第二十一話 進め少年、駆けろ少女
◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第一層
『常闇』での初戦闘を終えた俺達は、それから特に問題もなく次の階層への転移門へと辿り着いた。
あぁ、戦闘自体は、もちろん何度かあったよ。
だけど、それは彼我の戦力差が開きすぎてたせいで問題にならなかったというか、遥さんが大ハッスルしていたというか……まぁ、その辺は些細な事だ。とにかく俺達は無事に転移門を見つける事が出来たのである。
「とりあえず第一関門突破だな」
正確にはまだ門を突破はしていないのだけれど、ここまで来ればもうクリアも同然だし、祝ってもいいだろう。
目の前にそびえる紫渦の門を背景に遥と軽いハイタッチを交わす。
イエイ、一層突破おめでとう。
「結構いいペースなんじゃない?」
「だな」
腕に巻いたアナログ式時計に目を置き、針の進み具合を観察する。午前十時五十六分。滞在時間は一時間と少しって所か。うん、上々のタイムだ。
「あれ、腕時計? 凶一郎、スマホ持ってるよね?」
「ここ電波通じないからなぁ。それに貴重品入れたまんま“切った張った”するのはリスキーだろ」
「おおっ、なるほどー」
その発想はなかったと胸ポケットからスマホを取り出し、いそいそと自分のアウトドアリュックにしまう遥さん。
あのスマホ、遥が飛んだり跳ねたりバク宙したりしてる間も、ずっと胸ポケットに押し込まれていたのか。可哀想なのか羨ましいのか判断に悩むところだな。
「……いやらしい事考えてる顔してる」
「まさか。俺はいつだって冒険一筋ですよ。んな事より、次行こうぜ。ここは他の冒険者達も使うんだから、あまりウダウダやってると迷惑がかかる」
冷静さを装いながらも、内心は動悸でバクバクである。
やべぇよ。とうとう遥にまで俺の《
「凶さんに仮面は似合わない気がするにゃー」
「マジでどうなってんだよ俺の顔!?」
最早特殊能力じゃねーか! 使い道ないけど!
◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第二層
その後も俺達の冒険は順調に進んでいった。
第二層は深紫の荒野に加えて、凹凸の激しい傾斜道が高速道路のように入り組んでいたが、日々鍛えてきた俺らにとっては何のその。
ピクニック程気楽にとは言わないけれど、適当に雑談したり、出てくる敵精霊(基本的にはリザードマン、時々ゴブリンを肩に乗せた
踏破タイムは約一時間と四十分。
地図があればもっと早く辿りつけたのだろうが、生憎この世界のダンジョンは『二十四時間毎に全マップ強制変更』という不思議な仕様があるので、役に立たない。
「いやいや、それが良いんだって!」
しかしどうやら遥は違うらしい。
「地図にない道をいつだって歩けるんだよ? 何気ない一歩が開拓の足跡になるんだよ? これってねぇ、最高にワクワク出来ると思わない?」
最高の恒星スマイルでそんなことを言う遥さん。
真っ直ぐで、どこまでも純粋な冒険バカ。本当に天職ってものはあるんだな、と今の彼女を見ていると強く思う。
スマホもGPSも通じない狭間の世界での未踏の一歩。うん、そうだな。確かにそう考えると少しドキドキする。
地図のない道というのも中々どうして良いじゃないか。
◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第三層
三層に入ると、一気に出現する敵精霊の種類が増えた。
中でも『チョン・チョン』という精霊がヤバかった。何がヤバいってそのインパクトよ。
チョンチョンには首しかない。逆デュラハンとでも呼ぶべきなのだろうか、コイツの全身は首だけなのだ。
つるつるの禿頭、裂けた口、ギョロリと光る丸い
チョンチョンの耳は非常にデカい。どれだけデカいかというと、奴らの
そう、チョンチョンは飛ぶ。首だけの身体で耳を使って飛行するのだ。
更におまけに吸血鬼属性まで付与されているんだから、もうたまったもんじゃない。
一体でどれだけ属性積む気なのだろうか、この化物は。
「おおー! これがきもカワって奴か!」
そんな
陸に上がった魚、翼をもがれた鳥という慣用句があるように、耳をもがれてしまったチョンチョンは、何も出来なくなってしまう。
そこを俺がエッケザックスでぐしゃりと潰すと、とても簡単にキルが取れた。
無抵抗の生首を潰すなんて非常に損な役回りだが、遥が「きもカワッ子は斬りたくないので、トドメは凶さんに任せまっっす」と押しつけてきたので泣く泣くである。
「ちょえちょえあぎょぶりばっ!」
汚い断末魔を残して精霊界に帰っていく生首さん。
この純度百パーセントのキモンスターのどこにカワイイの要素があるのか
最近の中学生は、こういうのがトレンドなのだろうか。
◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』第四層
第四層は渓谷の様な地形だった。渓谷と言っても川や水辺があるわけではない。
大地と大地の間に深い谷間が偏在しているのだ。
幸い谷間同士を繋ぐ道は用意されているので、移動自体は困らないのだが、やはり平坦な道と比べると過酷である。
昇って、降りて、歩いて、戦って、また昇って……。
重い荷物を抱えたままでのハイスピード行進に、流石にちょっとくたびれてきた俺達は、見晴らしの良い場所にブルーシートを引いて遅めの昼食を取る事にした。
「いただきまーす!」
美味しそうに具のはみ出した鮭おにぎりを頬張る遥さん。幸せそうにご飯を食べる人っていいよな…………って早!? まるで漫画やアニメに出てくる大食いキャラの食事みたいな勢いでおにぎり平らげちゃったよこの人。
「自慢じゃないけど、あたし滅茶苦茶食べるの早いし、沢山食べるよ。
キラリン、と瞳を輝かせながらイキリ出す恒星系剣士。
うん、そうかい。お前も大食いキャラなのね。てか、蒼い流星ってなんだよ。三倍速いとかそういう感じなのか。
「でも早食いチャレンジだと大抵あたしがトップなんだけど、耐久とか大食いだと上がいてねー。特に
「いや、なんでもない。……なんにも知らない」
きっと他人のそら似という奴だろう。俺には全くもって微塵も連想のしようもない赤の他人の名前を聞いたところでなんの感情も浮かんでこないけど、とりあえずFUMIKAさんに『ベルゼブル』なんてふざけたあだ名をつけた連中は見つけ次第シバき倒してやる。
さて、そんなFUMI……じゃなかった、姉さんが作ってくれたお弁当は愛情のたっぷりこもった特大五重弁当だった。
やはりFUMI……じゃねぇや、姉さんは偉大だ。俺は心の中で五体投地をしながら、最高の昼食を頂いた。
◆
昼食を終えた俺達は、再び重い荷物を背負って渓谷を渡った。
戦闘と探索を繰り返し、あっちでもこっちでもないと果てなき道を歩く事約二時間、ようやく俺達の前に転移門が見えた時はホッと一息ついたもんだ。
時刻は午後四時五十二分――――もうすぐ五時だ。成る程、どうりで空の赤みが増しているわけだ。
「さて、遥さんや。この先に待っているのはなにかね」
「はいっ隊長! 五の倍数階層には中ボスがおります!」
遥隊員の快活な解答に、「うむ」、と頷いて正解を伝える。
そう。眼前にある巨大な紫渦の門を抜けた先には、中ボスが待っているのだ。
中ボスと聞くと、どこぞのヒャッハー野郎のせいで残念なイメージがつきまとうかもしれないが安心してくれ。ここの(というか大概の)中ボス
「一応、開幕の奇襲にも対応できるように戦闘準備。言うまでもないと思うが、中ボスは、道中の雑魚とは比べ物にならない強敵だ。気を引き締めていこうぜ」
「りょーかいっ」
互いの得物を抜き出し、臨戦態勢を整える。
覚悟の方は――――聞くまでもないな、この顔は。今日一ワクワクしてやがる。
「いくぜ、遥。これが一日目のクライマックスバトルだ」
「うん! 楽しんでいこうね、凶一郎」
あぁ、と首を縦に振りながら並んで門を
鬼が出るか、蛇が出るか。事前の調べ通りならば恐らくは……。
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