第百九十話 天城の神々と天翔ける最新の神話達2





◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天




 基本的に最終階層守護者というものは、普段ここではないどこか別の場所で眠っている。

 『常闇』の邪龍を思い出して欲しい。彼の三つ首は、俺がボス部屋の宝石スイッチを押した後に現れただろう? 

 アレが最もスタンダードなボス戦の導入イントロなんだ。大体七割くらいかな、どれだけ少なく見積もっても六割を切る事はない。

 そこで言うと、『天城』の最終階層守護者であるオリュンポス・ディオスは所謂「じゃない方」に含まれる。

 この逆さ城は、俺達がポータルゲートを抜けたその瞬間から

 ヒイロさん達から聞いたところによると、この習性は奴の前身たる『オリュンポス』の時からそうだったらしい。

 浮遊する逆さ城は、凍結処理が為されていない。

 いかなる時でも己が守護領域に漂い続け、たとえ敵からの損傷を受けようとも構うことなくそのままで在り続ける。

 それがこの逆さ城の在り方なのだ。

 




「それじゃあ、行こうかみんな」


 号令に従って八人の影が俺の後に続く。

 透明な道。透明な壁。透明な天井。その通路は、何もかもが透き通っていた。

 下を見れば雲海。壁に映る景色は蒼穹。そして上を見上げれば十二の神殿に囲われた逆さ城が俺達の事を見下ろしている。

 まるで空の上を歩いているかのような、そんな錯覚に陥る程のクリアさだ。

 装備の影響である事は百も承知なのだが、肌が感じる外気もほんのりと涼しげな程度で呼吸についても問題はない。

 気圧の影響も同様だ。この日の為に整えた高地専用の小型霊的保護膜発生装置アストラルギアが俺達の身体をガッチリとガードしてくれている。


 流石は『ラリ・ラリ』、我等が愛すべき変態鍛冶職人達の仕事ぶりは今日も今日とて完璧だ。



「…………」

「…………」

「…………」


 耳に響くのは、硬い足場を踏みしめる音と多少の息遣い。それだけだった。

 誰も喋らない。ただ喋ろうとしない者もいれば、雰囲気に飲まれて口を開けない者まで様々だ。

 花音さんなんかは目に見えて緊張している。虚やチビちゃんは、ありのままだ。ナラカは俺の横で微笑を浮かべている。

 ――――良くないのは、“笑う鎮魂歌”組だった。

 緊張と、気負い。彼等のバックボーンを考えればそれも致し方なくはあるのだが、こうまでピリつかれるとちょっと怖い。……いや、俺が怖いってだけならば何も問題はないのだが、こういうのは直ぐに周りに広がるからさ



「なぁ、みんな。この戦いが終わったら何がしたい?」



 だから俺は、いつかどこかで彼女が言ってくれた言葉で問いかけたんだ。


 それは俗に言うところの死亡フラグというやつで、だけど俺とあいつにとっては絶対に生き残る為の



『これから死地に向かうって時に、楽しい未来を思い描くことは絶対に悪いことじゃないと思うんだ。だって、それは生きるぞーっていう前向きなパワーでしょ』



 ……あぁ、そうさ。そうだよな遥。いつだってどこだって楽しい未来を思い描くことは悪いことじゃない。



 例えそれが闇に満ちた『常闇』の最奥であっても、あるいは天空の神々が顕在する『天城』の果てであっても何も変わらない。


 未来へ向かう意志は、希望なのだ



「そりゃあ、ガチャよ」



 真っ先に声を上げたのはユピテルだった。

 珍しく自分の足で歩いているお子様が鼻をふんすと鳴らしながら、情念の籠った声で言い放つ。


「稼いだお金で思う存分ガチャ回すの。武器ガチャキャラガチャイベガチャサポートガチャ。色んなタイトルのありとあらゆるガチャを回しに回してさいきょーパーティー作りまくるの」

「でも師匠、あぁいうゲームってすぐにインフレが起こって、使ったお金が無駄になるって聞きましたけど」


 虚の至極まっとうな質問に、チビちゃんはいつも通りの無表情で答えた。


「分かってないのね弟子。最近のソシャゲは、そんなあからさまなインフレ祭りはあんまし行わないの。それに仮にインフレが起こったとしても、その時は」

「その時は?」


「またガチャを回せばいい。私達はね、いつだってガチャを回せるの。覚悟と金さえあればいつだって何度でも。全てのガチャは実質むりょーでむげんなの」

 

 ……ダメだこりゃ。聞く相手を完全に間違えた。

 これを良い話風にまとめることは、流石の俺ちゃんでも不可能よ。



「ぷっくくっ」



 だが、信じられない事にこのチビちゃんのドン引き発言がパーティーの空気を変えたのである。

 といっても、局所的なものだ。ナラカは普通に引いてるし、花音さんも何とも言えない顔をしている。虚はいつも通り「パネェパネェ」と師匠を褒めちぎっていて、俺は当然ながらドン引き案件なので、つまり消去法で



「なんかその台詞、あの人みたい」

「まぁ確かにあの人なら」

「言いそうだな」



 ヒイロさんの言葉に、言葉売りの黄さんが同意し、巨大な乙女男子ことアズールさんも頷いた。納戸さんは会話にこそ参加しなかったものの笑っている。



 どうやらウチのお子様のダメな部分が、彼等の良く知る誰かに似通っていたらしい。



「そのあの人って言うのは」



 無論の事ながらそのチャンスを見逃す俺ではなかった。



「もしかして、先代クランマスターさんの事ですか?」

「……うん。そうだよ。本当にね、どうしようもない人だったんだ」



 そうして彼女達の口から語られたあの人こと桃地百太郎ももちももたろうさんの人物像は、確かに酷いもんだったよ。


 酒、たばこ、女。ギャンブル、ソシャゲに怪しげな暗号資産まで。先代クランマスターだった桃地さんはそういったものにとことんまで弱かったそうだ。



「やらなかったのは麻薬クスリくらいのもんだったね。普段は本当にダメなヒトだったんだよ」

「後、部屋が汚い」

「物には魂が宿るって言って、兎に角捨てたがらないんだ」


 だから俺が毎週、片付けていたと語るアズールさんの視線は、けれどとても楽しそうで



「本当にダメな人で」

「だけど僕らにとってはかけがえのない恩人で」

「みんなあの人の事が大好きだったんだ」



 黄さんが空を見上げた。

 透明な回廊越しに映る天空の逆さ城。

 十二の神殿を周囲に侍らせたその巨大な姿見こそが、彼等にとっての仇敵であり、そして



「……まさか再びここに来る事になるとはね」



 その言葉に、果たしてどれ程の情念が込められていたのか。



 眼差しは烈日のように厳しく、けれども少しだけしなやかで。



「ねぇ、王様」



 赤髪で、どう見ても中学生くらいにしか見えない幼い顔立ちをしたアラサー女子が、小さく頭を下げた。



「ありがとね。全部、アンタ達のおかげだよ」


 返す言葉を慎重に選ぶ。

 横柄な態度や卑屈すぎる謙遜は論外。「そんなことないですよ」とか「どういたしまして」も味気ない。


 思い出すのは、未来視を駆使して行った無数の未来予測シミュレーション

 そして原作の“笑う鎮魂歌”が辿った限りなくバッドに近いビターエンド。

 芝居が芝居じゃなくなって、本来守る筈の人間を殺めてしまい、相応の罰と、一筋の救いと、狂気と陰謀が沢山の人間をぐちゃぐちゃにして



“笑う鎮魂歌は、解散するよ。もう続ける意味も、なくなっちゃったしさ”



「巡り合わせが、良かったんですよ」


 そう。全ては巡り合わせなのだ。

 『天城』は、花音さんありきの選択だった。あの時彼女がウチの門扉を叩かなければ、恐らくは選ばれなかった可能性の一つであり、そしてもしもそうなれば


「(――――俺がこんな身の丈に合わない願いを抱く事も、多分なかったんだろうな)」






 透明な空の回廊を道なりに四百メートル程歩いたその先に、それはあった。


 天高く伸びる無数の紐と、それらに支えられた巨大な箱。幾ら上を見上げようとも巻き上げ機の姿は影も形も見当たらないが、多分、俺の目では知覚出来ない程高い場所にちゃんとあるのだろう。


 金の装飾をあしらった白地の扉の天辺には、「10」の文字。そしてそこから目線を下ろしに下ろしておよそチビちゃんでも問題なく触れるようなそんな位置まで首を下げると



「ワタシが押す」



 ぽちっとユピテルがそのまんまるな突起物を押すと、ごぅんという重々しい物音が鳴り響いた。



「空のエレベーターだぁ」



 花音さんが無邪気な感想を述べる。

 不意打ち気味に飛んできたその台詞があまりにも子供っぽかったものだから、俺は思わず噴き出してしまった。


「な、なんですか凶一郎さん」

「いや、別に何でも……ぷっ、いや本当にマジで何でもないんだ。そうだよな、空のエレベーターだよな」


 自分でもなんでこんなにツボに入っているのかは分からなかった。別に花音さんはおかしなことを言ったわけじゃない。実際その通りなんだ。この箱型の装置は、俺達を上空の戦闘フィールドへ運ぶ為の移動機関――――要するに彼女が言う通りのエレベーターである。だから全然的外れでもなんでもなくてちゃんと、正しいのだが



「あんまりにも、素直な感想だったから、つい……あははっ」

「い、良いじゃないですか。私気取った言い方とか出来ないんですっ」


 なんて感じでじゃれている俺達を尻目に、一人、また一人とパーティーメンバー達が天空の昇降機エレベーターの中へと乗り込んでいく。


 「9」、「8」、「7」、誰かが屋内へ進むその度に、入口の数字が累減するのが見てとれた。分かりやすい定員の表し方だ。そしてちょっとだけ洒落ている。



 最後に俺と花音さんが乗り込み、内側に嵌めこまれた緑色の「閉」ボタンを押すと昇降機は重々しい音を鳴らしながら白地の扉を閉め、――――そこからは驚くほど静かになった。


 広壮とした屋内。九人で横一列に並んでもなおもスペースの余る程の密閉空間が、最小限の駆動音を奏でながら上へ上へと進んでいく。


 天地左右入口に至るまで全て雲色の壁や床で覆われたエレベーター内において、唯一奥の一面だけがガラス張りで出来ていた。


 視界に映る外の世界。

 快晴と蒼。雲のない天。目指していた空の頂きに立ちながら、俺達は示し合わせたかのように黙していた。


 誰も喋らない。口を開こうとする気配すらもない。

 皆分かっていたのだ。ここが境界なのだと。次に扉が開いた先の世界はもう、決戦の場であることを。


 屋内が独特の「圧」で満ちていく。

 それは決して悪い兆候ではなく、寧ろプロの冒険者として然るべき緊張感だったと言えよう。


 けれど



「一日リーダー権ってあっただろ」



 俺は空気を読まずに話し始めた。



 それは“鎮魂歌”チームの皆さんが知る由もない、俺達“烏合の王冠”Bチームだけの決まり事。

 ナラカと分かり合う為に開いたあの模擬戦大会で、副賞として提示した命令権ごほうびである。

 


「あれをさ、今ここで使おうと思う」



 “鎮魂歌”チームはぽかんとしていた。ウチのメンバーもその殆どが要領を得ない顔をしている。



「へぇ。ようやく決まったの」



 ナラカだけが、乗って来た。あの戦いにおける本当の“目的”であった彼女だけが。



「アンタの事だから、その辺有耶無耶なあなあにするんじゃないかと危惧あんしんしてたんだけど」

「うん。そのつもりだった」



 俺があの大会を開いた目的は徹頭徹尾こいつと仲直りする為で、それ以外は殆ど建前みたいなものだったからな。第一、普段リーダーやっている俺が今更やったところで何命令するんだって話よ。こいつらは俺がわざわざ上から命令なんかしなくても、ちゃんと協力してくれた。支えてくれた。育ってくれた。ずっとずっと、ついて来てくれたんだ。



 本当に愛すべき、そして誇るべき仲間達だ。俺なんかにはもったいなくらいに良い奴等ばっかりなのだ。



「でも一つだけ、どうしても言っておきたい事があってさ」



 だからこそ




「死ぬなよ。誰も」




 視線は、外の景色に向けたままで



「戦死も、生贄も、自爆も自己犠牲も全部なしだ。勿論、負ける事だって絶対に許さない」



 目の前の景色はどこまでも蒼く、ここにいない誰かを想起させるのには十分すぎる程澄んでいて



「危なくなってる仲間がいたら絶対に助けろ。だけど自分の命は捨てるな。戦力とか合理性で命を測るな。てめぇの命を安く見積もるな」



 それは押しつけなのかもしれない。傲慢で主観に満ちた世間知らずの独善的な価値観なのかもしれない。



 しかしそれでも俺は生きたくて、同時に彼等おまえらにも生きていて欲しいのだ。



「生きるぞ」



 生きて



「勝つぞ」



 勝って



「そして大手を振って帰るんだ。待っている人のところに、果てしない栄光をたずさえて」



 返ってきた言葉はまちまちだった。

 素直に頷く者もいれば、声に出して意志を示してくれた者もいた。中には、ちょけて「肯定うんち」等とのたまう奴もいたが、そいつは帰ったら、お姉ちゃんお説教祭りが確定しているので今は好きに泳がせておく。



「あんたもベタね」


 そんな事を言いながらもドラゴン娘は笑っていて



「良いじゃないですか、ベタ。私は好きですよ」



 花音さんの声も良い感じに弾んでいた。



 空を昇る昇降機。

 九つの視線が目指す先は、ただ一つ。

 天空の回廊を巡る旅は、かくして終着駅へと辿り着き



 扉が、開いた。




















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