第二百十五話 天城の神々と天翔ける最新の神話達15






◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第六神域『戦争工房』:『英傑戦姫』:空樹花音





 白状すると、私はこの作戦に対して懐疑的だった。



 理由は主に二つある。



 第一に、幾らオリュンポスの意識が別の方へと向いているからといって、一体、あるいは数体の亡霊戦士クラッカーの力で本当にマルスのシステムを掌握できるのかという問題だ。


 オリュンポス・ディオス。


 空前絶後の混成接続型突然変異体にして、並行世界の神々を統べる規格外の天城システム


 どれだけ甘く見積もっても亜神級最上位を下回る事のないこの機械仕掛けの化物を相手に、凡百の霊子命令改竄技術クラッキングスキルが果たして通用するのか?


 あるいは仮に通用するとして、一体どれだけの時間をかければいい?


 そして、そもそもの問題点というか懸念点として、クラッキングという行為が


 

 凶一郎さんのいうように、確かに物理的な損壊は与えていないのかもしれない。

 ゲームならば、『魅了』に当たる行為だという事も納得できる。


 だけど、この戦いは現実だ。

 私達の生きる社会において、システムに不正に忍び込み、データを改竄する行為は間違いなく攻撃的な色を持つ。


 ならば、マルスのシステムに侵入し、タロスの指揮系統を書き換えるという私達の作戦もまた、攻撃とカウントされてもおかしくなく、であれば、ヘラの“不和の林檎デバフ”の対象となっても文句は言えない。



 凶一郎さんの立てた作戦は、穴だらけだったのだ。

 しかも、(お恥ずかしながら後になって気づいたとはいえ)私なんかでも気づける位の大きな穴だ。




 だけど、それでも私達が彼の作戦を受け入れたのは――――



「行くよ、アンタ達! ここからが本番だっ!」



 ヒイロさんのかけ声に応じながら、私達は各々の武器を取りその照準を天辺へ向ける。



 どこまでも続く紅の螺旋回廊。

 赤紫色の靄が漂うトンネル状の結界の外では、大勢の『タロス』達が彼等基準の携帯射撃兵装を撃ちこみながら、上へ上へと翔けていた。


 世界が揺れる。

 アズールさんが召喚してくれた巨大狼の天啓、リュカオンの乗り心地はあまり良いとは言えない。

 猛スピードで螺旋階段を駆け上がっているから……というのも勿論あるけれど、それ以上に“彼”はわんぱくだった。


 揺れる、揺れる、兎に角揺れる。霊力で編まれた蒼色のハーネスでしっかり固定されているというのに、それでも落ちるんじゃないかという心配がガタゴトと。


 アズールさんと、リュカオーンちゃんには悪いけど、こんな有事でもない限り二度と乗りたいとは思わない。


 馬力に特化し過ぎて安全性に問題がある乗り物は、それって乗り物とは言えないと思うんですよ(リュカオーンちゃんは、ワンコだけど)。



 それでも、この【僅かな時間の中で大勢を抱えながら長距離を進まなければならない】という特殊な状況に限るのであれば、リュカオーンちゃんはナラカさんのファフニールの次に有用だった。


 何せ、この蒼色のわんぱくワンコ、身体は小型貨物列車並みな上、馬力は亜音速。


 瞬く間の内に、ぐんぐんと全長三キロの巨大螺旋階段を踏破していき、そして




「目標確認、ヒイロ、<紅葫蘆べにひさご>の残存展開時間リミットは?」

「三十秒はあるっ! アンタが辞世のクソポエムを読むくらいの時間はあるよ」

「それは良かった! なら詠わせてもらおうかっ!」



 《身体全強化》、《霊子保護膜》、《精神高揚》、《代謝活性》、《痛覚減少》――――矢継ぎ早に発せられる黄さんの言葉が私達に活力を与え、その力を何倍にも引き上げていく。



 そして私達は、天辺を見た。


 立ち込める蒸気。鳴り響く稼働音。

 格子状に編まれた鋼色の通路は、奥へ向かって一直線に伸び、紅蓮の光に照らされた金属の天蓋は、大勢の兵隊達が宙空で陣を取れる程に高く、高く――――。



「目標発見、各々、霊子命令改竄クラッキング部隊用意、花音ちゃん、盾スキルの方頼んだっ!」

「はいっ!」


 私は、命じられるがままに《アイギスの盾》をかけながら、この神域の主の姿を捉えた。



 第一印象は、金庫だった。

 銀行とかに良くある丸くて、大きく、中心に羅針盤みたいな取っ手のあるタイプの金庫。

 アレを何倍にも大きくして、紅く光るラインを入れて、それから円筒を何本も周りにつけてあげれば、完成だ。



 第六神域『戦争工房』が主、軍神マルス。


 機械を作る機械。

 戦争を産み出す兵器。



 手脚は無く、顔もなく、ただ機械的に青銅の機神タロスを造り、操り、強化する。



 ある意味において、この巨大な煙突工場は、最もオリュンポスに近い存在と言えるだろう。


 青銅の機神か、並行世界の十二神かという“格”の違いこそあるものの、彼等の本質は創造者クリエイターだ。



 本人が戦うのではなく、産み出したモノ達で戦うタイプ。



「《壺中天》、召喚。――――三千三百三十三万砲トロメアβ、三本投下」



 だからこそ、つけいる隙があった。



 これでマルスにゼウス級の攻性能力が備わっていたら、きっと私達は、成す術もなく敗れ去っていただろう。



 しかし彼の戦術行動は、その全てがタロスに依存しきったものであり、そして肝心要のタロスに関して言えば“実験済み”だ。



 リュカオーンちゃんの背から降り、私は納戸さんが繰り出したミドリさんの亡霊戦士コピーから暗灰色の大筒を受け取る。



「後、十秒っ!」



 そのアイテムの形状は、《紅玉砲火プロメテウス》を彷彿とさせるものだった。

 それよりも一回り程大きく、施された銀細工はやたらと禍々しいものではあったのだけれど。


 ヒイロさんのカウントダウンが始まる中、私達は実行部隊を囲う形で隊列を組んだ。



「最初の数秒が勝負だ。納戸、アズ―ル、花音ちゃん、頼んだよっ!」


 彼我の距離はおよそ二百メートル。結界の外側には、主を守るように集められたタロス達が優に百を越えている。



 空に地面に後ろにも。


 四方八方三百六十度全てに彼等はいて――――要するに私達は完全に包囲されていた。


 ヒイロさんが分身を放つ。

 バックアップ部隊の亡霊戦士達が、土壁を作り、リュカオーンちゃんがその大きな身体を活かして私達を守ってくれた。


「良いかい、野郎&花音ちゃん。誰が失敗しても恨みっこなしだよ。みんなここまで本当に良く頑張った」

「ふっ」

「何をらしくないことを言ってやがる」

「ここまで来て、死んだら損だよヒイロ」



 皆が各々の言葉で鼓舞し合う中、私はその大筒を引く事だけを考えた。



 引き金に触れる指が、震える。

 コレを、この装置を、ここにいる誰よりも速く引く事。


「(結界が、切れたタイミングを狙って)」




解除リリースっ!」




 そして主の合図と共に、私達を守ってくれた赤靄の結界が霧散した瞬間



「(今だっ!)」




 私は、素早く大砲のトリガーを引き



「■■■■■■■■■■■■■■■■――――!」




 絶叫と共に、青銅の機神達がうずくまる。


 空を翔ける者達は、地へと落ち、地面に根差す者達は関節部から火花を放ちながら、不格好に膝をつく。


 息を吐き、蒸気に包まれた鋼鉄の世界で私は自分が生きている事を確認した。


 生きている。私達は生きている。

 ヒイロさんも、アズールさんも、黄さんも、納戸さんも、リュカオーンちゃんも、亡霊戦士達もみんな無事だ。



「撃てた」


 どっと背中に汗が噴いた。





 四季蓮華という怪物がいる。

 桜花最強。名実ともに桜花を統べるその女傑は、己自身が突出した個としての実力を持ちながらも、決してその地位に奢ることなくクランの強化に勤しんだ。


 三柱の真神。

 十二の天啓。

 その全てが真神級保持者で構成されているという最高幹部達の存在に加え、彼女は己の力の一端を兵器として量産するに至ったのだ。



 そしてタワーウォーズの一件で、彼女との強固なコネクションを手に入れた凶一郎さんは、その兵器達を一本三千三百三十三万円という破格の安さで、買い入れたのである。




 トロメアβ――――私達が三千三百三十三万砲の愛称で呼ぶその大筒の効能は、『停止』である。

 彼女の契約精霊『サタン』の【最罪の氷獄コキュートス】が持つ拘束機能を、幾つかの条件と、中規模ダンジョン級のダウングレードを経る事で実現した個体識別停止術式。


 中に取り込んだ物質データを参照とし、物質、種族、そして霊子の波長まで酷似した対象だけを拘束するこの概念伝播波動ミームドライブは、元となるデータの解析と登録を行わなければならないという致命的な欠点がある為、基本的に初見の最終階層守護者戦で扱う事はできない。


 また、その効果が十全に発揮されるのは亜神級中位レベルの相手までがせいぜいであり、オリュンポスは勿論の事、ザッハークやアジ・ダハーカにも通じない(正確には、邪龍達相手ならば瞬き位の間程度の効能はあったのだそうだ)。



 だけど、それは裏を返せば“亜神級中位以下であり”、なおかつ“データを取れる相手ならば”、たとえ何百機が相手であろうとも停止させられるという事だ。



 例えば、そう。今目の前で動きを停めているタロス達のように。



「トンネルで引きつけ、集まったところを一網打尽作戦上手くいきましたねっ!」

「三千三百三十三万砲を三発分……ざっと合わせて一億円分の概念伝播波動ミームドライブの拡散だ。流石の二十五層の番人様も、しばらくは動けないだろうよ」


 

 ヒイロさんの分身体と手を合わせ、束の間の勝利を喜ぶ。



「(これでマルスを守る兵隊達は引き剥がした。後は)」



 後はクラッキング部隊を二百メートル先のマルスに近づけ、システムの改竄を行えば『戦争工房』の戦いは終結する。



 タロス達は、冒険者じゃない。

 だからもしもコントロールを奪う事さえ叶えばその力を十全の状態で最強の女神ミネルヴァにぶつける事が出来る。



「見えて来たね、光明かちすじが」

「全く、凶一郎の周到さには恐れ入るぜ」



 口々に吐く言葉は先程までとは打って変わり、軽やかだった。


 油断していたわけじゃない。

 弛緩していたわけでもない。


 でもその時、誰の心にも微かな希望が灯っていたのは事実である。



「行きましょう、皆さん。タロスクラッキング計画、最終ファイナル段階フェイズです」



 だけど、その希望はあまりにも淡く、そして脆かった。








 アズールさんが撃たれたのは、それから間もなくの事である。






―――――――――――――――――――――──


・蓮華開花の戦力────正史時空で、“神々の黄昏”が保有する真神級の戦力は辛うじて四季蓮華一人だけであり、五大クランのバランスが悪い意味で拮抗状態になります。つまりは、そういう事です。




次回更新は、三月二十六日(今週の日曜日)です!

お楽しみにっ!









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