第7話:合戦の総大将平知盛



 海中での下級霊掃討で、そこいら中にあった邪悪な気はすっかりなくなり、シンとした静かで無の世界が広がっていた。心なしか泳ぎ回る魚たちが生き生きと、増えたような気さえした。


 

「じゃあ、今のうちに回復するぞ」


「まだ、全然余裕じゃぞ」


「綺麗に練れる、今のうちの方が助かるんだよ。それに、出し惜しみはナシだろ」


「うむ、わかった。頼むぞ」


「サルメちゃんもするから、ちょっとこっちに来てくれ」


「ボクはいらないよぉー。あと親玉一つ分でしょー? 大丈夫だよぉー」


「でも、三分の二ぐらい使ったろ。半分ぐらいまでは戻しておくよ。何があるかわからないしな」


「ふーん。ちゃんとそこはわかるんだねー。うん、じゃあ、頼むぅー」



 僕は目を瞑り、集中して気を集め、練り上げる。綺麗なものを渡して、最後の戦いもすっきり終わらせるんだ。

 練り上げた気を、ロクに一回分、シャルはほんの少し、サルメに半回分を、それぞれ渡す。ロクもシャルも全回復する。サルメは僕の回復を初めて受けて、すこし驚いた表情をしていた。まだ、残り五回分はある。これならたぶんいけるハズだ!



言仁ときひとくん、大丈夫かい?」


「はい。もう、出ても大丈夫ですか?」



 安徳天皇が、例のごとくホログラムのようにゆらりと姿を現す。サルメはそれを見て嬉々としていた。



「ぐはぁー。てんのー、出てきたよぉー」



 こら! とロクが叱っていたが、サルメは悪びれるどころか、さわろうとさえしていた。



「皆さん、本当にありがとうございます。ああ、周辺もずいぶんと綺麗になりましたね。感謝の限りです」


「残り一体でよいのじゃな」


「はい、そうです。ですが、平知盛たいらのとももりは本当に強い怨嗟えんさを持っています。これが、どういうことをしでかすのか? わたくしには皆目見当がつきません。くれぐれもお気を付けください」


「うむ、わかった。任せておけ」



 平知盛は相当強いのだろう。封印している自らが危険だというのだから、これはさすがに用心した方がいいかもしれない。弓武士ですら、僕らはかなりのエネルギーを使ってしまったのだから……。



「あのさあ。ラスボス出してもらったら、安徳天皇はすぐに魂送してもらった方がいいんじゃないか?」


「うむ。……。なぜそう思う」


「下級霊とは言えないぐらい強いかもしれないんだろ? だったら僕らも含めて、取り込まれないように用心しなきゃいけなくないかな、と」


「ふむぅ。そうじゃな。では、親玉が出てきたら、サルメ、安徳天皇を魂送させてやってくれ」


「うーん、それはできそーにないなー」


「えっ? なんでできないんだ?」



 僕は、誰よりも早く、そう聞いた。




     ※     ※     ※




 サルメに言わせると安徳天皇は生霊(いきりょう)らしい。人間が生きたままの状態で、魂だけを自由に動かす、つまりは僕ができなかった幽体離脱の状態だ。幽体離脱であれば、肉体があるからそこに戻ることはできる。けれど、安徳天皇の肉体はもはやない。行き場を失った魂なのだ。


 肉体が滅びた後、つまり死後に霊魂となった死霊しりょうは、昇華をすればその存在を失い、魂送をすれば霊界へ行く。昇華や魂送できなかった死霊は、下級霊として下界で悪さをする。しかし生霊いきりょうは、本来戻るべき場所がある霊魂なので、昇華することも魂送することもできず、霊界にはもちろん行くことはできない。なので、安徳天皇のように戻るべき場所を失った生霊は、下界で永遠に彷徨い続けるしかないそうだ。ここへきてとんだ難題である。



「そうですか。わたくしは……、霊界へ向かうことも許されないのですね」



 安徳天皇はひどく落ち込んでいた。



「サルメちゃん、なんかいいアイデアないの?」


「うーん、ボクもわかんなーい。ていうかー、この子には、そっちの形代に入ってもらうー、とかじゃなかったっけぇー?」


「うん。でも霊界に行きたいって言うからな、魂送してあげることにしてたんだよ。まさか、魂送そのものができないなんて、考えもしなかったからな」


「ふーん。ティルさまなら知ってるかなぁー? いい方法ぅー」


「あのぅ、ひとまず、風呂敷で霊殿に送って、匿(かくま)ってあげてはいかがでしょう?」


「やむを得んな。よかろう、責任はワシが持つ。そのようにしようぞ。サルメ、これで包んで送ってくれ」


「うん、わかったー!」




 念のためシャルに防御網を張ってもらい、そこで風呂敷大を広げる。安徳天皇には形代・天叢雲剣から出てもらい、残す最後の封印霊、平知盛を排出してもらうだけとなった。

 形代・天叢雲剣はようやく空になった。形代・天叢雲剣も、風呂敷に入れて先に霊殿へ届けることもできたのだが、僕の回復エネルギーを飛ばせたことから、戦いに使える要素も強かったのでそのまま使うことになった。


 ひとまずは、準備万端。みな全員がそれぞれに、それぞれの緊張を抱えながら、戦いの合図を待った。



「では、最後の一体です。よろしくお願いします」



 安徳天皇は大きく息を吸い込むと、唇を細め、頬を膨らませて、勢いよく吐き出す。黒いもやはぐるぐると渦を巻き、どんどん大きくなる。その状況を横目に見やりながら、僕とサルメは安徳天皇を素早く包み込む。



「みなさん、ありがとうございます。タ、カさん? ……、あなたには特に感謝をしています。これをお持ちください。何かの役に立つかもしれません」



 安徳天皇はそう言うと、自分の胸の辺りから緑色をした光の玉を取り出し、僕の胸に押し込んだ。光の玉は僕の胸に吸収されて、後には何も残らなかった。僕自身も、体に何か変化を感じたわけでもなく、ちょっとした加護なのだろうと思いそのまま作業を続けた。

 風呂敷を縛り、サルメが風呂敷に封印処理をして、簡単には解けないようにすると、それを天に向けて軽く投げ上げた。高さが五メートルほどだろうか、上がるとそれはフッと姿を消した。転送完了である。


 黒い靄の方はまだ形を作りきれておらず、安徳天皇が取り込まれてしまう事態は回避できた。あとは、このラスボスを退治するのみだ!



「ロク。形代・天叢雲剣を使ってみるか?」


「そうじゃな。じゃが、今はやめておこう。何ができるかわからんし、下手な使い方をして、霊圧エネルギーのムダ遣いをしてしまわんとも限らんからのぅ」


「確かにそれは言えてるな。じゃあ、僕が預かっておく。回復エネルギーを飛ばしてほしいときは言ってくれ。シャルもな」



 黒い靄は、まだ成長している。どこまでいくというのか、このままではあの霊蛇と同等のサイズか、それ以上になりそうだ。しかも、動物霊ではなくでだ。


 これは以前ロクが言っていたのだけれど、下級霊の大きさは、たいていその霊力に比例している。霊殿にいる上級霊たちは、その霊力をコントロールすることで圧縮をし、姿かたちを自由に変えられる。しかし下級霊は、その術を知らないし、出来ないらしい。

 そして下級の動物霊は、生前も動物であることが多い。動物は捕食を常に本能のままに行うため、霊魂になった後も捕食を行う。要は、ひっきりなしに取り込んでいくのである。そうして霊力が肥大していく。だが、人間霊は、何かしら多くの霊力が必要にならない限りは取り込むことをしない。

 つまり、下級の人間霊でとてつもなく大きい、というのは、いろいろ注意しておかなくてはいけないということだ。


 平知盛は大きな怨嗟があると、封印していた安徳天皇本人が言っていた。その上、これだけの下級霊を取り込み、膨大な霊力を宿しているのだ。



 正体を現した平知盛は、ロクの四倍程度にも達した。身長は七メートル近くありそうだ。とてつもない大きさだ。霊力も、さっきの弓武士の四倍以上はあると考えるべきだろう。甲冑を身にまとい、薙刀を武器として持っている。腰には刀。平安から鎌倉時代に多く見られる武将のスタイルだ。


 姿かたちも、もちろん脅威ではあるのだけれど、それよりもなによりも、とてつもない怨念。これまで見てきた霊の中でも抜きん出た大きさだ。ただ僕には、ロクやシャルのときにあったような戦慄や吐き気がない。なんというか、とてつもなく大きな怨念であることは間違いないのだけれど、それはどこか違う所に向けられている。そんな感じがした。とはいえ、そのことが簡単に倒せる相手ということになりはしない。




「シャル、挟撃で削って参るぞ!」


「わかりました!」


「敵の攻撃に当たるなよ、一発で持っていかれるぞ!」


「承知!」



 先ず、ロクが背後から足を切りつける。切りつけるとすぐに後ろへ飛ぶ。ヒット・アンド・アウェイ。ロクが切りつけた足から、ほんのりと黒い靄が上がるが、大きなダメージを与えているようには見えない。しかし、切りつけられた敵は、後ろを振り返り、ロクを攻撃しようとする。そこにすかさずシャルが、背後から攻撃を仕掛ける。ロクが切りつけた足と同じ個所をあえて狙う。これを繰り返し、足一本、頂こうということだろう。が、次にロクが攻撃を仕掛けようとすると、後ろを振り向いた素振りをしただけで、ロクの攻撃を薙刀で押し返す。


 さすがに賢い。結局、この連携攻撃は一回しかできなかった。



「なあ、サルちゃん」


「メが抜けてるけどー」


「あの切りつけたときに上がった黒い靄は、もしかして取り込んだ霊だったりするか?」


「いやー、タカくんは鋭いねー。でもねー、そういう時は、ボクを立てて質問にしてよねー」


「ああ、すまん。てことは、今の攻撃も、本体はノーダメージってことになるよな」


「無傷だねー」


「本体はどこにあると思う」


「おー! いいねぇー、質問じゃなーい。本体はねー、たぶん全部そぎ落としたら出てくるんじゃなーい?」


「んー、そうじゃなくて。核と言うか、コアと言うか、そういうのだよ」


「ふふふー。タカくんもバカ言うんだねー。核もコアも同じことだよー。それはー、どんな霊かによって変わるんだけどー、人間霊だとー、胃の辺りが多いかなー」


「今のは重言だからな! じゃあ、あいつら二柱が削いだ黒い靄を、サルちゃんが昇華したらどうなる?」


「ふむぅ。それー、やってみようかー!」



 ロクとシャルは、相変わらずスピードを活かした交互挟撃を繰り返し、削りに徹していた。ただ、僕の不安は的中し、削ったときに出る黒い靄は、少しふわりと浮くのだけれど、しばらくするとまた、敵の中に戻っていく。

 つまり、ことになる。だからこそサロメの昇華の力が役に立つかもしれないのだ。


 サルメは、ロクやシャルが削ったときに出た黒い靄を狙って、人差し指から黒いビー玉球体をはじき出す。黒い靄に当たると、先ほどのように少し大きくなって、今度は収縮して消えた。



「あれ、うまくいった、ってことだよな」


「うんうん。これいけるねー」



 ようやく、平知盛の攻略ができそうだ。

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