第百九十三話 天城の神々と天翔ける最新の神話達5
◆◆◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第八番神域『晦冥王土』:暗殺者・虚
深い闇の中を亡者達が駆け回る。
百、千、万は行っていないと思いたいが、さりとて数えるのが億劫になる位には湧いていた。
巨大な藍色の鍾乳洞。天井は見えず、藍色の霊光に照らされた岩肌の多くは先端を槍の穂先のように尖らせていて、あからさまに来客達を拒絶していた。
床面もまた同様である。ところどころに小型の、しかしながらまるで山を連想させるかのような盛り上がりが出来ており、そこから乳白色の気体が、等間隔でぷつり、ぷつりと。
――――それは、神経に作用する特殊な気体であり、対策を怠ればものの数分で死に至る“
亡者が、壁が、地面が生者を拒絶していた。
蠢く死霊。地の割れ目より出でし死した屍。
その奥に、死の宮殿の最奥に“彼”はいた。
一般的な人の体躯を倍程上回るそのカラダの体色は青く、その面妖はまさに化生。
頭足類にも似たその頭部に生えし眼窩は計八つ。
顎にうねりし、触腕の数は無尽。
龍の翼、水かきを得た脚、
「■■■■■■■■――――!」
ソレが吠えた。
音色の狂ったオーボエのようなその遠吠えは人心を乱す狂気の歌。
冥王『ハデス』
さる世界において、
死は死ではなく、魂は別の形となって回生を遂げる。変質、あるいは悪性の輪廻転生――――冥王の御元にある限り、冥府の住人達は、何度も、幾度となく蘇る。
そしてその理は、無論の事ながら、この館の主にも適用される。
「あー、もう完全に外れクジじゃないっすかぁ、これぇ」
気だるい声が奈落に流れ、その音に呼応するようにして冥王の頭が潰えた。
まるで蛸が乱雑に解体されるかの如く、ハデスの禿頭が宙へとズレる。
およそ百メートル先から『
当然だ。だってこの殺しに意味などないのだから。
宙へと飛んだ冥王の
幾らかの死霊を犠牲とした『
なにせ――――
「■■■■■■■■――――!」
この宙域において、死者は蘇るのだから。
冥王が鬨の声をあげれば何度でも。
食われようと、踏みにじられようと、文字通りの死兵として扱われようとも
亡者達は寡黙に主の命につき従う。
それこそが冥府の絶対的な
精神と肉体を蝕む多数の状態異常、不死の軍勢、死を食らう冥王。第八番神域『晦冥王土』は、その宙域全てを以てして侵入者を嬲り仕留める。
故に求められしは、単純な白兵戦能力ではなく、むしろ殲滅性。
まずもって、冥王の回復リソースとなる亡者達の一掃こそが不可欠なのである。
「だからあたしが来てやってんのよ。感謝しなさいな」
少女の尊大な言葉と共に、藍色の世界が紅蓮に燃えた。
上空を旋回するヒヒイロカネの龍が放つ炎の息吹が、ありとあらゆるモノを問答無用で焼き尽くす。
地を這う
「って、いやいや待って下さいよナラカっち! 俺たち巻き込んじゃダメでしょうが!」
虚は最後のメンバーである詩人を両腕で抱えながら、走った。
戦場が違う意味で、人の住めない世界へと変わったからだ。
「大丈夫っすか、
「知ってるわよそれくらい。この坊やの耐久値は、こないだの戦争でアタシが直接試したんだから」
散々な言われようであるが、詩人はそのことについて異を唱える気にはなれなかった。
事実だからだ。自分はここにいる誰よりも
そしてそれは方向性の違いである事も詩人は良く知っていた。
彼等でなければ出来ない事があるように、自分でなければ果たせない役目もある。
だから、黄は黙していた。自分の商売道具を最大限活用する為に、今は少しでも喉を使いたくない。
それにしたってこの
燃える。煌々と、情熱的に。
亡者の巣窟が燃え上がる。
火龍の少女の繰り出した
そしてその効果は単純な殲滅だけではなかった。
「消えましたねぇ! 『
暗殺者の声が弾む。
そう。ハデスの『回生』は、召喚物である亡者達を使用しての
生成と消費を一個神で完結できるその能力が悪辣である事は疑うべくもないが、故にその
「■■■■■■■■――――!」
蛸頭の冥王が精神錯乱の咆哮を奏でながら、二又の槍を振りかざし再度の亡者召喚を企てるが、しかし
「無駄っすよ」
二重の意味で無駄だった。
地形効果、冥王本体の錯乱攻撃も含めてこの宙域に含まれるあらゆる
加えて彼は空間の超越者にして稀代の拳術を修めた暗殺者。
その拳打は、距離を越え、音を置き去りにし、そして
「ウェイ」
神をも滅ぼす破壊の拳術が瞬きの内に数千の軌跡を描き、冥王の全身を肉の屑へと書き換えていく。
遅れてやって来る轟音。藍色の鍾乳洞に、一際大きな衝撃が吹き荒れた。
冥王の崩御を告げる『霊力の爆ぜ』である。
だが……
「…………」
誰も表情を緩めなかった。
彼等は知っていたからだ。
冥王は蘇る。
死者の魂を利用した『回生』を扱わずとも、ただ一度だけならば。
そしてそのただ一度の蘇生は、ただの復活ではない。
肉体は膨張し、
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――!」
地を揺らしながら、聳え立つ目測数十メートルの巨神。
その外観の多くは、
うねうねと。触腕の形をした何かが
「さぁって。というわけで第二形態のご登場っすね」
火の滾る戦場に現れた蛸頭の巨神。
強敵だ。ここからが本番といっても過言ではない程に、この敵は厄介な特性を持っている。
「つーわけで、黄の兄さん。ナラカっち。ここからが本番ですぜ。バッチリ気合入れていきましょうや」
だから暗殺者は、珍しく張りのある声でパーティメンバーを活気づけようと声を上げたのだが
「あっ、ゴメン。そろそろ時間だわ。
そのように、あまりにも一方的かつ理不尽な言葉を残して、鳶色髪の少女は相棒の龍と共に、出口である闇色のポータルゲートの中へと抜けていった。
「…………」
「…………」
「■■■■■■■■――――!」
気まずい沈黙は、空気の読まない
オリュンポスの周囲を守護する十二の神域は、一般的な最終守護者戦のルールと同様に『
一度戦闘状態に入れば、パーティメンバーの誰か一人は戦いが終わるまで神域から逃れる事は出来ず、逆説的に、その他メンバーの途中離脱と加入については制限を受けていない。
だから、ナラカが抜ける事は可能であるし、また彼女は今回兼ねてから
火龍の少女の行為は裏切りではなく、戦術上の兼ね合い。
寧ろ彼女は、己の職務を忠実に遂行している優秀な副官であるとすら言える。
その辺りの事情を虚も頭では分かっていた。
分かってはいたが――――
「ちくしょう! あの女、兄貴とその他の男とで扱いが違いすぎるんだよぉ――――っ!」
それはそれとして、女の薄情さに泣かずにはいられない暗殺者であったのだ。
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