第百七十八話 ネクロマンサーの遺言






 彼に救われた。

 彼のお陰で今の自分達がある。


 守りたいものはそれぞれだ。

 クランの誇りか、冒険者達の命か、あるいは“笑う鎮魂歌”という居場所そのものか。


 いずれにせよ、負ければ終わる。

 それぞれの守りたいものが、全て奪われ消えていく。



 烏の王は言った。


 これは血の流れない戦争であると。


 然り。

 この決着の如何によって、誰かが死ぬ事はない。


 戦うのは己の意思を乗せたアバターである。傷つく心配も傷つけられる可能性も絶無。


 だが、戦闘かていが仮初めでも、戦争けっかは偽物ではない。


 これは、この大勢の聴衆に見守られた親善試合ビジネスショーは、敗れたものから全てを奪う。


 断る事も、逃げる事も許されなかった。


 敵は、『亡霊戦士』の証拠を握っている。


 烏の王の気まぐれひとつで“笑う鎮魂歌”というクランは、消える。


 故に彼等は“勝つ”しかない。


 

 雷と隕石の災害から


 世界を焼き尽くす双頭の龍から


 殺された事すら悟らせぬ希代の暗殺者から


 そしてそれらを束ねるあの烏の王バケモノから



 あぁ、これを公開処刑と言わずしてなんと言おう。


 

 重なる屍。

 滅びに瀕する三つの塔。


 状況は絶望的だ。


 それでも彼等は止まらない。止まれない。


 引き返しポイントオブ不能点ノーリターンは、はるか昔に過ぎている。




◆◆◆特殊仮想空間・戦場・“笑う鎮魂歌”陣営『左塔』・管制室:“笑う鎮魂歌”サブオーナー『覚詩人』・ファン山鸡シェンチー






「【力】を合わせろ、奴を【止め】ろ! 僕達は【強い】! こんな女に【負け】なりはしない!」



 黄は、叫んだ。



 『アンドレアルフス』により、改変能力を得た彼の言葉は、管制室の仲間に強壮を与え、対する敵に



「あはっ、またクソリプ~? 口だけぼうやは楽で良いわねぇ。最近のウ○コ製造機はお口でウ○コをひり出すのがトレンドなのかしらぁ」



 通じない。

 まるで通らない。

 『アンドレアルフス』だけではなく、あらゆる物理攻撃が、霊術の掃射が、たった一人の少女の毛先一つも断てないのだ。



「ほら、詩人さんどうしたのかしらぁ? ペンは剣よりも強いんでしょぉ? それとも、もしかして、ブルっちゃったのかしらぁ? きゃはっ、そりゃそっか。だってアンタ達って昔から炎上火属性に弱いもんねぇっ!」



 仲間が燃える。

 避ける間もなく、為す術もなく、紅蓮の業火に身を焼かれて

 右も、左も燃えていく。



「くっ、多重マルチ妨害霊波ジャミング》の準備をっ!」

「無駄よォっ!」



 張り巡らされた霊的ベクトルの撹乱周波を、火龍の『霊力経路』はものともせずに突き進み、後衛部隊を火炙りの刑に処した。



「肉体だけじゃない。術理も霊力の強度もアタシ達は、根本からして“違う”のよ。弱体化? 状態異常? そんな雑魚にしか利かない小技がこのアタシに通じるはずがないじゃないっ!」




 階下から一際大きな轟音が響いた。

 咆哮。何かがはためく不快な音色。

 霊覚が震える。巨大な存在がリカバリールームを抜けて、こちらへ近づいて――――




「あら残念、楽しい時間はあっという間に過ぎてくわ。これでこの塔は後五分で終わる事が確定しちゃったわけだけど、ねぇ詩人さん。アンタはどうやって死にたい? 火炙りアタシ隕石落下おチビさんか、好きな死に方オンナを選ばせたげる」







◆◆◆特殊仮想空間・戦場・“笑う鎮魂歌”陣営『右塔』・管制室:“笑う鎮魂歌”サブオーナー『嵐闘騎士』・アズ―ル





 咆哮と共に迸る魔犬の閃光。

 蒼黒の破壊が、管制室を横薙ぎに駆け抜ける。



「おうっ、映えっ! やっぱこういうのは派手にビームってなんぼですよねー。いやー、お兄さん分かってるわ。盛り上げるのがマジでお上手ウェイ



 朗らかな声と共に金眼の暗殺者が宙を舞った。


 白塗りの壁を蹴り、三次元の軌道を描きながら四方八方へと姿を暗まし拳打を撃ち込む魔拳士。


 ヒット&アウェイ。


 攻めては離れ、また攻めては離れ。


 それはアズールの仲間達を屠った暗殺術とは様相の異なる戦法スタイルだった。



「(俺の攻撃を警戒しての行動か……いや)」



 恐らくは違う、と三つ首の魔犬となったアズールは考える。



「(こいつは俺の事などまるで恐れちゃいない。いや、むしろ殺ろうと思えばいつでも殺れるから)」



 だから拘っているのだ。


 よりスタイリッシュに、より観客受けがするように、勝つ過程を――――演出している。


 アズールは、魔犬となった双腕で暗殺者を睨みつけた。

 跳ねる暗殺者。ジグザグに飛ぶ彼の動きを三つ首で捕捉し、近づいてきた彼に合わせるようにして右うでを素早く振り下ろす。



「おっと危ない、虚ちゃん大ピンチ」



 だが声は、頭上から聞こえてきた。



「しかーし、間一髪これを避けた虚ちゃんはそのまま、巨大な犬ころの鼻っ柱に華麗なキックを放つのでした」



 顔面に走る衝撃。

 中央の視界が完全に閉じる。



「ピンチをチャンスに変えた虚選手、ここでカッコ良い溜めを決めてから、発勁はっけウェイ」



 次いで腹部が異常を訴え、刹那、魔犬の肉体は吹き飛ばされた。


 何かが割れる音が聞こえた。

 薄れかけた意識を、滾る使命感で目覚めさせ、周囲の様子を見まわす。


 真白の床に散らばる黒色の液晶。

 これはモニターの残骸だろうか。

 それが果たして真実である事を後方への一瞥で確認したアズールは、ゆっくりと陥没した中央モニターの中から起き上がり戦線へと復帰する。



「おぉ。お兄さんタフっすねぇ。いやーこれは骨が折れるわぁ」



 嘘をつけ、と毒づきたくなる心を抑えながらアズールは両うでから蒼い熱術を解き放つ。



「(幾ら舐めてくれても構わない。お前が飽きるまでなぶられてやるさ)」


 それで一秒でも時間が稼げるのならば、リカバリールームを守れるのならば



緊急事態エマージェンシー緊急事態エマージェンシー。こちらリカバリールーム。何者かの襲撃により、リカバリールームのメンバーが次々と――――きゃっ!』



 《思考通信》は、そこで途切れた。

 事態の異様に気がついたアズールがリカバリールームのメンバーに念話をかけるも、しかしそのことごとくが通話不可状態エラーモード



 増援、という文字が脳を過ぎる。


 先に塔の攻略を終えた敵の誰かが右塔に入り――――だとすれば、何故誰も気づけなかった?



 リカバリールームのメンバーは、有事に備え、全員気配探知や霊力探知を張り巡らせていたはずだ。



 それらを掻い潜り、リカバリールームを全滅に追いやった



 背筋が凍りつく。



「お前」



 ピンボールのように跳ねまわる金眼の暗殺者。


 壁を蹴る彼の姿が、唐突にブレる。



「お前、一体何を」



 アズールは自身が嬲られる事で、彼を抑えていた――――そのつもりだった。



「ウェイ。やっと、一仕事終わりましたよ。流石にPV撮りながら影で暗殺ってのは骨が折れましたわ」



 先程まで見えていた彼の動きが、加速度的に速まっていき、そして彼が二人、三人、五人と増えていく。



「何、理屈はそう難しくありません。ちょっとお兄さんが目で追えるよりも速く動いて、ちょっと気配やら霊力がある風な小細工を施し、そしてほんのちょっと残像でも出してやれば簡単に不在証明アリバイは作れます。まぁ、オプションで敏捷性低下デバフ空間転移無効出禁ってたんでちょっと時間喰っちまいやしたが、それもさっきの子で全滅オールです」



 何を言っているのか分からなかった。

 そして目の前の光景が、彼にはとても信じる事ができなくて




「オレ流の分身術ってやつですよ。いつかハーレム作った時に女の子達を全員満足させる為に一生懸命覚えました。まぁ、この【敏捷性低下じょーきょーか】なら大体」



 十、百、いつしか管制室は黒衣の暗殺者の大群で覆い尽くされていた。


 四方八方前後左右天地万象、その全てのかれ達が一斉に口を開く。





『大体千人ってところですかね』










“なぁ、アズール。もしも俺になんかあった時は、ヒイロを支えてやってくれな。アイツは、その強さに精神こころが追いついてない部分がある。だから、さ。そこをお前さんと黄がそれぞれカバーしてやればいい感じのチームになると思うんだ”



 託されたものがある。

 果たさなければならない約束がある。




“あいつらには、マスターとしての手前上、あぁ言ったけどさ。ホントはもう誰にも死んで欲しくないんだ。生贄になるのは、オジさんが最後で良い”



 彼の本当の願いを聞いた。

 だからこそ、誰も知らない方法を模索した。




 あぁ、だから。

 頼むから。





◆◆◆特殊仮想空間・戦場・“笑う鎮魂歌”陣営『左塔』・管制室:“笑う鎮魂歌”サブオーナー『覚詩人』・ファン山鸡シェンチー





「<孔宣こうせん>っ!」



 黄が切り札を切る。

 系統タイプ変身メタモル、<孔宣こうせん>。


 その身を極彩色の鳥人へと変化させ、広げし虹の翼から強力な催眠光線を放つ彼の最終奥義ファイナルブロー




「きっと【勝てない】、お前達はアレに【勝てない】、むざむざと【死】にに行くのか? 仲間を【生贄】にするのか? ここで僕達を【倒した】ところで、君達に待っているのは逃れようのない【破滅】だぞ」



 視覚と聴覚。

 その両方に訴えかける死の宣告オーダー


 喉を枯らし、血涙を流しながら放つその催眠は、けれど彼等に本当の死を与えぬ為のもの。



 認めたくはない。

 認めたくはないが、それでも黄は、心底からもう誰も死んで欲しくはないと願っていた。


 それが彼の嫌う偽善であり独善であるとしても、大切な人を犠牲にしなければならない痛みは誰よりも知っているつもりだから。





◆◆◆特殊仮想空間・戦場・“笑う鎮魂歌”陣営『右塔』・管制室:“笑う鎮魂歌”サブオーナー『嵐闘騎士』・アズ―ル





「俺は、たとえ身勝手だと分かっていてもこの場所を守りたい。守らなければ、ならないのだっ!」




 響く咆哮は五重奏カルテット



 武装融合型の天啓レガリア、<双犬黒屍オルトロス>――――纏いしはタングステン合金をも上回る黒色の鎧と、双肩より出でし漆黒の魔犬。


 

 内より湧き出でる黒色の霊力は、物理攻撃への特殊な耐性を帯び、屈強な肉体は更に一回り以上もの成長を遂げた。



「俺は、俺達は――――クラン“笑う鎮魂歌レクイエム”の」



 対峙するは、千の軌道を描く暗殺者。


 一対一が、千対一に視えてしまう程の圧倒的な性能差。



 しかし、それでも彼は猛然と突き進む。


 諦めるわけにはいかない。

 折れてしまえば全て終わる。



 最後まで、一秒でも長く彼をこの場所へ引きつけておくために








 ――――その、あまりにもか弱き正義おもいを怪物達は肯定した。



 独善。身勝手。大いに結構。

 

 不純も純粋も関係ない。


 貫きたい決意を、守りたい願いを、彼等は踏みにじらないし、破らない。


 

 想いの多寡たかで勝敗が決するなど幻想だ。


 争いの勝敗で覆る正義など、そこに何の価値があるというのか。



 故に怪物達は、彼等の正義を否定はしない。


 だって、そう。



 結局のところ、身勝手なのはお互い様なのだから。



 








「えぇ、そうね。きっとアンタ達の中ではそうなんでしょうね、アンタ達の中ではねぇっ! 

 だけどそのご自慢の【短く被った男性シンボルに対する直接的な罵倒語】レベルの使えない物差しスケールで勝手にアタシ達の事を測らないで下さる、童貞坊やっ! 

 アンタ達みたいな雑魚モブに守ってもらわなきゃならない程、アタシ達は弱くも無辜むこでもないのよっ!」




「すいませんね、お兄さん。そしてお疲れさまでした。個人的にはお兄さんの事嫌いじゃないんっすけど、これも仕事なんでね。

 善人だろうが悪人だろうが男だろうが女だろうが子供だろうがジジババだろうが美人だろうがそうでなかろうが金持ちだろうが貧乏人だろうが人間だろうが獣だろうが、請け負った依頼は平等にヤるのがオレの性分なんですよ。

 だから、ね。お休みなさい。お兄さんの戦いは、ここで終わりました」








 

 二つの塔が崩落を迎えたのは、それから間もなくの事である。

 










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