第268話 氏郷の真の配下
蒲生氏郷は敵陣から兵が出てきたのを見て微笑みました。そして合図を出し、少し離れた位置で兵を集めていきます。中央付近には五千名ほどの兵が我が先と敵陣へ進み敵兵と混戦になっています。敵のおかしな攻撃で一瞬怯んだもののここだけを見れば蒲生側の方が兵が多く徐々に武藤陣へ近づいて行っています。さらに武藤側から兵が出てきました。武藤陣の後ろには本陣があります。そこには武田信豊、織田信忠がいるのでしょう。
氏郷が合図で集めた兵は八百。全てキリシタンです。この兵達こそが氏郷の本当の配下達、この作戦の真髄とも言える連中です。敵陣の前では双方の兵が入り乱れ混戦乱戦、しかもこちらが押し気味で敵兵が追加投入されて、つまり本陣が手薄と想定以上の結果になっています。
鶴翼になったのは偶然のような必然でバラバラに攻めろと言っても兵は陣を組んで攻めるのが習慣となっています。無意識に鶴翼のようになったのです。その結果翼側の兵は敵に殲滅させられました。氏郷はそこに備えがあったのには驚きましたが、武藤喜兵衛の油断の無さを考えると当然かと思い直します。中央に罠を設けては味方も戦えません。側面対応としてはベストでしょう。
「進めー!」
中央付近の激しい争いに視線が集中する中、蒲生氏郷率いるキリシタン部隊は左側を進んで行きます。その前には矢で殺された兵達が転がっていますが、織田・武田の兵の姿は見えません。そうなのです。蒲生軍の端攻め部隊が全員討ち死にした為、特殊部隊ゼットの面々も中央に移っていたのです。もう見えるところに兵がいないのと、中央部での戦いが激しくなっていたので戦闘の側面支援に移っていました。氏郷からすると結果オーライです。遮る物はありません。
味方兵の死体の上を歩いていきます。そうすれば落とし穴にはまることもありません。まだ息がある者もいましたが無視します。全てが終わった後、生きていれば話をしたいと思いつつ。
落とし穴地帯を抜けると駆け出します。そこに矢が飛んできました。特殊部隊ゼットの訓練生の一部が見張りで残っていたようです。何人かがやられましたが気にせず駆け抜けます。目指すは本陣、織田信忠の首です。
氏郷は武藤喜兵衛が憎い、武藤喜兵衛を倒すと兵を煽ってきました。この戦の出陣前にも敵は武藤喜兵衛と兵には言い、現に中央部では武藤喜兵衛の首を取るために大勢の兵が武藤陣営に向かって進んでいます。それは表向きの目的でした。氏郷の目的は当初から変わってはいません。そう、織田信忠の首です。味方すら騙したこの作戦、絶対に成功させなければなりません。この八百人のキリシタン部隊は死を恐れてはいません。キリシタンの教えで死んでも復活すると信じているのです。そして視界に本陣が映りました。興奮のあまり声が出てしまいます。
「信忠の首を取れー!」
本陣では武田信豊が前方の状況を確認しつつ細かな指示を出しています。なんだかんだ言ってこの男は大将です。やるときはやるのです。そして中央に偏って戦が起きていることに疑問を持ち左右の警戒も解いていません。元々、左右にゼットの面々を配置させたのは信豊でした。武藤喜兵衛を前面にだして喜兵衛だけを目立つようにしているのも作戦なのです。信豊は自分の役割を理解しています。お屋形様ではない武田親族して自分がどう振る舞えば一番いいのかを絶えず考えているのです。
勝頼が武藤喜兵衛を与力に出すと言った時にその真意を考えました。喜兵衛は真田の三男坊、本来なら表にはさほど出てこれない立場です。ですが、勝頼の超お気に入りで実力は武田のうるさい重臣達も認めている漢。それをくれる?俺に?では俺はどう振る舞う?
結果、今のようなスタイルになりました。ただのお調子者ではないのです。ただそれは外から見ると怖いのは信豊ではなく喜兵衛に見えています。氏郷も情報や今までの戦での結果からそう考えています。そこから、
『武藤喜兵衛をよそに集中させておいて、その隙に本陣を襲う』
という計画ができあがったのです。
その信豊は実戦モードに入っています。
「勝沼、正面に千名。お主に任す。小幡、お前は左に五百、曽根、お前は右に五百。抜かるなよ、信忠殿をお守りせねば丹羽殿に向ける顔が無いぞ!」
顔向けができないっていうんじゃないの?と思いながら曽根昌世は配置につきます。曽根は今は三河の一部を納めているのですが、たまたま尾張に来ていた時に巻き込まれてしまいました。曽根は武藤喜兵衛と仲が良く軍師としても優れた武将です。曽根の兵は五百、三河から連れてきた者達と信忠の兵の混成部隊です。曽根は勝頼の信頼も高い武将で駿河攻め含め数々の戦功を上げています。当然、信豊がうつけではない事も知っていますが、なんであんな風に振舞っているのかは知りません。あとで喜兵衛に聞いてみよっと思っています。
「ここまで兵が来ると信豊様はお考えという事か。昨晩の徳様のお話では敵の増援はない、兵の数ではこちらが優っているし。つまり奇襲しかないがとなれば」
正面突破は無い、つまり隙があるところ、もしくは隙ができたところというわけか。曽根は信豊が以前のように鋭いので安心しました。遠くに聞こえてくる噂は所詮噂だったと。その時、偵察に出ていた特殊部隊ゼットのチーム戊のリーダーあいが、慌てて走ってきました。
「敵襲、本陣へ向かってきます!」
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