第3話:一富士二虎三駿河


「さて、冗談はここまでじゃ。

 まず、メインターゲットの追加情報からじゃ」



 僕もロクも真剣な眼差しをする。敵に対して今のところ、僕らは圧倒的不利な立場なのだ。



「まず本体であるが、猫を祖とする虎じゃ」


「虎ですか・・・。僕が知っている範囲では、虎って守護霊とか、むしろ、いい霊の括りなんですけど」


「うむ。初めから虎であったなら、そうであったろうな。今回はあくまでも祖が猫じゃ。下級霊の猫が周辺の弱い霊を喰ろうて、成長して虎にまでなった。つまり精神は下級霊のまま、力は虎と考えてよかろう」


「なるほど、そういうことですか」


「猫ならばお父様と同じなので、弱点などもわかりやすいのですが……やはり虎となると一筋縄ではまいりませんね……」


「そこは、また後ほど考えるとしよう。

 次に活動域であるが、富士山から駿河湾にかけての地下六百キロメートル辺りをうろうろしているようじゃ。ワシも確認のために分身思念体を飛ばしてみたが、確かにその辺りで霊虎の残り香や痕跡があったから間違いないじゃろう」


「六百キロメートル!? 六百メートルじゃなくて、六百キロ!? キロ!?」


「いかにも。キロじゃ」



 僕は絶望で頭を抱える。

 ロクは、それが何か問題でもあるの? という顔をして、



「それが何か問題でもあるのですか?」



 ホントに言いやがった。



「僕も地球の内部に詳しいわけじゃないさ。でもな、お前たちには関係ないかもしれないけど、僕は確実に存在することができない世界なんだよ。ダイアモンドが自然にいっぱい作られるほどの高温、高圧力だよ」


「あら、ダイアモンド。何かはわからないのですけれど、なんだかとても素敵な響きですね」


「そこに行けるなら、少しばかりもらってくるといいさ」



 本当はもっと乗ってやりたかったが、さすがに絶望感でそれどころではない。



「まぁ、つれないお返事ですこと。

 お父様、羽衣の生地で大丈夫な程度ですか?」


「うむ、ワシもそこは気にしておらなんだから、まだ確認したわけではないが、恐らくは大丈夫じゃと思うぞ」


「えっ!? ナニ? はごろも?」


「はい、天女の羽衣です。それの生地ですね」


「おお、そんなものがあるのか! すごいじゃないか!」



 おいおいおい! 羽衣伝説も霊界絡みか!!



「ふふふ。今、史章が纏っているものですよ」


「えっ……。コレ?」



 思わず自分が身に着けているそれを、軽く引っ張って触ってみる。



「はい、そうです」


「じゃあ、これは空を飛べるのか?」


「そのような機能はございません」


「羽衣伝説というのがあってだな、羽衣を纏った天女は空を飛んだという話になっているぞ」


「はあ……。うーんと……。

 天女は羽衣がなくとも下界へ下りたり霊界に戻ったり、空間の狭間は移動できますので、その話は人間の勘違いでしょうね。羽衣を羽織ったのは、恐らく霊界から出るときの防御網に感知されないようにしたのだと思いますよ。きっと、お忍びだったのでしょうね」



 ロクは頬に両手を当てて、嬉々としている。

 ご多分に漏れず、ゴシップ好きらしい。



「ふうん。じゃあ、この雨合羽の本来の機能はどういうものなんだ?」


「時空の歪みに強度を持ちます。防御網は、いろいろな時空の層を重ねたモノなんです。そうですね、いろいろな時空の層をお布団一枚一枚とします。で、それらを圧縮布団袋に入れて、ギュッと掃除機で吸い取ったもの、それが防御網です。うわ、わたし、とてもうまく説明できました」


「確かによくわかったけれど、例えが圧縮布団袋ってのが、どうも残念に思えてならないんだが……。しかもダイアモンドを知らないくせに、圧縮布団袋を知ってるってどういうことだよ!」


「史章のお部屋にありましたもの。圧縮布団袋って書いてありました」


「ああ、そういえばあったな……。まあでもわかった。時空の層を跨ぐだけでもいろんな圧力や温度の変化があるのに、その重ねた層そのものを圧縮してるから、とんでもない圧力と温度の変化に耐性があるってことだな。

 でも、お前たち上級霊は、その防御網をスルー出来る能力があるんだろ?」


「はい♪」


「だったら天女も通れたんじゃないのか?」


「ええ、通れたと思います。ですが、防御網には、通ったものを検知する機能があります。その防御網を張った者には、誰が通り抜けたかがわかるのです。ただ、羽衣に包まれたものは、中のものを完全に覆ってしまいますので、何かが通り抜けた、としかわからないのです。

 なので、天女はきっとお忍びだったのですよ」


「ふーん。じゃあ、この雨合羽は便利グッズではあるけれど、同時に霊界にとってはとても危険なものなんだな」


「いかにも。今おヌシが身につけておるモノと、あと一枚は暗部が潜入調査に使用しておる」


「僕なんかにお貸しいただいて、恐縮です」



 思わずぺこりと頭を下げた。

 しかし、まさか天女の羽衣とは……。

 僕はそろそろ此処を、天国認定してもいいんじゃないかと思う。



「では、地下の高温高圧力に羽衣が耐えうるかどうかは、暗部に確認させておくとしよう。

 それよりも問題は地理的な位置じゃ。富士山から駿河湾……」


「富士山の噴火と南海トラフ地震、もしくはその両方同時……ですか。

 それは人間界でも近年起こるのではないかと危惧されているものです」


「いかにも。さすがに下界でも危機を把握しておるようじゃな」


「あのぅ、富士山は三百年ほど前に、南海トラフ地震は確か百年ぐらいの周期で起こっていますが、これらも霊による仕業なんですか?」


「それらは関係しておらぬぞ。というよりもじゃ、そもそも地殻変動という膨大なエネルギーの動きは、霊体ごときではどうにもできぬ話じゃ」


「じゃあ、今回も……」


「まあ待て、慌てるでない。

 地殻変動そのものを起こせぬのは、今回とて同じじゃ。虎が来ようが、龍が来ようが、狼が来ようが、やはりムリなものはムリじゃ。しかし、その地殻変動を起きやすくすることは可能じゃ。否、正しく申せば、この霊虎に限っては起きやすくさせることができるやもしれぬ、と言うべきじゃな。


 地殻変動が起こるということは、何処かひと所に大きな力が掛かるということじゃ。しかしその大きな力も、小さな力が集まったものじゃ。それぞれ、あちこちに分散している力を、少しずつ流れを変えてやることで、一点に集中させるという塩梅じゃ。もちろんそうであったとしても、わずか一体の下級霊がそれを実行するには膨大な時間を要し、そう簡単にできることではないのじゃが、今回の霊虎は大勢の下級霊を使役しておる。その大勢の下級霊が霊虎の指示通りに、小さな力の流れを変え、ひと所に寄せ集めていくのであれば、地殻変動を起こせる可能性があるということじゃ」


「タイムリミットは、どのくらい……」


「暗部が持ち帰ったデータを基に、情報部に計算させたのじゃが、最短で半年というところじゃ」


「それって……、失礼ですが、それって正確なんですか? なんなら現世にデータを持って行って、日本にあるスーパーコンピューターとか量子コンピューターで再計算させてみた方がいいんじゃないですか?」


「下界のコンピューターなんぞ当てにはならん。霊界には霊子コンピューターがあるでのぅ」


「霊子って……。それはまたずいぶんとかっこよく聞こえるけれど、本当に大丈夫なんですか?」


「バカもの。おヌシの死亡時刻まできっちりはじき出せるわ。希望とあらば、いつでも見せてやるぞい」


「…………遠慮しときます」



 まあ、コンピューターなんて使わなくても、僕の死亡日時はおおよその見当はついているのだけれど…………。



「追加情報は今のところここまでじゃ。

 あとは、ヌシらの攻略計画についてじゃの。先ずは、コンバインが使えぬのを、どうするかじゃが……」



 そうである。まず僕らは初っぱなで躓いているのだ。

 でも、やっぱりコンバインなのかよ……名前…………。



「ロクの案は却下じゃ。念のため計算させたが、完全にエネルギー不足に陥るという結果が出た。

 次にワシがロクに申した憑依案じゃが、これもダメじゃった。実際に先ほどシャルガナに試させてみたのじゃが、ロクと継宮史章との依代契約があるでのぅ、その上からの憑依はやはりロク以上の力を持つものでないとできぬようじゃ」


「まあ、お父様ったら、勝手に……、んもう!」



 なんだ、なんだ?

 んー、んー。ん?

 ははーん。もしかしてこれが喧嘩の原因か……。



 バシンッ!!!!



 痛っ!

 ロクに、リアルに叩かれる……。

 ちょっとほくそ笑んだだけなんだけれど……。




「で、最後に継宮史章の案じゃ」



 ロクがびっくりした表情で、ジッとこちらを見る。

 いつの間に! という表情だ。

 僕が、まぁまぁ、という表情をすると、



『あとで、しっかりとご説明していただきますっ!』



 というが飛んできた。

 やれやれである。




「まず、妖刀・村正については噂だけのもので、まがい物じゃった。

 で、もう一つの霊剣れいけん天叢あまのむら雲剣くものつるぎ、別名草薙くさなぎのつるぎはどうやら本物のようじゃ。本体は確かに熱田神宮にあったのじゃが、こちらは霊を切るだけで、それしかできぬ。もう一つの形代かたしろの方は、関門海峡で封印として使われておったのじゃが、現在も役割をしているかどうか不明じゃ」


「封印? ですか……」


「うむ。関門海峡に現れた邪霊を、形代かたしろ天叢あまのむら雲剣くものつるぎを使って封印しておる。ただ、八百年の時を経てその効力が維持されておるのかどうかは、怪しいということじゃ。動かしてよいものかどうか、見極めねばならんのぅ」


「となると、ちょっと難しいですね……」


「お父様、お話についていけないのですけれど、形代とはいかなるものなのでしょうか?」


「形代とは、物の依代じゃ。おヌシが継宮史章を依代にしておるように、天叢雲剣を依代とできるのじゃ」


「なるほど! んー? でも、それをわたくしたちがどのように使うのでしょうか?」



 そこは僕の出番である。



「それはなロク、まだ現物を手にしてみないとわからないんだ。

 ただ、天叢雲剣は霊剣で、霊力があるんだ。しかもその霊剣を基にして形代も作られていたんだ。これを使っての戦い方は二つが考えられる。一つは、僕かロクのどちらかが形代・天叢雲剣に入って、武器として使う方法。もう一つは、形代・天叢雲剣に敵を封じ込めて封印してしまう方法。どちらにしても、僕とお前の合体技が使えないなら、これを持っておく方がいいんじゃないかと思って、ねこ父に列車の中で相談していたんだ」


「ふん、いまいち当てにならないものですわね」



 あれ? なんでご機嫌斜めなの、ロクさん……。



「でもなロク、これは、お前が自分の話をしたときに、八岐大蛇やまたのおろちを例に挙げてくれたから思いついたんだぞ」


「あら、そんなことでは、ごまかされないですわよ」



 おだててみたが、ダメだった……。



「ただ、やはり手に入れておきたいのは事実じゃのぅ。ワシもこの剣(つるぎ)を直に触って、いろいろな効果を確認しておきたいしの」


「現在封印として使われている点は、どうすれば……」


「別の形代を用意しようと思うておる。形代・天叢雲剣に封じ込められているものを用意した形代に引っ越ししてもらうというわけじゃ。むろん、危険は伴うがな」


「であれば、お父様、その任わたくしにお任せください」


「うむ、それじゃがのぅ、おヌシと継宮史章とシャルガナの三者で行ってまいれ」


「お父様、シャルガナは必要ございません!」


「ならぬ! 決戦ではやはり三者で行くことになるからのぅ、予行演習をして連携を強化しておくのじゃ!」


「ん゛ー!!!!…………。わかりましたぁ!! もうっ!」

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