第百八十八話 杞憂非天








 支度を整え、姉さん達と朝食を摂り、したためておいた「もしもの時の遺言状」をアルに渡し終えた後、俺は寝ぼすけチビちゃんを抱えて我が家を出た。


 すっかり肌寒くなってきた秋の彼者誰時かわたれどき、ダンジョンの作られた快適温とは違う自然の寒さってやつがどうしようもなく身体に染み渡る。





「マスター」



 それは普段通りの澄まし顔だった。

 見送る時のアルさんは、大抵変な事を言いなさる。

 やれお土産を買ってこいだとか、かれ女遊びを覚えろだとか。

 そういった類の無茶ぶりが今回も飛んでくるものだとばかり思って話半分に耳を傾けていたのだが




「貴方の望みを叶えなさい。その罪深うつくしき景色が、必ず皆を救います」

「……言われるまでもねぇ」



 蓮っ葉に答えたつもりだったのに、響いた声は小さくて。



「…………」

「大丈夫、大丈夫だよ。この期に及んで迷ったりなんてしねぇってば」



 自己嫌悪そういうのは、きちんと事前に済ませておいた。



 しかし、余程信用されてないのか邪神はその白銀色の瞳で俺の事を凝視し続けながら



「繋いであげましょうか?」



 そんなことを言ったのである。



「…………」



 主語のない言葉だ。

 だが俺は、直ぐに分かった。分かってしまった。



 だってそれは、今俺が一番



“大好きだよ、凶さん”




 求めてやまないものだったから。



 身体が震える。

 どれだけ心強いだろうか。

 あいつと話せたら、あいつの声を聴けたのならば、あいつを感じる事ができるのならば

 どれだけ、どれだけ――――




「……いや」

 


 だけど



「いいよ、アル。そこまで気を遣ってもらわなくても」



 だけど、それではダメなのだ。



 何故蒼乃遥を、『天城』に連れて行かなかったのか。


 その理由の九割は天啓レガリアや相性によるところの兼ね合いで

 九分があいつの強さがあると辿りつけない結末があると踏んでのことだった。


 だけど、残った僅か一パーセントにも満たない小さな小さな欠片の中には、確かに俺の意地や危機感みたいなものがあったのだ。



 俺は遥さえいればなんでもできる。

 あいつが傍にいると心が無敵になれる。

 恒星系、恒星系などと言っているが、気づけば彼女は本当に俺の太陽になっていて

 俺はもう、すっかりあいつがいないとダメになってしまった。


 だからこそ、どこかで蒼乃遥のいない攻略を経験する必要があったのだ。

 それもできるだけ、早い内に。


 その目論見はここまで概ね成功を収め、そして肝心なところで失態を犯したのである。


 忘れもしない。ナラカとの仲がギクシャクしてしまったあの時のことだ。


 俺は無理になんでもかんでも背負いこもうとして、沢山の敵意に晒されて、そしてすっかり、ダメになってしまって。



 ――――もっとうまく立ち回っていれば、と思わずにはいられない。

 ――――あるいは格好つけずに仲間に相談していれば、乗り越える事ができたのかもしれないのに。

 

 現実は、そうはならなかった。

 

 ……あぁ、勘違いしないでくれよ。俺は別に「遥に助けられた」という事実を恥じちゃいないし、悔いてもいないんだ。

 

 無駄じゃなかった。

 必要だった。




 あの時間があったからこそ、「ナラカとの模擬戦」というアイディアが思い浮かび、俺達は敗者なき地平線に辿り着く事が出来たのだから。


 

 けれど事実は事実として、俺は遥に頼ってしまったのだ。

 それを、その事を、俺は恥じもせず、悔いる事もなく、しかしながら、深く胸に刻みつけなければならない。


 


 あいつの、蒼乃遥のいない世界で清水凶一郎という人間がどこまでならば耐えられるのか?

 そしてもしも耐えられなくなった時にはどのように対処すれば良いのか?

 経験と知識。

 失敗と対処法。

 方法論メソッドは確立した。仲間に頼る事も覚えた。前よりも自分てめぇの機嫌を自分てめぇで取る事が上手くなった。



 『天城』攻略の後半戦において、『亡霊戦士』や“円卓”との因縁を、彼女の助けを借りずに成し遂げる事が出来たのは、その集大成とも言えるだろう。


 失敗を経て、アップデートは完了し清水凶一郎は、蒼乃遥のいない世界で戦う術を会得したのである。

 


 だから、だからもうやんない。

 大局を見て断腸の思いで仕方なく……という展開ならばもしかしたらあり得るかもしれないが、少なくとも、今回のように自ら進んであいつのいないパーティー編成を承諾するような真似は、二度としないし、したくない。



 こういう逆張りというか、変化球は一回やれば十分なのだ。何遍もは不要だ。冗長に過ぎる。


 そしてそれは逆説的に、あいつ抜きで乗り越えなければならないという意味でもある。



 【あいつ抜きでも頑張れるから、ずっとあいつと一緒にいて良い】と、俺は俺自身に証明しなければならないのだ。


 ならばこそ



「ここでお前の申し出を受けたら、俺はそんな弱い自分を金輪際いっしょう許せなくなっちまう」



 下らないプライドだ。だけど大事な矜持でもある。



 全ては、俺がアルの言う“罪深うつくしい景色”を見たいが為にやってきた事だ。


 その大舞台にして総決算を、後ろ暗い気持ちで迎えたくなんてない。


 この不安も、この恐怖も、この重圧も、痛みも、苦しみも、切なさも今回だけは俺のものだ。

 

 故に


 

「叶えに行くよ。堂々と、胸を張ってさ」

「ならば良いのです。お気をつけ下さいまし」



 それだけ言うと、アルはぷいっと家の中に戻って行った。

 猫のような彼女の勝手さに、今だけは少しホッとする。



「何の話?」



 ユピテルがおんぶ紐の中でもぞもぞとしながら眠たそうに聞いてくる。


「んー、そうさな」



 俺は一瞬だけ頭を悩ませてから、



「多分、惚気話なんだと思う」



 そんな風に、適当な言葉で答えたのである。





◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』・ポータルゲート前




 今回のセレモニーは、『常闇』の時と比べてもはるかに賑やかだった。


 その理由は俺達の組織が成長した……という側面も当然少なからずあるのだろうけれども、やはり主だった要因は、彼等の存在にあると俺は睨んでいる。



 冒険者クラン“笑う鎮魂歌レクイエム”。

 かつて敗れた『天城』の顔役たちが今再び手を取り合い仇敵打倒に向けて立ちあがる――――そりゃあ、ファンからしてみりゃ喝采よ。

 純粋に“笑う鎮魂歌”を応援している人や、ダンジョン探索をエンターテイメントとして楽しんでいる者、後は普段『天城』で狩りをしている労働者ワーカー組の方々に、マスコミやら何やら全部が加わって、俺達に頑張れ負けるなとエールを送ってくれている。



 広がるレッドカーペット、敷居越しに焚かれるフラッシュと、熱い歓声。

 俺達九人は観衆に手を振りながら、一人、また一人とポータルゲートの中へと入っていく。


 高まる昂揚と、のしかかる期待。

 人によっては不快に感じるかもしれない無責任な“頑張って”。

 だけど、俺はこの感覚が嫌いじゃない。

 気質なのかな。あるいは自己評価が死んでるせい?

 昔から全然苦にならないんだよな、“頑張って”が。

 まぁ、俺の個人的な所感なんざどうでもいい。

 大事なのは、会は盛況なまま終わり、俺達は変なトラブルに巻き込まれる事もなく、ポータルゲートを抜ける事が出来たのだ。



 霊力の渦の中を順繰りに通って行き、一人また一人と最後の探索ラストダイブを決めていく。



 行く先は『天城』最終中間点。

 ボス部屋前の最後のセーフティーゾーン。




◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』・最終中間点




 

 『天城』の最終中間点は、半ば倉庫街と化していた。


 等間隔で並ぶ赤青黄色の大型倉庫。


 それぞれが武器、防具、雑貨品という風に色付けラベリングされていて、さながらラスボス戦前のセーブポイントに簡易的な街が作られているかのようなそんな利便性。


 流石は上位クラン。

 至れり尽くせりである。



「それじゃあ、最後にざっとおさらいしておくぞ」



 その中にある一際大きな箱型倉庫――――“笑う鎮魂歌レクイエム”の最前線基地フロントラインベースの屋内で、俺達は最後のブリーフィングを行った。



 会議の参加者は丁度十人。


 俺、ナラカ、ユピテル、虚、花音さんの“烏合の王冠”Bチームの五人に加えて、ヒイロさん、アズールさん、黄さん、納戸さんの四人からなる“笑う鎮魂歌”から選抜された現地サポートチーム、そして




「皆さん。バックアップは任せて下さい」



 そこには一週間前まで植物状態にあった彼の姿もあった。


 ミドリさんは、“中”には赴かない。


 ここから、この倉庫街からアイテムの補給を適宜行ってもらう。



 ミドリさんの持つ亜空間倉庫アイテムボックスの精霊『壺宙天』と、共有者の能力を貸与する事が可能な『亡霊戦士』もとい天啓レガリア<普遍的死想幻影舞踏曲メメント・モリ>の相性は言うまでもなく最強だ。



 状況に合わせた耐性防具やアクセサリー、諸々の回復アイテムを際限なく使用できるという利点は元より、四季さんからもらった三億を使って“神々の黄昏”から購入した(こうするのが一番良い金の使い方だと思ったのだ)精霊兵器の数々を運搬の手間暇いらずで扱えるというのは、最早チートと言っても差支えないだろう。



 やはりアイテムボックスは有用だ。名だたるウェブ小説で、散々無双してきただけの事はある。



 そして『亡霊戦士』として力を貸してくれるのは、ミドリさんだけではない。



 今回の決戦の為に、“笑う鎮魂歌”約二百五十名の全メンバーが、特注の『亡霊戦士』を組んでくれたのである。


 要するに俺達はこの戦いにおいて、無尽蔵の物資と、二百五十種類の鉄砲玉を自由に使う事ができるってわけさ。



 これが俺がミドリさんを助け、“笑う鎮魂歌”を助けた副次的な理由である。



 茶番劇の舞台装置としてではなく、ガチの攻略手段プランとして用いた<普遍的死想幻影舞踏曲メメント・モリ>は、誇張抜きで<骸龍器>をも上回る汎用性の塊だ。



 流石は天城オリュンポス、前身の天啓ですらこのスペックとは恐れ入るぜ全くよぉ。




「いいか、お前ら。今回の決戦は、戦う敵の数が非常に多い。状況は絶えず変化し、チームメンバーを常に入れ替えながら最適解をぶつけ続ける必要がある」

 


 ザッハーク戦の時とは、根本からして違うのだ。

 俺達がこれから戦う相手は、再現された一つの神話そのものであるといっても過言ではない。


 求められるのは一点特化した個性ではなく、多様性と連携密度。


 それぞれが命がけで互いの背中を預け合わなければ、神話しろ落としは絶対に成し遂げられない。



 俺はナラカを見る。

 虚に視線を移す。

 ユピテルに笑いかけ、“笑う鎮魂歌”の皆さんの様子を確認し、そして最後に花音さんと目が合った。




 ――――沢山の、数え切れないほどの衝突があった。

 嘘をつかれ、悪意に晒され、成長に悩み、深い挫折に牙を剥かれ、トラブルばかりで、全然思うようにいかなくて、一体何度諦めようと思った事か。



 それでも俺は、俺達はやり遂げたのだ。


 こいつ等になら全力で俺の命を預けられる。

 それだけのものを築いてきたつもりだ。



 だから




「だから俺は何も心配しちゃいない。今の俺たちならどんな複雑な連携だってやれる筈だ」



 心の底から漏れ出た笑顔がこんなにも愛おしく誇らしい。



 高揚する気分を少しだけ抑え込みながら、俺はみんなのリーダーとして宣言する。




「行こうぜ、みんな。最新の神話は、俺達の手で紡ぐんだ」





 そして俺達は――――





◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』最終層・杞憂非天きゆうひてん

 





 空の果てへと辿り着く。





―――――――――――――――――――――――



・というわけで、次回よりいよいよ最終階層守護者戦に入るわけですが、このタイミングで少しお休みを頂きます!


色々とお作業が溜まっているというのと、このエピソードだけは片手間で片付けたくないというのがありまして、申し訳ありません! 約二週間強のお休みを勝手ながら設けさせて頂きます。


 その間暇だよーという方は、暖房器具が作成したツイッター(作者プロフィールページから飛べます)にて色々と「チュートリアル~」の企画をやらさして頂いておりますので(こちらはなんと毎日更新でございます!)、そこを一時的な避難所としてご活用くださいませ!


 “烏合の王冠”総当たり戦企画や、ボスキャラ達のプロフィール、

そしてついに第一巻のカバーイラストが公開されましたので、未読の方は是非生遥さんに会いに来てください!



 というわけで次回の更新は十二月の一日か四日(恐らくは四日です)、そこで再びお会いしましょう。皆さんお楽しみにっ!
















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