第九十四話 プロローグ4 アルビオン・イン・ザ・ダーク~特に何事もなく過ぎ去る平和な夜







◆◆◆ダンジョン都市桜花・雑木林





“狩リダ、狩リダ”



 月明かりを獣が駆ける。



“殺セ、殺セ”



 人の皮を被った化生の群れだ。



“使命ノ為ニ、大義ノ下ニ”



 夜闇よりもなお黒い正義に酔いしれながら、木々を飛び、風のように走りながら、目的の場所へと向かう殺戮者達。




(やれやれ、本当に獣だな)



 そんな彼等の姿を少しばかり後方から追いかけながら、指揮官の男は嘆息した。



 男の名は、時亀とき

 『組織』の過激派に所属するネームド持ちの構成員である。


 彼はその特異な能力から、今回のような強奪作戦の指揮を任される事が多かった。


 “不朽しなず時亀とき

 


 たとえどれだけ絶望的な戦場でも、あるいはいかなるアクシデントが起ころうとも、必ず五体満足で帰還する彼の不死性在り方を端的に指し示した渾名だ。



 冴えない中年男がたまわるには、あまりにも大それた二つ名。



 だが、彼はこの渾名があまり好きではなかった。




 不死身の指揮官。

 それがどれほど有用で、だからこそ重宝されるべき存在なのかという点については時亀とき自身も、よく分かっている。




 分かっているが、しかし……。



(いくら俺が“向いてる”からって、獣どものお世話を押しつけるんじゃねぇよ、ったくよぉ)



 それとこれとは別の話なのだ。



 出きるからといって、やりたいわけじゃない。



 破壊と殺戮の事で頭がいっぱいな獣共のお守りなど、本当は死んだってゴメンだった。



(あぁ、かったるい。早いとこ獲るもん獲って、上がりたいもんだ)



 そう心の中でごちながら、獣達の指揮官は、夜を駆ける。



 ――――上がる? どこへ?



 向かう先はいつだって闇の中で、彼らのように狂う事すらできない自分が、どこへ行くというのだ。



(答えなんてないさ。だけどいい加減、うんざりなんだよ)



 行き場のないフラストレーションを心の中で吐き出しながら、男は進む。



 目的先の家屋を視界に捉えたのは、それから数分後の事だった。







◆ダンジョン都市桜花・古錆びた社




 その神社を中継地に選んだのは、そこが対象と縁のある施設だったからだ。



 調査によると、この建物は対象の一家が管理しているらしく、長男が足しげく通っている様子が幾度となく目撃されている。



 隠し物、あるいは彼ら自身が隠れる為の場所――――いずれにせよ、ここを押さえておけば、彼等の選択肢を一つ潰す事ができる。



 そして何よりも、この場所からは、対象の家屋が良く見える。



(……生体反応は四人。内“精霊使い”と目される対象は二人。――――情報通り特記戦力は二人共出払っているようだな)




 この作戦を決行するに辺り、上層部が要警戒対象と判断した人物が二人いる。



 一人は伝説の傭兵と名高きやり手の冒険者、そしてもう一人はダンジョンから特別な祝福を受けた少女。



 この二人の評価は大災害級SSS



 単騎で複数の幹部クラスを同時にほふり、最大幹部クラスにすら匹敵すると判断された化物達である。



(そんな相手と馬鹿正直に戦っても、損するだけだもんねぇ)




 いかに『組織』といえども、戦う相手は選ぶ。


 勝つべくして勝ち、負けの色が濃い相手とはそもそも戦わない。


 彼らにとっての最優先事項は過程ではなく、結果なのだ。


 少なくとも指揮を執る人間は、その辺りの優先順位プライオリティを吐き違えてはならない。


 それが分からない奴らは、いつまで立っても人間未満の畜生で、使い勝手の良い鉄砲玉として扱われるのだ。



 丁度、目の前の彼らのように。



「よし、段取りを確認するぞお前ら。現在対象の敷地内にいるのは四人。内二人は一般人だから、実質敵は二人に絞られる。その二人のスペックについてだが」

「隊長、早く殺そうよ」

「オレ、こどものにくほしい」

「拷問する拷問する拷問する拷問する拷問する拷問する拷問する拷問する」




 この始末だ。

 どいつもこいつも薬といきすぎた洗脳教育マインドコントロールのせいで、ロクに考える事もできやしない。

 一々コミュニケーションを取るのも億劫おっくうな程に、壊れていて乱れていて終わっていてそれ故に



(……頼もしい畜生共ワンちゃん達だ)



 それ故に、強い。


 人間としての倫理観ブレーキが、生物としての抑制リミッターが外れた怪物達。



 その数、約三十。



 ただの一世帯、それも未成年ばかりの家屋にけしかけるには、あまりにも過剰な戦力だ。



(……それだけ上は、奴さん達を警戒してるんだろうね)



 調査部隊が寄越してきた彼等のプロフィールは、全てにおいて異常だった。



 特に酷かったのが、リーダーの男だ。



 冒険者試験での突然変異体討伐に始まり、初探索での最深記録達成、非公式戦ながらあのジェームズ・シラードに勝利を収め、大手クラン主催のバトルロイヤルマッチでは前代未聞の完全殺戮ジェノサイドを実現した。



 そして極めつけは




(エビルドラゴンスレイヤーとか、もう本当にもう盛りすぎでしょ)




 彼の率いるパーティーは、恐るべき事に龍種の初見討伐を果たしている。


 誰一人欠けることなく、この世界で最も強大な生物を事前情報も全くないままに討ち滅ぼしたという異常性。



 最大戦力が出払っているとはいえ、とても油断できる相手ではない。




(つっても別にやることは変わらないんだが)



 いくら相手が強大であろうとも、寝込みを襲われれば、どうしようもない。



 加えて、今日集められた鉄砲玉達は、誰も彼もが超一級の不認識ステルススキルを会得した暗殺特化型アサシネイトである。



 たとえ高い感知能力を持つ砲撃手が配備されていようとも、意識的に注意を向けなければ気づくことすらままならないだろう。



 よしんば、砲撃手に気づかれこちらの戦線を崩されたとしても、何、問題ない。



「まぁ、いいや。とりあえず一発目は適当にやっていこうか。死んでこいお前ら。好き勝手暴れて、好き勝手散りなさい」



 歓声と共に、化生き達の霊力が猛々しく膨れ上がる。


 

 破壊への歓喜。

 殺戮への渇望。

 蹂躙への恋慕。



 それらが最高潮に達し、今まさに悪辣な侵略者達が進軍を開始しようとした矢先。





「へっ?」




 その理不尽は、舞い降りた。




 一瞬、時亀は何が起こったのか分からなかった。



 錯覚? それとも彼等は既に飛び立って――――



(いや、違う。あいつらは、まだ発ってはいなかった)



 だが、彼等は実際問題消えている。



 《思念共有》は働かず、識別マーカーも機能していない。



 忽然と。

 何の前触れもなく、殺戮者達はどこかに消えてしまったのだ。



 手段も経緯もまるで分からない。

 先程までそこにあったはずの景色が、時間経過を無視してというあり得べからざる事象。



(何だ? 一体何が起こっている?)



 懐から製造奴隷クリエイター産の軍事用ナイフを取り出し、周囲の様子を探る。



 何もない。あったはずのモノ達が消え失せたせいで、むしろより静かになった程だ。



 味方の消えた敵地。

 そう、最早ここは敵地だ。

 それがどういう原理で働いているものなのかは、皆目検討がつかないが、自分達は敵からの攻撃を受け、そして気づく間もない内に、自分だけが取り残された。



(……どうする? 今やるか?)



 時亀は、自身の精霊を使うべきかどうか思い悩んだ。



 手足となる化物達が全滅(確証はないが、おそらく生きてはいないだろうと、時亀は直感的に悟った)した以上、今回の作戦は失敗だ。



 最早、時亀が生きている意味はない。



 厄介な事になる前に、さっさと死んで……




(いや、駄目だ。情報が少なす過ぎる。敵の正体も分からないまま、やり直しても結果は同じ。犬死にじゃあ、意味がないでしょうよ)



 せめてもう少し、と思い直し男は進む。


 足取りは重く、両腕の痙攣けいれんが止まらない。


 少しでも気を緩めれば、覚悟の糸が途切れてしまいそうだ。

 

 それでも男は進み続ける。



(最悪、殺されても構わない。敵の、敵の姿さえ掴めれば……)



 一歩、また一歩。


 全身が汗で満たされていく。

 嫌な汗だ。まるで身体が泣いているかのよう。




(何ビビってやがる、俺は不朽しなずの時亀様だぞ。へへっ、あれだけ忌み嫌ってた名前が、今は頼もしくってしょうがねぇや)



 一歩、更に一歩。


 疎んじていた己の在り方にすがらずにはいられない程に、男は追い詰められていた。



(あぁ、いっそあいつらのように狂えたら楽なんだろうなぁ)



 一歩、そして更にもう一歩。


 

 ……そう思いながらも、自分は決して壊れ事を男は良く知っていた。



 だから、己はこの恐怖を素面のまま乗り越えなければならなくて、その事がまた男を深い絶望の海に叩き落とす。



 あぁ、死にたい。

 けれどもまだ死ねない。



 一歩、一歩、一歩、一歩。




 死の衝動と組織への忠誠心の混濁に吐き気を覚えながらも男は進む。



 そして。



「おい、マジかよ」



 そして、ソレは突然現れた。


 前触れはなく、何もなかった夜闇に浮かび上がる穢れなき白。



 距離にしておよそ二十メートル。



 だが、そんなものが何になるというのか。


 音もなく、気配もなく、霊力すら感じさせずに組織謹製きんせいの怪物達を消し去った存在相手に、二十メートル程度の距離などあまりにも儚い。



 逃げたい。今すぐにでも逃げ出して何もかもを放り投げて、敵も組織みかたいない場所で静かに暮らす事ができればどんなに楽だろう。



(馬鹿がっ、そんな妄想、叶うはずないだろうっ!)



 この敵が、何より組織が見逃してくれるはずがない。


 時亀が逃げるという選択肢を取った瞬間に、彼の味方は全て敵になる。


 そしてそうなれば全てがお終いだ。


 永遠と殺され続ける地獄になど、誰が好き好んで陥るものか。



「ふーっ、ふーっ、ふーっ」



 全身の神経を集中させて、いつでもナイフを使う覚悟を決める。



(まだだ、まだだ、まだいける)


 滝のように流れる汗を拭く事すらせず、時亀は必死になって目の前の地獄を網膜に焼きつけた。



(さぁ、動け。俺を殺してみろ。そうすれば)




 そうして彼が続く言葉を脳内の言語野で生成しかけた矢先――――




「…………」



 

 敵が動いた。

 全身を真白のフードで覆ったその来訪者の右腕が、ゆっくりと時亀の方へと照準を定める。




(……まずいっ!)




 瞬間、男はそこが限界だと悟り、目にも止まらぬ早業で己の首をかっさばいた。



 飛び散る鮮血。

 駆け抜ける激痛。


 だが、こんなものは一瞬だ。

 すぐに終わるものだと知っている。





(……ほぅら、何も考えられなくなってきた)



 薄れゆく視界と意識に安堵感すら覚えながら、時亀は己の勝利を確信した。







◆???






「――――っ!? っ! はぁっ、はぁっ、はぁっ」




 目が醒めた瞬間、時亀は真っ先に己の首を触った。


 汗に濡れ、熱を帯びた肉の繋ぎ。


 だが、そこには傷もなければ、縫合後もなく、当たり前のように普通である。



「良かった。ちゃんと死ねた」



 そしてその事実に気づいた瞬間、ようやく男は安堵した。



 時亀の契約精霊『レトログラード』の持つ特殊能力『死生逆転イソガバナクナレ』は、術者の死を代償として時間を巻き戻す事ができる。



 戻せる時間は三時間前、持ち出せる記憶も限定されており、意識して使わなければ無駄打ちとなってしまうというリスクも存在するが、それでも時間遡行という能力は言うまでもなく強力だ。



 どんな失敗も、あらゆる敗北も、三時間という区切りの中であれば何度でもやり直す事ができる。



 だから負けない。

 故に死なない。



 全ての死と敗北を糧にたった一つの勝利を見つけ出すまで何度でもやり直せる能力。



 前線を指揮する者にしてみれば、これ以上優秀な能力も他にない。



 ……とはいえ。




(打開策が見つからなきゃどうしようもないよなぁ)



 白地のシーツの上にもたれかかりながら、相手の情報を取りまとめる。



(気配もなく、霊力も視えず、おまけにやろうと思えば、認識すらさせずにウチの畜生共ワンちゃん達を葬り去れる相手……ったく、笑えるぜ。全くもって隙がない)



 枕に頭を埋めながら、状況の深刻さに絶望する。


 これはもしかしたら三桁コースかもなぁ、と心からの苦笑を漏らしながら――――




「んっ?」



 気づく。



 白地のシーツに質の良いピロー。


 何かがおかしい。



 こんな落ち着ける場所で寝ていた記憶などない。


 三時間前の自分は桜花の貸倉庫で部下達と共にブリーフィングを開いていたはず。



 身体を起こす。


 ラタン風のテーブルに、金細工を施したソファ。

 木目のテーブルの上には大きめの液晶テレビが置かれており、白塗りの壁には暖色系のクローゼットと、印象に残らなさそうな絵画、そして




「…………」

 


 そして、木製のロッキングチェアに座る女が一人。


 白く、そして美しい少女だ。


 まるで人智を超越したかのような絶対的な美の化身が、優麗な手つきで太ももに寝そべる黒ネコを撫でている。



「グラードッ!」

「この子はね」



 女は言う。



「この子はね、昔からこうなんですよ。のんびり屋さんで、人好きで、ちょっと優しくするとすぐに懐いてしまう」



 まるで知己の相手であるかのように時亀の契約精霊について語る白い少女。




「お前は、一体、そもそもどうやって、いやそれよりもまずここは、いや……いつ」

「落ち着きなさいな元時間渡航者クロノダイバー



 その少女の視線が、こちらを向いた。



 瞬間、時亀は悟る。



「俺達を襲ったのはお前だな」

「襲撃者というよりは、撃退者と定義するのが正しいかと。そうでしょう、“不朽の時亀”さん?」

「…………」

「あぁ、黙る必要はありません。既に貴方の記憶じかんは閲覧済みです。揺り籠にいた頃から、今日に至るまで貴方がどのように育ち、どのように落ちぶれていったのか私は全て知っています」




 にわかには信じられなかった。


 だが、それを言うのであれば今ここに至る全ての状況が信じられない。


 なにもかもが、あまりにも異常。


 まるで醒めない悪夢でも見ているかのようだ。




「いいえ、現実――――ふむ、少し違いますね。これからは夢が貴方の現実となるのですから、やはりここは夢の中なのかもしれません」




 ワケの分からない事を言う少女。


 だが、その言葉の一つ一つが底知れず……



「俺は、どうなっちまったんだ?」



 そんな言葉が漏れだした。



 敵に聞くにはあまりにも弱腰な台詞。


 こんな姿が上役にバレたら――――いや、今の状況そのものが既に最悪だ。


 部隊を全滅させ、情報を全て抜き取られた無能な指揮官が、果たしてどんな末路を辿るのか。


 あぁ、考えたくもない。



「端的に申し上げますと、貴方は私の時間モノになったのです。『神罰』のようなものと捉えて下さっても構いません」

「…………」

「ふむ」



 一拍置いて、どうやら己の言葉足らずを自覚したのか、少女は更なる追加情報をつけ足した。



「知らなかったとはいえ、時の超神アルテマの前で時間遡行を犯そうとしたのですから、まぁ、さもありなんという奴ですね」



 しかし、それでもまだ難解である。

 並べられた言葉の半分も分からない。


(……いや、待てよ)



 だが、引っかかる――――というよりも、聞き覚えのある――――ワードが一つだけあった。





「今、超神アルテマと言ったか?」

「えぇ、そうです。貴方達組織の探す欠片達の完成体、その同胞はらからのようなものとお考えください」



 肯定と共に告げられたその言葉は、あろうことか組織の最終目標だった。




「……はっ、ははっ」



 何故だか変な笑いがこみ上げてくる。



 あまりにも壮大で、馬鹿馬鹿しくて、そして絶望的だ。



(……あのお方と同格の存在。そんな奴を相手に、俺達は襲撃をかけようとしていたのか)



 瞬間、時亀の記憶領域が、彼女の名前を思い出す。



 清水アルビオン。



 清水家の養子で、特殊な回復能力を持つ異国の少女。



 あぁ、しかし、それは嘘だ。



 嘘だったのだ。


 

 目の前の彼女は、人間ではない。


 そして少なくとも、自分達が相手取れる次元の存在でもない。


 そんな存在の虎の尾を、自分達は踏んでしまったのだ。



「違いますよ、亀梨小太郎さん。貴方達はね、我々の餌にまんまと引っ掛かったのです」



 さらりと、かつて彼だった者の名前を告げる白髪の少女。


 しかしその驚愕を時亀が受容するよりも早く、さらなる爆弾が投下される。



「貴方達の行動パターンはね、全て我が主の手によって解析されていたんですよ」



 そしてその言葉を証明するかのように、少女は組織の規格手順プロトコルそらんじ始めた。



「ダンジョンから“欠片”が排出された場合、まず貴方達はそれを高額換金アイテムとして買い取ろうとします。表向きは一部のマニアを唸らせる芸術品として、しかし実際は超神を復活させる為のアイテムとして。買い手も売り手も得をするウィンウィンな商売です」

 


 そう。


 潜入や強襲をしかける前の前段階として、組織は冒険者組合を通じた買い取り交渉を行う。


 天啓でも特殊な効果を持ったアイテムでもないガラクタを、目も眩むような大金と交換できるのだ。


 多くの冒険者は喜んで応じるし、組織も余計な人材を使わなくて済む。


 ある意味最も健全で、真っ当な方法だ。


 しかし



「もしも冒険者側がそれに応じなかった場合、次に貴方達は“穏健派”の構成員を派遣します。そして彼らの手管てくだをもってしても回収が不可能と判断された場合ケースにおいてのみ、本来別働隊である過激派の派遣が検討される――――そうですよね?」

「…………」

「だから無駄なんですよ、亀梨さん。貴方が幾ら口を紡ぎ心を閉ざそうが、私には貴方の全てが分かるのです。今もほら、ちゃんと心の中で動揺してらっしゃる。“こいつ、本当に俺の心が読めるのか?”――――えぇ、読めますとも、ホラご覧の通り」



 ペラペラと時亀の心の内を読み解く白髪の少女。



 しかし時亀は、それでも沈黙を貫き続けた。


 たとえ彼女の言う通りであったとしても、だからといって口を割れば、組織――特に彼の所属する過激派の連中――が何をしでかすか分からない。



(……大事なのは最後まで裏切らなかったという事実だ。俺はこいつに心を許さない。口も割らない。抗い続ける)



 それだけが今の己に許された抵抗なのだと、時亀は必死になって自分に言い聞かせる。

 無論、その抵抗すらも読まれていると自覚した上で。



「――――忠義、いえ。貴方の場合は恐怖心ですか。全く、人間というのはつくづく愚かですね」




 ため息をつきながら、されど能面のようなポーカーフェイスで時亀の瞳を覗く白髪の少女。



(……なんだ、このプレッシャーは)



 汗が止まらない。身体がどうしようもなく震えてしまう。

 ただ見られているだけのはずなのに、何故だかたまらなく怖い。

 心臓、いや、存在そのものが握りしめられているかのようなえも言えぬ感覚が、男を襲う。



 徐々に、しかし確実に時亀の中の支配順位ヒエラルキーが書き換えられていく。


 死ぬことよりも、殺され続けることよりも、この女に見られることの方が怖い。



「やめ」



 そして、彼の口から降参の弱音ことばが漏れかけたところで



「まぁ、いいです。話を戻しましょう」



 不意に少女のきょうみももに寝そべる黒ネコへと向き、それと同時に彼にかけられていた異様な精神圧プレッシャーも霧散した。



「先に言った通り、本来であれば貴方達過激派の出番ターンはもう少し後のはずでした。しかし、例外がある。もしも欠片を入手した者が、恥知らずにもそれを世間に公表し、あまつさえのたまった場合、どうなるか?     

 当然組織の、特に過激派の連中は面白くないでしょうね。面子を潰されたと思い、すぐにでも報復に出ようとする」



 しかし、組織のルールに従うならば、過激派の参戦は穏健派の後。



 いくら過激派とて、組織のルール、更に言うなればに逆らう事は許されない。



 故に――――




「貴方達は、上の者に伺いを立てる。面子だとか誇りだとか、そういう時代錯誤の精神論ダダをこねくり回して、体の良いガス抜きをさせてもらうわけです。

 本当は暴れられれば何でも良いくせに。お題目がなければやりたい事も出来ないだなんて、まさに組織イナゴ。あの七番目うそつきを信奉するだけの事はありますよ」




 のべつ幕なしに飛び交う罵倒。


 その切れ味もさる事ながら、問題は彼女の語る言葉の内容である。



(……こいつ、何故俺達の事を?)



 時亀自分から情報を抜き取った?

 いや、違う。彼女の襲撃は場当たり的なものではなく、明かに計画的な犯行ものだった。



 それは、つまり――――。



「はい。貴方達の習性、その規模、戦力の割合、ネームドの能力特性、そして支配者の名前と目的まで全てバッチリお見通しです」




 いえぃと場違いな無表情ピースを決める白髪。


 しかしその珍妙な仕草とは裏腹に、述べられた事実はあまりにも重い。




「そしてその対象に一定以上の脅威度が認められた場合、まず派遣されるのは死なない者、あるいはたとえ敗北を遂げても情報を持ち帰る事が叶う者――――つまり、高確率で貴方が来る。とまぁ、そのように我々は踏んでいたわけです」

「…………」



 完璧に読まれている。

 そして読まれた上で捕らえられた。

 時間渡航者クロノダイバーである己が。




「まぁ、誰が来たところで私の足元にも及びませんから、最悪違う過激派イナゴでも良かったのですけれど、やはり私としてはこのタイミングで



 久しぶりに私の可愛い愛猫にも会いたかったですし、と黒ネコの首筋を優しく撫でる白髪の少女。



 その瞬間、時亀は悟ってしまった。



 全ては仕組まれていた事だったのだ。

 理由なんてまったく分からないが、この女は、そしてその裏で糸を引いている主とやらは組織の詳細を完璧に把握し、その上で




(……俺はもう、ここから逃げ出す事はできない)



 殺されるのか、殺され続けるのかは分からないが、この邪神とでも言うべき少女に逆らう事はできないのだと魂の奥底が折れ曲がり、そして屈服した。




「組織は、いや……俺はこれからどうなるんだ」

「貴方が消えたのだと分かれば、彼らも慎重策を取らざるをえないでしょう。しばらくは互いに様子見です。そして」



 少女の視線が、再び時亀を捉えた。



「ひっ」



 反射的に漏れ出る男の悲鳴。



 しかし、今度のからは、威圧的な雰囲気が感じられない。



 本当に見ているだけのようだ。




「貴方に関して言えば、御安心なさい。とって食ったりはしませんよ」




 ――――流石の私も自分の精神世界胃袋の中身を再び食す趣味はございません、と無感情なトーンで告げる白髪の化物。



 そして続く言葉を聞いた時亀は、年甲斐もなく狼狽えた。




「貴方は……そうですね、ひとまずはレトログラードと共にこの部屋で過ごしていて下さい。最早必要ありませんが、食事の真似事やシャワーの使用はご随意ずいいに。そこのタッチパネルを使えば、全部パパッとできます。後は、そうですね。一応の娯楽としてそこのテレビを使う事も許可してあげましょう。とある男の異世界生活模様が二十四時間三百六十五日見放題です」

「な……んだよ、それ」


 


 思っていた以上の高待遇だ。

 仕事に追われる事もなく、組織の報復からも守られて、ずっと愛猫とゴロゴロできる。



(えっ? これって所謂いわゆるところの“上がり”ってやつなのでは)



 絶望から一点、時亀の心に微かな光が灯り始めた。



 実体がどうとか、生死の問題とか、確認したい事は山ほどあるが、それはそれとして己は確かにここにあって、煩わしい責任やどうしようもない恐怖から抜け出せたのだ。



 あぁ、であれば言う事はない。


 今日からここがアジトで、彼女が主だと、男はすんなりと受け入れる事ができた。




「時が来れば、貴方を呼ぶ事があるかもしれません。それまでの間は、どうかごゆるりとお過ごし下さいませ」



 そうして言いたい事を言い終えた新たな主は、黒ネコとかつて時亀と呼ばれた中年男を残して外へと去っていった。




「…………」




 しばしの沈黙。

 嵐が去って気が抜けたのか、男は愛猫をベッドの上に呼び寄せ、うずくまる。



 葛藤は、ちょっと自分でも引くくらいなかった。


 むしろ、この生活を前向きにとらえ始めている自分がいる。



 そうして



「……とりあえず、テレビでも見るかぁ」



 

 そうしてこの日、組織の過激派“不朽の時亀”は、晴れて無職となったのである。







―――――――――――――――――――――――




・邪神による不審者撲滅RTA


①まず、予知で敵の出現場所を割り出します。

②次に清水家全域に【四次元防御(アルビオン版)】をかけます。

③出撃と同時に世界の時を停めます。

④索敵した敵に【始原の終末(アルビオン版)】を掃射します。

⑤アルテマは共通権能、《選択型矛盾貫通》の効果で自身が受け持つ理を好き勝手にカスタマイズできるので、相手は時を停められたまま、時の最果てへと飛んでいき消滅します。

ここで三十人の殺戮者達はこの世から強制ログアウト。

時が再び進み始めた頃には何もかもがなくなっていて、周りからみれば突然消えたかのように映ることでしょう。

⑥神罰の発動条件を満たす為に、あえてここで時間停止を解き、時間渡航者クロノダイバーを追い詰めて時間渡航を誘発させます。

⑦すると神罰が発動し、時間渡航者クロノダイバーはぱっくんちょされました。

⑧そして悪い奴らは誰もいなくなりました。めでたしめでたし。










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