第百四十三話 模擬戦大会







◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』シミュレーションバトルルームVIPエリア






「ただいまより、第一回“烏合の王冠”Bチーム模擬戦大会を開催します」



 エアマイクを使っての開会宣言に、三つの拍手が起こる。

 参加者の反応は上々だ。

 若干一名そっぽを向いたままの不機嫌娘がいるものの、これに関しては最初からそういうものだと割り切っているので無問題モーマンタイ

 メンバーの内の八割が乗り気ならば、四捨五入すれば実質十割乗り気の満員御礼なんだぜひゃっほいと、頭の中でイカれたハッピー楽観主義シュガーライフをきめた俺ちゃんは、そのままハイなテンションで司会進行を務めた。




「では早速ルールの確認から参りましょうか。はいっ、今回の模擬戦は一対一の総当たり戦です。ここにいる五人全員で一度ずつバトリ合って、勝ち点の総計を競い合っていきたいと思います。そんで」



 俺は『常闇』の職員さんから借りてきたホワイトボードをみんなの見える位置へと持っていき、右の隅っこになるべく丁寧な字で、今回の勝ち点を書き記した。




「まず勝利者には三点、そして敗北者には加点なしゼロ点、引き分けの場合には両対戦者に一点ずつ。そんでもって降参機能リザインシステムを使った敗北者はマイナス一点と――――基本的にはこんな感じで進めていきたいと思っているんだけど、みんなどうかな?」

「はいっ」



 そこでスッと手を上げたのは勿論もちろん花音さん。



 桜髪のポニーテールが今日も今日とて最高に決まってらっしゃる。……なぁ信じられるか? これ原作だと特別な武装形態の時にしか見られないんだぜ。

 原作の髪型ハーフアップも素敵だったけど、今じゃこっちに慣れ過ぎちゃって花音さんといえばポニーテールみたいな脳みそになっちまっている自分がいる。



 ほんと、人間の適応能力ってすごいよな。そしてポニーテールは至高である。……さておき。




「その、引き分けまでの点数配分には異存がないのですが、この降参機能の使用と、それに伴うマイナス点の存在が気になります。よろしければもう少し詳しい説明をお聞かせ願えないでしょうか」



 まぁ、そこはやっぱ気になるよな。

 普通の総当たり戦ならそもそもこんな項目ないだろうし。




「これはある種の救済措置というか、選択肢の一つです」




 そうして俺はおよそ総当たり戦の開催者にあるまじき文言を平気の平左で言い放つ。



「負ける自由、あるいは勝負を放棄する権利っていうのかな……まぁ、頑張りたくない人や戦いたくない人は無理しなくてもいいよっていう配慮アレだと思ってくれ」



 まぁ、今回の大会は半分レクリエーションみたいなもんだからね、肩ひじ張らずに楽しめるようにっていう主催者側からの小粋な計らいってわけよ。




「とはいえ、負け試合消化するのは面倒くさいんではいパスでーすっていうのは、真面目にやってる奴に対して失礼だよな。だから降参には敗北よりも重いペナルティを。そんでもって降参できる権利自体にも制限を設けさせてもらう」



 人差し指と中指を天に掲げてピースサイン。



「降参機能が使えるのは二回までだ。一人四戦行ってもらうわけだから、二回はきちんと戦うこと。そんでもって一番勝ち点を稼いだ奴にはこの“一日リーダー権”を進呈しよう」



 胸ポケットから名刺サイズの紙切れを取り出し、ドヤッと参加者達に見せつける。

 寄せられる好奇の視線。火荊だけは相変わらずそっぽでフンッとしている。つまり平常運転というわけだ。



「この“一日リーダー権”を手に入れた人間は、一日リーダーとしてメンバーに好き勝手命令する事が出来るって設定だ。トレーニングに付き合わせるてもよし、ゲームやご飯を奢ってもらうでもよし、後は……」

「はいっ、兄貴兄貴っ!」

「あっ、当然エッチなのはダメだからな。ハラスメント行為に当たるものも禁止。それとリーダー以外のメンバーが三人以上拒絶した場合は、その命令は無効にするからな」

「まだ何にも言ってないっすよっ!」



 等と言ってはいたものの、その後このチャラ男が俺に質問をしてくる事はなかった。

 今日日きょうびこれ程分かりやすい奴も中々いない。




「一試合の時間配分は仮想世界の設定を三倍速にした状態で一時間。現実世界の時間だと、一試合二十分で決着がつくって寸法だ。制限時間をオーバーした時点で決着がつかなかった場合は引き分けドロー、アディショナルタイムとサドンデスはなしで、勝敗判定ジャッジもなし。タイムアップ時点で両プレイヤーが生き残っていれば、その時点で一点が加算されて試合終了だ」




 そしてそのままステージの決め方、スポーン場所の設定、そして最後に「冒険者精神にのっとり正々堂々戦いましょう」と凡庸な台詞を決め終えた俺の眼前に、再び花音さんの美しい手が伸びた。




「質問がありますっ」

「はい、花音さん」

「その、ここまで来ておいて本当に今更なのですが、何故『常闇ここ』なのでしょうか? 『天城』の施設を使えば良かったのではと思わなくもないといいますか……」

「あぁ、それはね」



 俺は意識して表情筋を作りながら、彼女の質問に答えを返す。




「『天城』には『亡霊戦士』がいるだろ」

「はい」

「そんでもってアイツは、この間コロッセオでアズールさんを襲いにかかった」

「あっ、だから」



 花音さんが納得を覚えた顔でコクコクと頷いた。



 ……うん、嘘は言ってないよ、嘘はね。







◆第一試合:清水凶一郎VS清水ユピテル(ステージ・プレーン)




 今回の模擬戦大会を開催するに辺り、一番頭を悩ませたのがステージ選びだ。



 全体的なステージの大きさ、不平等をなくしながらも、それぞれの力を最も発揮できる可能性を高められるようなバランス調整、そして一番大事な初期位置の問題。



 これらを総合的に加味した上で、俺が導き出した結論は



 ①ステージの大きさは全長六キロ四方とし、そこから各プレイヤーがプラスマイナス二キロの距離を設定し、この内のどちらかを採用してバトル開始

 ②バトルステージは、事前に各人が選んだ五ステージの中からランダム抽選

 ③初期配置は、右半分と左半分のエリアのいずれかのエリアにそれぞれランダム配置




 ……まぁ要するに基本運ゲーだけど、自分に有利な状況もそこそこ作りやすいよっていう設定にしたってわけさ。




 で、この度わたくしこと清水凶一郎と、分類上はいとこであらされる清水ユピテルさんが戦う事になったわけですが、はいドン!





 ①ステージの広さ:全長四キロ四方(基準値からマイナス二キロ・選択者:俺)


 ②ステージの種類:ステージプレーン(選択者:俺)


 そして肝心要の③初期配置はというと……




「…………」

「…………」



 見下ろすとそこにはしょんぼりと項垂れたツインテール。



 少女の瞳は死んだ魚の目のようにどんよりと歪んでいる。

 


 さもありなん。

 遠距離特化の運動音痴ちゃんが、ゴリゴリの近接野郎とパーソナルスペースで向かい合って戦闘開始ヨーイドンとか、何の冗談やねんって話ですよ。



 四キロ四方のバトルフィールドのどこかにランダムスポーンというルールで、互いの初期配置がセンターラインの境界手前、しかも真正面ときたものだから、いやはやこれはもう、ねぇ。



「その、……どうするユピテル? このレンジは流石にキツいだろ」

「ちっとだけ頑張ってみる。疲れたらやめる」

「そっか」



 てっきり悪態つきながら降参するものだとばかり思っていたんだが……中々どうしてガッツがあるじゃないか。



「それじゃあ、まぁ対戦よろしくお願いします」

「おねがいします」



 二人揃ってぺこりとお辞儀をかわし、開始のブザーを待つ。



 遮蔽物のないサイバー空間で、俺達は互いの一挙手一投足を伺って――――




「待てー!」

「きゃー!」




 そして俺達は年甲斐もなく全力で鬼ごっこを楽しんだ。



 決まり手は、俺のこちょこちょ攻撃に耐えられなくなったユピテル側の降参リザイン



 運ゲーここに極まれりである。





◆第四試合:清水凶一郎VS虚

(ステージ・ジャングル)



 

 今のパーティーの中で一番強い奴は誰かと聞かれたら、少なくとも俺は虚を推す。



 精霊の能力、本人のステータス、卓越した戦闘技術に、『白虎』の獣人という唯一無二の特性。



 これら全てが噛み合った彼の前では半端な防御や回避など一切意味を為さず、気づけば(というか気づかない内に)内臓を全部持っていかれてゲームエンドというのが対虚戦の基本的な末路パターンだ。




 実際二試合目の火荊がそうだった。



 ユピテルですら感知が難しいと言わしめる程の気配遮断術と空間転移を駆使して、ドラゴン娘を捉え、そして微塵の躊躇もなく彼女の心臓を蹂躙ぐちゃり



 普段は「ウェイウェイ」言ってるだけの馬鹿の癖に、こういう時だけカッコいいんだからと不覚ながらときめいてしまった程だ。




 まぁ、そんなわけだから俺が負けるとしたらここだろうなと思ったのだ。



 ただでさえ普段の勝率が一対九程度だというのに、加えて戦闘フィールドまで虚の選んだ“遮蔽物だらけの密林ジャングル”ときたもんだ。



 鬱蒼と茂る熱帯雨林の中で、空間転移を乱発してくる稀代の暗殺者と命がけの追いかけっこ────想像するだけでも股間がヒュッと縮み上がるようなこのどうしようもないクソゲーは、しかしあまりにも意外な形であっさりと決着がついたのである。




「あっ、自分降参します」




 俺の目の前に現れた彼は、いつものヘラヘラ顔であっさりとゲームを降りたのである。



 あまりにも呆気ない幕切れ。



 当然俺は「一体どういうつもりだ」と抗議を入れたさ。




 降参機能は、負けそうになったプレイヤーが死体蹴り(勝者によって不必要になぶられる行為)を受けないで済むようにと、組み込んだルールである。



 それを明らかに有利な側が行使するのはちょっと違うというか……いや、そういう抜け道を見抜けなかった俺の責任といえばそうなんだが。




「いや、俺兄貴の舎弟なんで、その辺の上下関係きっちりしたいタイプなんで」

「この場合は、おべっか使わずに全力でやり合うのが良い舎弟なんじゃないか?」

「どうっすかねぇ」



 屈託のない笑顔を浮かべながら虚が言う。




「確かに兄貴自身が、経験値積みてーってバイブスだったらオレも全力で協力してたと思うんっすけど、この会の目的ってそうじゃないっしょ?」



 両人差し指を俺に向けながら「うぇい」と意味もなくはしゃぐ馬鹿。



 だけど彼の指摘は確かに最もで




「兄貴は今、一人の女の子と対話タイマンしたいと考えてる。しかもコンディションはオレが手伝うまでも絶好調あげあげだ。だったらここは余計な敗北ケチがつく前に、あるいは下手に脳を疲れさせずにあの子の元へ送り届けるのが、最善ハッピッピでしょ」

「……その女の子、さっきお前に心臓貫かれてたけど?」

「アレは良いんっすよ。オレ彼女の舎弟じゃねーし。後個人的に最近のには苛ついてたんで」



 変な奴。

 いつもはアレだけ女の子女の子言ってるくせに。




「とはいえ、俺もあの子には立ち直って欲しいっすから」



 そうして虚は最後に勢いよく頭を下げ




「兄貴、ナラカっちを頼みます。あの子の抱えてるもん全部受け止めて、そんでもって、思いっきりぶっちぎっちゃって下せぇ」



 ぶっちぎるって具体的に何をすればいいの────なんて野暮な事は聞かなかった。


 こういうのはニュアンスだ。深く考えるべきじゃない。



 それに一番大事な部分はちゃんと伝わったからな。



 火荊のことを全力で何とかする、それが今の俺のやるべき事で、やりたい事でもある。



 だから


「オーケー。お前の気持ちはしっかりとこの胸に刻みつけたぜ、虚。安心しろ、火荊の奴は俺がきっちり責任をもって“ぶっちぎって”やる」


 

 だから俺も色んな想いを込めて、そのニュアンスに満ちた言葉を返したのだ。





―――――――――――――――――――――――



・烏合の王冠(Tier表)




Tier1 遥さん、黒騎士(フルスペック時)、ハーロット


Tier2  ゴリラ、ナラカ様、虚


Tier2.5  ユピテル


Tier3 会津、花音



※1 ステージはプレーン、初期配置がランダムだった場合の勝敗を基準とした格付けです。同格同士の並びは作中に出てきた順です。


※2 基本的に上のTierキャラは下のTierキャラに負けません。


※3 チビちゃんのみ例外で、初期配置次第でTier2以下のキャラクター全員に勝ちもしますし負けもします。


※4 邪神はTier0 我らの聖女は野蛮な戦闘などするはずもないのでTierEXです。


※5 常闇決戦時の旦那の評価はTier1.5です。流石に今の遥さんやハーロットには敵いませんが、それでも他の連中にはなんだかんだで勝ちます。銀河剣と<虚飾之王>のインチキっぷりよ。










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