の作り上げた『封印区域』へと収容され、そこで傷ついた身体や霊力を整える権利を有している。



 しかし、オリュンポスはこれを拒絶した。


 それは在りしの神話を想い続けるという、『天城』の在り方に根差した思想であると同時に、自分の構造カラダを別の修繕ナニカに変えられる事を――――“直し”の度に材料を組み換え続けた船は、果たして始まりの船と同一なのかという哲学的命題を、城の自我AIは悠久の時の中で思索し続けていたのである――――良しとしなかったが故に生じた否定ふざけるなであった。



 永遠のオリュンポス。


 歴史の闇に葬られた原初にして試作品の神統記テオゴニア



 その最後の生き証人である己の身体を、そして記憶こころを誰にも触れさせはしないと、彼は己の意志で二番目の恩恵を拒絶し




 ――――だからこそ、桃地百太郎という名の極小の細菌ウイルスの氾濫を見過ごす事になったのである。




「「ゲームのルールを洗いたまえ。合理性のない選択を疑いなさい。そして、――――あぁ。これは言うまい。流石に野暮だ」」



 第三陣が始動する間際、空間と創造の双神は城に特別な神託を授けた。

 


「「良いかい、オリュンポス。人間はね、すごいんだよ」」




 冒険者側の不自然な枠開け。

 空席の十人目。

 瀕死の死霊使いネクロマンサーを機械的に冥王の胎へと取り込み

 在り方を貫いたが故に第三者のインフォームド治療調査コンセントを拒絶した。



 機械的なマニュアル主義と、(彼自身は認めないだろうが)あまりにも人間的な過ち。



 つまりは、そう。


 


「「悪いな、友よ。こうなってしまっては、彼等の献身に報いなければならない。ゲームマスターとして、そして一人の読み手として、私は彼等に義務がある」」




 亡霊の復活は、そして完全なる第三陣の凋落は



「「【『亡霊戦士』桃地百太郎を“十人目”として迎え入れよう。ただし、我々は死者を冒険者とは認めない。栄光を授かる権利は、今を生きる者にのみ与えられる】」」




 何てことはない、どこにでもありふれた




「「【桃地百太郎は、十人目であると同時に冒険者ではない。よって、彼は踏破報酬を授かる資格は無く、“不和の林檎”を受ける義務もない】」」




 因果応報の、帰結である。





◆◆◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第六神域『戦争工房』:『英傑戦姫』:空樹花音




 紅く輝く蒸気の機界に現れたその人は、瞬く間の内にヒイロさんの窮地を救ってみせた。


 それだけではない。


 二機のタロス達は、味方である筈のゴーレム達の駆除に務め、二組のアポロ・コロッサスとトロイメアは、まるで糸の切れた人形のように沈黙を貫いている。



「一体、何が……」

「大丈夫だ」


 拘束から解放されたアズールさんが、こちらの方へと近づいてくる。

 足はよろつき、肩口からは血が流れ、腹部に大きな打撲傷を負った三つ首の魔犬士のその瞳は



「あの人は味方だ。俺達の、一番の……」



 透明な涙で溢れかえっていた。



「帰って来たんだ、俺達のリーダーがっ、この土壇場で、助けに来てくれた」



 真ん中の頭の眼頭を抑えながら、震えた声で言葉を漏らすアズールさん。


 その姿は、事情が全く分からない私でも、つい貰い泣きしてしまいそうになる位に優しくて、温かくて



「その様子、お前何か知っているな、黄」

「どうしてそう思うのさ?」

「決まっている」



 黄さんの問いに強い口調で答える納戸さん。



「この光景を不意に見て……、取り乱さぬ者など、我がクランにはおらぬっ……!」



 彼の目元を覆う白布もまた、濡れていた。

 ポタポタと、滴る雫が鋼鉄の床に落ちていく。それだけ大切な人なのだろう。それだけ会いたかった人なのだろう。だから納戸さんは泣いているのだ。

 その事実に気づいた時、私の中である一つの仮説が生まれた。


「申し訳ありません、空樹さん。だけど、許してやって欲しい。だってあの人は……」

「桃地百太郎さん、で――――合ってますか?」


 私の質問に“笑う鎮魂歌”が誇る参謀は、富みに驚き、そして「えぇ」と静かに頷いた。



「彼は桃地百太郎。お節介で、ダメ人間で、肝心な時にしか役に立たない僕等の英雄マスターです」



 マスター。クラン“笑う鎮魂歌”の先代クランマスター。桃地百太郎。

 名前だけは幾度となく聞いた事がある。

 だけどこうして相まみえる事になるとは、思ってもみなかった。


 何故って、彼は既に



「黄さん」


 私は、ヒイロさんと、そして『亡霊戦士』の姿で辣腕を振るう桃地さんの元へと足を進めながら問答を交わす。



「時間もありませんので、今は一つだけ」



 横を歩く黄さんの表情は他の方々に比べて凪のように穏やかで



「これは凶一郎さんの策ですか」

「はい。全てあの人のお陰です」



 だけど頬に隠しきれない涙の跡が出来ていた事を私は、ちゃんと知っている。





「おう、お前ら。言いたい事は沢山あるだろうが、積もる話はココが片付いてからだ。……ヒイロ、この木偶の坊達は、後どれくらい停めてられる?」

「一分は持ちません。『停止』の概念霊子が切れた瞬間に、奴等は一斉に」

「十分だ」


 第六神域の最奥。

 マルスの巨体を背に迎撃の準備を整えながら、私達は桃地さんが描く【桃源郷ユートピア】の軌跡を見た。



 神域エリア内に飛び交う桃色の霊力。


 ほんのりと甘い匂いを漂わせながら、制御を奪われた二機の機神が空を舞う。


 アポロ・コロッサスとトロイメア、そして私達の側に寝返った数体のゴーレム達はマルスを取り囲むように陣を取っている。


 【桃源郷ユートピア】の思想マインドに感染した彼等は、いつ獲物なかまが出てきても良いようにと、朧気な瞳でマルスの煙突を眺め続けていて、……あぁ、本当に。これは確かにゾンビだ。



「納戸とアズールは、回復に専念。黄も出来るならそのボロッボロの喉を治しやがれ……詩人が商売道具潰してどうすんだよ」

「売り物にするよりも叫ばなければならない言葉があったものでね」



 両手から桃色の霊力を放出し、二機のタロスを使って『戦争工房』内に【桃源郷ユートピア】を振りまく桃地さん。


 【桃源郷ユートピア】、なんて強力な精霊なのだろう。



「(その特攻性能もそうだけど、何よりも【感染】が凄すぎる)」

 


 変わりゆく世界の中で、私が彼の力に感銘を受けていると偶然にも後ろを振り返った桃地さんと目が合ってしまった。



「で、そっちの桜髪の嬢ちゃんはウチの新人って事で良いのかい?」

「いえ、私は」

「花音ちゃ……空樹さんの所属は別のクランです」


 何故だか私の代わりに(そしてこれまた何故だかとても丁寧な口調で)、言葉を返すヒイロさん。その声色には緊張と、申し訳ないという気持ちが滲み出ていて



「クラン“烏合の王冠”、“笑う鎮魂歌我々”の現親組織グループオーナーを務めている新興の冒険者クランです。彼女はそこの中核メンバーであり、また今作戦においては、彼女以外にも四人ほど“烏合の王冠”の人員が参加していて……」

「なんだお前達、オジサンがちょっと眠ってる間にクラン乗っ取られちまったんか」

「い、いえ、違います。形式上の関係性は兎も角、彼等は非常に誠実な対応で私達を受け入れてくれましたし、むしろ私達の方が――――」

「分かってるよ、んなことは」



 骸骨の顔が笑った。



「お前らの顔見りゃ大体の事は分かる。色々悩んで、それなりに後ろめたい事もやって、その上で今は吹っ切れたような顔だ」



 脚と背中のスラスターから、桃色の霊力を放出させたタロス達が立体的な軌跡を描きながら一機、また一機と『テロメスβ』の『停止』によって身動きを封じられた同胞の躯体に触れていき、そしてその度に



「良く頑張ったなお前達。形はどうあれクランを残して、しかもこいつを、俺達の宿敵オリュンポスをここまで追い詰めたんだ」



 その度に桃色の花が、芽吹くのだ。


 紅の光彩りに包まれたこの神域においてなお鮮やかに輝く霊の花が、咲き誇る。



「誇りに思うぜ、クソガキ共。現在お前達は、過去俺達を越えたよ」



 だから、その祝福いわいにと桃地さんが言祝ことほいだ瞬間、今度は地面が桃色に輝きだして



「お前達の未来これからを俺に守らせてくれよ」



 死者が、空を舞った。

 透明な身体に外縁部だけが桃色に瞬いて、煙のようにかげろいながら次々と、続々と



「リーダー、まさかこれって……」

「あぁ。どいつもこいつも喜んで駆けつけてくれたぜ、何せ念願、ついでにてめぇの死に場所だからな」



 亡霊達が

 神の世界で、躍る。



「先代、先先代、先先々代、更にもっとずっと前から俺達はこの馬鹿みてぇな城に挑み、当然のように散っていった!」



 青銅の機神の胴体を、亡霊が通る。

 灯る桃花。

 嘘のように大人しくなるタロス。



「カッコつけて死んだ奴、泣きながら残った奴、初見殺しに引っかかった奴も、ミスを犯して死んだ奴も大勢いたよ」



 感染、感染、感染。


 ネクロマンサーの手により蘇り、【桃源郷ユートピア】の思想マインドを纏った死者達が風に舞う花のような速さでタロス達の制御を奪っていき



「ざまぁねぇな、オリュンポス。俺達の死は、。お前の完璧を、必殺の布陣を、絶対の兵力を、お前がゴミのように踏みつけた者達やつらがブチ壊す」




 残された僅かな時間。

 【桃源郷ユートピア】の思想を少しでも多くのタロスに振りまきたいという圧倒的な手数不足の只中で



「さぁ、文字通りの総力戦といこうじゃないか。ここから先は」




 この増援はあまりにも、あまりにも




「俺達全員が相手だ」




 あまりにも、大きい。






 花が舞う。

 鮮やかな桃花が金属の神域である『戦争工房』に狂い咲く。


 三千三百三十三万円砲の持続時間は、既に切れていた。

 『停止』の理なき戦場で、耳を揺らす音の流れはあまりにも、静謐しずか


「タバコ、あるか?」


 桃地さんの呼びかけに、新たに召喚された『亡霊戦士』が『壺中天こちゅうてん』を用いて応じる。


 バスケットボールサイズの黒穴から取り出された箱入りのシガレットと柄物のライターを全く同じ見た目の桃地さんに投げ渡す<死想幻影舞踏曲メメント・モリ>の影法師。



「驚いた……」



 目当ての物を手に入れた桃地さんは、しかしそれよりも“彼”の姿が気になるようで



「ミドリの能力じゃないか。え? 何、どういう仕組み?」

「オリュンポスの天啓レガリアですよ、最もこうなる前の奴ですがね」



 その説明にイマイチピンと来ていなさそうな桃地さんに向かって、“笑う鎮魂歌”の参謀がクツクツと笑いながら追加の言葉を添えていく。



「この<死想幻影舞踏曲メメント・モリ>には、我々“笑う鎮魂歌”のメンバー全員分の術技スキルが込められています。つまりですね、さっきオジサンが言っていた事は図らずも当たっていて」



 静かな、とても静かになったこの神域に私達の“敵”となるものは、一つとしてなかった。



 沈黙を貫くマルス。未だに息はあるものの、周囲は無数のゴーレム達に囲まれていて、碌に何も産み出せない状態にある。

 そして


「今、僕達は確かに全員で戦ってるんですよ」

「そっか……」



 紫煙をくゆらせながら満足そうに頷く亡霊戦士。

 彼が吐きだした煙が行き着く先には、等間隔に列をなした数百機のタロス達が新たなる主の命を待っていて、そうつまりは――――



「いい天啓じゃねぇか」



 私達はやり遂げたのだ。


 数え切れない程の困難に打ち勝ち、

 当初のプランとは大きく逸れはしたものの、

 思わぬ助っ人の手を借りながら

 何とか誰も死なずに、無敵の兵団を懐柔する事に



「じゃあ、改めましての自己紹介だ。桃地百太郎。クラン“笑う鎮魂歌”の元クランマスターだ」

「クラン“烏合の王冠”所属、空樹花音です。お会いできて光栄です、桃地さん」



 成功したのである。



 “偽史統合神殿”オリュンポス・ディオス“第三陣サードフェイズ”が一角にして無尽の兵力を担う『戦争工房』の戦いは、私達の大勝利をもって決したのだ。



 冒険者ではないタロス達にはヘラの“不和の林檎カリスティ”も力を為さない。


 だからこの兵団を連れて第三神域に乗り込めば



「(ようやく、ゴールが見え――――)」

「まずい」




 握手を交わした桃地さんの右腕が急激に震えだした。



「桃地さん?」

「すぐに構えろ。全力で迎え撃て。奴が」



 私達の脳が彼の言葉を理解するよりも速く、身体が悲鳴を上げて、霊覚が狂ったように危険信号アラートを伝える。



 誰よりも、何よりも、それこそオリュンポス・ディオス本体が纏う霊圧すらも上回る何かが、直ぐ近くに



「奴が、来る」




 そして第六神域に、女神の聖歌ムーサが響き渡った。





――――――――――――――――――――――─





・ダンジョンの神:贔屓はするし、各階層守護者達にそれなりの愛着も持っているが、それはそれとして(彼/彼女基準での)善き物語を提供されたらそれなりの返礼を返す読書家(同じように邪神も美味しいご飯を貰ったら上機嫌になる)。

 ゲームマスターの裁量範囲内で冒険者有利の判定を下したり(今話)、天啓のドロップ確率を上げたり(黒騎士の邪龍レガリア)、世界に一つだけのオリジナルチート職をくれたり(遥さんのエクストラリミテッドロール)する。

 『ダンマギ』のメインシナリオに出て来るダンジョンボスやシナリオボスが所持天啓数に関係なく主人公達に天啓を落とすのは大体この為。

 逆に『常闇』のようなフリクエダンジョンは、“物語”がないので常に激渋ドロップ確率ガチャを強いられる。

 覚醒と同じくゴリラ見知らぬ案件の一つ(ゴリラはそういう仕様ものだと思っている)。








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