第40話 駆け引き
勝頼?信玄の子か!家康は信玄がこの時期に勝頼を送り込んできた意味がわからなかった。勝頼の方も家康を見た。こいつが家康か、と。
勝頼は三雄に武田が滅んだ後どうなったかを聞いたことがあります。今は考えなくてもいいと言いながら、さらっと教えてくれました。織田信長が身内に殺されて、秀吉という男が天下を取ったが、死んだ後上手いことやってこの家康が掻っ攫ったと。それを聞いて家康に会ってみたいと思っていたのです。
「勝頼殿。お初にお目にかかる。松平家康だ」
「松平様、お目にかかれて恐悦至極にございます。それがしは若輩者ゆえ、お屋形様が見聞を広めるようにと仰せられ穴山殿に同行させていただいた次第でございます」
「松平様、この伊那殿はまだ初陣もしておりませぬ。お手柔らかにお願い申し上げます」
顔見せという事か。額面通りに受け止めていいかはわからんが気にすることもあるまい。それよりも穴山との話だ。
家康は勝頼の事は考えず本題に入った。勝頼は何も知らないふりを徹底し、聞くことに専念します。
「信玄殿は信濃の戦いに決着がついたとお考えであろう。次は東海道へ出てくるおつもりではあるまいか?」
「お屋形様におかれましては北条家、今川家との同盟がありなかなか難しいとおっしゃっておられました。今は北条の依頼で関東へ出陣すべく動いております」
「ご嫡男のご様子はどうであろうか?」
よく知っているな。川中島や古府中にも間者が入り込んでいるという事か。
「義信殿は体調を崩され静養中でございます。家臣一同心配をしておりますが、医者の見立てでは深刻ではなく、静養すれば良くなるとの事ですので。しかしさすがは松平様。よくご存知でございますな」
おっと手裏剣飛ばしたね穴山殿。
「この間贈り物を届けた者が伝えてきた。古府中の町でも噂になっていたとな」
差し障りのない答えだね家康殿。狸と狐の会話だけど本題はまだかな?
「武田家は今川との同盟をどうお考えか?」
「それはまた不可思議な問いでございますな」
「不可思議とな穴山殿。腹を割って話そうではないか。今回穴山殿のような重臣がわざわざ来たからには本題があるのであろう。例えば駿河の割り方とか」
ふーん。勝頼なりに会話を解釈する。つまり、松平は西には織田がいるけど東に今川がいるから西には行けない。桶狭間以降織田と同盟を結んでるのは間違いなさそうだ。となると弱体化した今川を攻めて遠江に進出していく事になる。そしてそのまま駿河までってそうはうまくはいかないでしょ。
武田が東海道へ出るには富士川か天龍川を下ることになる。今は両方とも今川の領地だが徳川がどんどん進出してきた時に今川の見方をして徳川と戦うっていう選択肢もあるのか?
家康が言っているのは徳川と武田で今川を攻めて半分で割ろうって事?海と金山が手に入るじゃん。これは乗るしかないんじゃないの?
「松平様。武田家は今川家と同盟を結んでおり、嫡男の太郎義信殿は今川氏真様の妹君を娶っております。ですが、駿河はいいところですな。魚は美味しいですし気候も良い。甲斐の山育ちの我々には夢のような土地です。いつかは住んでみたいものですな」
「穴山殿。そのいつかとは?」
「松平様。時は来ます。いずれ必ず」
「それが信玄殿のお考えという事で良いのだな?」
「焦らない事です。お屋形様はこんなにも早く三河を平定した松平様に驚いておられました。ゆっくりしておればいいものをと」
「!!!」
「お認めになっているのですよ、松平様を。出なければそれがしを派遣いたしません」
部屋に戻った後、穴山が感想を聞いてきた。
「伊那殿、どうでしたかな、家康は?」
「家康は今川の人質になっていたと聞きましたが、今川が憎いのでしょうか?」
「そう感じましたか。家康は苦労人です。織田の人質になり今川の人質になり、やっと家を復興させたのです」
「我らを出迎えた本多という男は自信に満ち溢れておりました。家康からは自信というより怯えを感じました」
「松平の強さは家臣団です。桶狭間での戦いぶりを見ましたが強い。桶狭間であれだけの兵を集めたのも見事でした。この短期間で三河を制圧できたのも優秀な家臣団がいるからです。家康は慎重な男です。我がお屋形様の力を恐れているのですよ」
「父上はやはり駿河へは?」
「義信殿次第。伊那殿はどちらにつかれますか?」
えっ?どういう意味だ?そういう意味か。
「父上のお心のままに」
「それがしと同じですな。安心しました」
こいつ怖い、さりげなく兄上が反乱した時の事を聞いてきた。そうか、父上は祖父を追い出して家督を継いだ。兄上がそれを真似すると思ってるんだ。
その夜は歓迎の宴会となり、家康の家臣達を紹介された。向こうも信玄の子供という事で興味津々だったみたいでモテモテだった。おっさんばっかりだったけど。
宴会が終わった後、家康の部屋には忍び、強羅惣左衛門が報告に来ていた。
「武田の使者の従者は特に怪しい行動はしておりません。城下で買い物をしただけです。ただ?」
「ただ、なんだ?」
「気づかれていたのかもしれませぬ」
「忍びだというのか?」
「調べましたところ買い物をしていたのは伊那勝頼の側女と付き人でした」
「信玄がつけた女か?」
「そうではないようです。村娘に手をつけたとか。実際にただの小娘でした。気づいたのは付き人の方かもしれませんが怪しい素ぶりは見られませんでした。それがしの勘違いだと思いますが念のためにお知らせいたしました」
そうか、気のせいのようだが一応気にしておくように指示をした。伊那勝頼か、面白そうな男だ。しかし穴山は油断ならん。
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