第248話 壊せや、さっさ

 佐々成政は泳ぎます。川の流れに沿って泳ぎます。正確にはただ流されています。鎧が重く大した動きもできません。本人は泳いでいるつもりですが、実際はもがいているだけです。途中勢いに押されて水中5回転とかしていますが、本人曰く泳いでいます。


 そのまま勢いよく海にまで出てしまうところでしたが、何かにぶつかって慌ててそれを掴みます。


「いたタタタタ、何があったのだ。しかもここはどこだ?」


 成政がいるのは朝明川の河口でした。そこに明らかに人工的な建造物があり、それにぶつかったのです。その正体は?


「なんだこれは?おおお、海が黒いぞ。この筒のような物は一体?」





 鉄砲水が発生した川の周辺、丹羽長秀の機転で多くの兵が鉄砲水に巻き込まれずにすみました。被害にあったのは佐々成政と数名です。


「成政め、何をしているのだ」


 丹羽長秀は仕方なく成政の兵も一時的に指揮を取ることにしました。鉄砲水は収まり、今は普通の川になっています。今まで干上がっていたのは蒲生の策略だったのかもしれません。伝令の源三郎がやってきたので状況を伝えました。源三郎が戻った後しばらくすると蒲生の軍に動きがありました。こちらに向かって進んできています。丹羽長秀はこれはまずいと本隊のいる川の向こうまで下がりました。





 蒲生陣では大騒ぎになっています。


「殿、員弁川と朝明川で鉄砲水が発生し、敵兵が数名流された模様」


「なぜだ、なぜ今起きたのだ。上流の奴らは何をしているのだ!」


 蒲生氏郷は兵を怒鳴りつけています。作戦の二の矢が発動してしまったのです。本当なら織田、武田軍が川を渡っている時、あるいは戦の最中に上流で水を堰き止めていた仮のダムを決壊させ、敵兵を攻撃する、敵をビビらせるためのものでした。今鉄砲水が起きても大した効果は得られません。


 本来は氏郷の合図で堰を壊すことになっていたのです。その合図を伝えるために100m毎に兵を配置してタイミングよく指示が伝わるように準備をしていたのですが、上手くいきませんでした。連絡兵が合図をしてリレーさせるのです。こうすることにより走るよりも速く指示が伝わるはずでした。ですが、こうなっては仕方ありません。三の矢を発動する事にして本隊に進軍を指図しました。


「信忠は長良川を渡れない。退路はたったのだ。全軍、進め!織田を蹴散らすのだ!」




 織田、武田軍が員弁川の手前に変形魚鱗の陣を敷きました。蒲生本隊に向けてだけでなく、山の方を向いた隊を配置しています。こちらは二万五千、敵は一万で数は勝っています。これだけなら楽勝ですが、事前の情報では山間に多数の兵が隠れていて隙を見て攻撃してくる事が予想されていました。それにここは敵地です。何があってもおかしくはありません。


 武田信豊は部下に指示して中砲と大砲を用意しています。それと遊撃隊と名付けた特殊部隊ゼットの訓練生を要所要所に配置しました。


 源三郎の元には物見の報告が相次ぎます。


「蒲生本隊は朝明川を渡ってこちらに向かって進行中」


「山の方から兵千名の集団が多数進んできます」


「桑名城方面から兵三千、我らの後方に回り込まれました」


 なんてこったい。父、武藤喜兵衛は相変わらず行方不明です。よく見るとゼットの面々も姿を消しています。源三郎はどう対応すべきか悩んでいます。と、信豊が、


「源三郎。自信を持て。こういう時に力を発揮できるのが真の強者だ。あとで喜兵衛が感心するような指示を出してみろ」


「殿がご指示を出されるのではないのですか!」


「余は一砲撃手だ。お前に任す。撃っちゃっていいのかな?まだかな?」


「と、殿、ご冗談を。この一大事に」


「たわけが。この程度、一大事でもなんでもないわ。しっかりせい!」


 織田信忠、丹羽長秀はその様子を見ています。武藤喜兵衛はどこへ行ったのか?信豊はそれも気にしていないようです。武田家の戦はこういうものなのかと唖然としています。それを感じた信豊は、


「織田殿。敵の狙いはそなただ。そなたはこの本陣から決して動かぬように。丹羽殿、これは織田の戦である。敵を前面で迎え撃つのは丹羽殿の役目、余は砲撃で支援するがそれだけで勝てるわけではない。我らは前面だけでなく側面の山間から、後方からも攻撃を受けるであろう。だが大したことはない。冷静に対処すれば勝てる戦だ。源三郎、お前は側面を頼む。後方は駿河勢で、丹羽殿の支援は遠江、尾張勢で対応する。大砲は前面に3台、側面に2台、後方に1台。敵が近づいてきたらとにかく撃ちまくれ」


 信豊のふざけた振る舞いが消えて大将としての指示が飛びました。さっきまでの信豊は一体どこへ行ってしまったのか?まるで別人です。


「源三郎、次は仕切れよ!全員、配置に付け!」


「承知!」





 その頃、佐々成政は謎の建造物を調べていました。長い筒が海に向かって伸びていて、そこから黒い水が出ています。建造物の中には巨大な樽がありました。中に人がいて何かを回しています。


「もし、何をしておる?」


 成政が声をかけると、慌てたように、


「だ、誰だ。ここは立ち入り禁止だ、帰ってくだされ」


 途中まで強気で話していましたが、成政のずぶ濡れ甲冑武士が落ち武者のように見えて声のトーンが途中から下がります。今の成政は思いっきり不気味です。


「そうしたいところだが、ここはなんなのだ。それを聞いたら帰ろう」


「ここは明智十兵衛様の施設だ。この樽の中のものを海に流している。わかったら帰ってくだされ」


「それを回しておられるがそれはどういう意味があるのだ?」


「これを回すと中の物が少しずつ流れていくのだ。なんでも明智の殿が信濃でみた水車というのが原型だそうだ。これを回すのがわしの仕事なのだ」


 成政は海に油が流されて武田海軍が困っている事を知りませんでした。ただ、明智十兵衛の施設なら壊してしまおうと、


「教えてくれてすまなんだ。わしは帰る。達者でな」


 と言って帰るふりをして樽に斬りつけます。樽はびくともしませんが何度かぶっ叩いているうちに壊れてきました。さっき話してた人が邪魔をしてきたので斬り捨て、樽から出てきた黒い水を触ってみて、それが油だと気がつきました。


「油を海に撒いておるのか。何のために?」


 作業者がいなくなったので油の流出は止まりましたが、成政にはどうしていいかわかりません。と、そこに斬り捨てたはずの男が成政に斬りかかってきました。慌てて刃を合わすと火花が散りました。

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