第29話 裏の裏の裏の裏
晴信は鉄砲の一斉射撃を命じた。敵を倒すというより山の上の味方に戦が始まった事を知らせる目的だった。勘助が向かったが間に合うとは思っていない。敵は上杉、甘くはない。
『ダダーン、ダーン!』
銃の音が響き渡る。それと同時に上杉軍の攻撃が始まった。
山本勘助は清野口を塞いでいる上杉方の旧信濃勢に見つからないように山に入ったが、敵の物見に見つかり戦闘になった。何人かは倒したが傷を負ってしまっていた。
「なんとか逃げ切り馬場様のところへ」
そこに銃声が鳴り響いた。
「始まってしまった。急がねば」
だが、そこに新たな敵兵が現れさらに深手を負ってしまい動けなくなってしまった。
山を登っている馬場民部と真田幸隆は物見の報告で清野口を敵が塞いだ事を聞き、もしやと思っていた。そこに銃声が聞こえた。
「馬場様、上杉はすでに八幡原です。戻りましょう」
「あの霧の中を進んだのか。信じられん。急ぐぞ!」
山を一目散に降りはじめます。真田幸隆は降りる途中で瀕死の男を見つけました。
「おう、勘助ではないか」
「真田殿。お屋形様をお頼み申す。急いで………」
勘助は息絶えた。今は急ぐ時だ、すまん勘助。捨て置くぞ、と心で叫び山を降りようとするが、登山口は狭く大軍が進むことができない。その出口を天敵とも言える村上義清が塞いでいた。
「ええい、たかだか2000の兵など蹴散らしてしまえ」
馬場は叫ぶが兵が進むことが出来ず時間ばっかり過ぎてしまう。
八幡原では上杉の猛攻を防御一辺倒の武田軍が防いでいた。陣を崩すな、前には出るなとむかで衆の伝令が飛んでいる。上杉政虎は、
「善光寺からの増援はどうした?」
「もう着くはずですが。すぐに現れるでしょう」
柿崎は答えましたが、ところがいくら待っても増援が来ません。政虎は焦れています。
「なんで武田を崩せないのだ。数では優っているであろう」
「敵が防御に徹しており陣形も崩れません。敵ながら見事なものです」
「ふん、敵を褒めてどうするのだ。頭を使え、敵をよく見るのだ。ほら、太郎義信を狙え。あいつは前へ出たがっているように見えるだろう。血気盛んゆえ、こちらがわざと負けて隙を作れば必ず追ってくる。そこを突くのだ」
上杉軍の黒金隊は全力で義信隊にぶつかりわざとジリジリと引き始めました。戦闘で押されているふりをしたのです。義信は、
「敵は大したことないぞ。そのまま押し込んでしまえ」
好機とみて命令を破り、前に出てしまいました。それを見たむかで衆は戻るように伝えましたが義信は聞き入れません。そして前に出た義信隊の後ろにどこから現れたのか、上杉の部隊が回り込み義信隊を囲んでしまいました。
「しまった!罠だったのか。戻れ、戻るのだ」
義信が叫ぶがそうはさせじと上杉軍の黒金隊、柿崎隊が攻めかかります。それを見た武田の将、諸角豊後守は義信が射たれてはこの戦は負けだと判断して救出に向かい、義信は助けたものの自らは殺されてしまいました。
そしてその影響は他の隊にも影響が出ます。山の味方が戻るのに苦労している間に典厩信繁が、敵に囲まれてしまいました。すでに戦闘が始まって4時間が経過しています。典厩信繁を救おうと勝頼の代わりに出陣している諏訪満燐が、晴信の命令で攻め上がり善戦しますが典厩信繁は敵の槍を受けて倒れてしまいます。
晴信はそれを聞いて一瞬真っ白になりました。弟が死んだのです。霧がはれるまで待った方がいいと言っていた弟が。
「源五郎の言う通りになってしまったか。ええい、信繁の仇だ、いや、我慢だ。今に馬場が駆けつける。耐えるのだ」
悲しみが怒りに変わり、それを押さえつけます。
上杉政虎は、
「いいぞ、攻め上がれ。山の兵が来る前に晴信を討ち取るのだ。そうだ、善光寺からの増援はまだ来ないのか?今敵の背後を突けば晴信の首は簡単に取れる」
「それが伝令の草からの連絡も無く、わかりませぬ。善光寺を出たところまではわかっておるのですが」
どういうことだ?なぜ増援が来ない?
善光寺から5000の後詰めの兵が出発して八幡原へ向かっていました。それを山陰から勝頼が見ています。
「源五郎、父上の許可はとったのだな?」
「はい。八幡原の戦いには手出し無用、ただしもし善光寺から増援があるようなら防いでよしとの事でした」
勝頼は、上田原で法要をしていた晴信に使者を出し、後方支援の許可をもらっていました。そして昨晩、源五郎を海津城へ送りジオラマで検討したシミュレーション結果を伝えたのです。
「父上は敢えて戦に踏み切ったのだな」
「来るのが遅いと言われました。すでに決定した後だったと。それにお屋形様はそれでも勝つと言っておられました」
歴史は変わらないという事か。軍師殿の言う通りになって行くな。
「本来なら山の兵が早く戻れるようにしたかったが。だがそうすると善光寺からの兵に背後を取られてしまうからな。結局これが最善なのかもしれん。さて、ぼちぼち仕掛け時だな。寅三、玉井、頼んだぞ!」
勝頼の初陣です。ですが、この戦いは歴史から葬り去られます。武田、上杉共に記録に残さなかったのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます