第144話 敵は秀吉?
勝頼の話に皆驚いています。木下秀吉、重臣達には秀吉の情報はほとんど伝わっていません。信長の家臣にそういう男がいる、というくらいしか伝わっていないのです。その秀吉が信長相手に戦を引き起こしているというのです。穴山信君は、
「それがしはその秀吉に会ったことがあります。話し上手でいつの間にやら懐に入り込んでくる印象があります」
武藤喜兵衛は、
「それがしは秀吉という男は恐ろしいの一言です。場を自分の領域に引き込む不思議な力を持っているという印象です。しかも他人に逆らうと怖いぞという恐怖心から服従させようとする、人当たりの良さに反して」
「そうだ、天性の人誑しだ。だがそれだけでただの草履取りからあそこまでのし上がれるはずもない。喜兵衛の言うように何か不思議な魅力がある。秀吉が浅井長政を殺したことは皆、知っていると思うが、どうだ?」
半分くらいはわかっていないようだ。喜兵衛に改めて説明させた後、
「本願寺には毛利が加担している。近々織田と毛利のいや、秀吉の戦になる。我らは高みの見物と行きたいところだが何が起きるかわからん」
馬場美濃守が聞きました。
「こちらを攻めてくることはないのですか?」
「その余裕はないはずだが、備えは必要だ」
小山田信茂は、
「織田の背後をつけば美濃も尾張も簡単に取れましょう。それがしが先鋒を仕りたいと存じます」
「小山田の言う通りその可能性は高い。だが、それでは秀吉を助ける事になってしまう。余は武田幕府最大の敵は秀吉だと思っている。秀吉に利になる事はしたくない。だが、織田が敗れればその隙に領地を奪い取るつもりだ。備えにはその意味もある」
それを聞いた武田信豊は、
「ならば織田の味方をするのはいかが。織田と組めば毛利や秀吉など軽く倒せるでしょう」
「その考えも確かにある。だが、信長はそれを望むまい。武田に助けられるのは良しとしても、自分が優位に立たねば納得はすまい。信長は自分至上主義だからな。それに我らは織田を食う気で助けるのであろう、なあ信豊」
「その通りでござる」
「織田はそれには乗って来んよ。信長が生きているうちはな。それと余には気がかりがあってな。それが解決するまでは動きたくないのだ」
武藤喜兵衛がそれを聞いて、
「謙信公でございますか?」
信玄がふう、と大きく息を吐いた。皆、それを聞いて一斉に信玄を見た。信玄は勝頼を見て話していいかと目で訴えている。勝頼が頷くと、
「皆の者ようく聞けい、おそらく謙信はもうじきこの世を去る。わしも長くはあるまい。武田はすでに勝頼が家督を継ぎ盤石だが、上杉は火種を抱えている。謙信はわしの前でこう申した。勝頼に後を頼むと。謙信には養子が2人いる。長尾家の景勝、北条家の景虎だ。勝頼は景勝を支持している。菊が嫁いでいることもあるが、景虎が継げば上杉は北条となってしまうであろう。それは好ましくはない。故に勝頼は備えると言った。そうであろう?」
「父上の言う通りだ。今は飛騨、三河、信濃、駿河、上野の国境周辺にいつでも兵を出せるようにする。上杉のけりがつくまでは織田と毛利に戦をしておいて欲しいと言うのが本音だ。せいぜい潰しあってくれると良いのだが」
今まで黙って聞いていた山県昌景が、
「戦力が分散されますが、武田はこれだけの大所帯、問題はありますまい。お屋形様、先ほどのお話で毛利が本願寺の食糧調達をしているとおっしゃっておられましたが水路ですか?」
「さすがは山県昌景である。その通りだ。織田軍は本願寺を囲み補給路を絶ったのだがそれは陸路のみ。毛利水軍を使った水路で補給をしている」
「先ほど織田と毛利の戦が長引いた方がいいとの事でしたがそれはその通りでござる。上杉の件が片付いてから西へ向かうのが最善。長引かせる手段はお考えか?」
それを聞いた信玄は、
「勝頼、そもそも織田と毛利、どっちが勝つと思っておるのだ?」
「わかりません。ただ毛利はまだ本願寺の援助のみで軍を上げているわけではありません。どうも毛利輝元という男は攻め上がる気はなさそうに思えます。信長は天下を治める気ですが、毛利にはそれがない。だが、毛利には秀吉がいるのです、それに公方も毛利にいますのでどう転ぶかわかりません。先ほどの山県の問いにだが、余は戦を長引かせるには消耗させた上で織田が勝つのが良いと思っている」
山県は
「それならば水軍ですな。毛利水軍を沈めれば補給は止まる」
「そうだ。そのための武田水軍である。すでに大砲を装備した戦艦富士、駿河は訓練を終えた。他にも駆逐艦や、対船用の攻撃船も建造中だ」
おお、さすがはお屋形様だ、と皆の声がする。それを面白くないと思っている男がいるのだがそれには誰も気づかない。
「これにて軍議は終了とする。久しぶりに皆が集まったのだ。ささやかだが宴を用意したのでくつろいでいってもらいたい。但し、身内同士の争いを余は好まん。それには厳罰を下すゆえそれを忘れるな!」
夜、歌って踊る徳達がいたことは言うまでもない。
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