第27話  思惑 

 勝頼は源五郎に説明を始めます。


「妻女山は監視をするにはいいところだ。だがここで大軍がぶつかる事はあるまい。尾根が多くてな、大軍が進むには時間がかかる。それともう一つ欠点がある」


「なんでございますか?」


「食糧だよ。上杉の居場所は善光寺側がいいんだ。だがそれでは決戦になりにくいし海津城を放っても置けない。だから妻女山に陣取るだろうが長くはいれないはずだ。士気の問題もあるしな」


 勝頼の元へも3日に一度の割合で状況報告が入る。現地においてきた諜報部の報告です。それによるとやはり上杉は妻女山に陣を取ったそうです。


『ここまでは軍師の言う通りになっているな。兄上はどこで失敗するのだろう』


 そう考えながら源五郎との談義を続ける。


「大決戦するにはこの八幡原でぶつかる事だ。だが、お前の言う通り兵はお味方の方が多いし、山の降り方が難しい。源五郎、お前が上杉ならどうやって山を降りる?」


「夜のうちに移動します。山中には篝火を数日前から炊いておいてそれを消さずにいて山にいるように見せかけます」


「策士だのう。俺もそうする。それともう一つ、地形による天恵がある。これがどちらにとって吉となるかはわからんが、お屋形様はご存じであった」


「地形の天恵ですか?」


「霧だよ。物凄く深い霧が出るんだ。昼間でも前が見えないくらいのな。俺が上杉なら、夜のうちに八幡原に降りて、善光寺の軍も前進させて合流する。霧をうまく利用した方が有利になる」


 勝頼はそういってジオラマ上に木で作った人の形をした駒を使ってシミュレーションを始めました。真田源五郎も加わりあっちこっち動かしては、


「いやこれでは」


「こうなってはまずい」


「霧の夜中に山を降ります。善光寺からも敵の増援が進んでくるとお味方は城に籠っていないと大変な事に」


「そうだ。そこで先程源五郎が言っていた陽動が加わると……………」


「それではお味方が危うくなります」


 勝頼と源五郎の結論は、海津城籠城からの八幡原決戦でした。さて、現場に話を戻します。





 妻女山には上杉軍が集結、海津城には武田軍が集結し次の行動を決めかねています。どちらも今回で決着をつけようと考えているので勝つか負けるか、生か死かの瀬戸際です。


 上杉では重臣の直江、柿崎、本庄達があーでもないこーでもないと意見を出し合っています。まとめると、


 ・敵が動くのを待つ。

 ・一気に海津城へ向けて攻めかかりその勢いで善光寺まで引く。

 ・八幡原で陣を敷いて武田を迎え撃つ。


 ですが、どれも難しそうです。武田は動きそうにありません。今回ゆっくりと時間をかけているように見えます。つまり上杉の兵糧切れを待っているのでしょう。


「そのような論議をしていても時間の無駄だ。地元の農民を連れてこい。それと我らがどうするではなく、武田がどう動くかを考えろ」


 政虎はそういって席を立っていきました。きっかけだ。敵を分断するきっかけが欲しい。布石は打ってありますがどうでるかはわからないのです。






 武田でも同じように軍議が行われています。馬場民部、内藤修理、太郎義信、典厩信繁達があーでもないこーでもないと言い合っています。晴信は、


「決着をつけねばならぬ。それには上杉を八幡原に引きずり下ろす事だ。妻女山を攻めてもまた小競り合いで終わってしまうであろう」


 仮にこちらから山を登って攻めても、別方向から山を降りられてしまえば捕まえる事はできません。といって、山から降りる手段はいくつかあり、全ての進路をふさぐ事は出来ないのです。


 その時、山本勘助が農民を1人連れてきました。


「お屋形様。地元の天気をよく知る者を連れて参りました。権太と言います」


「おお、勘助。でかした」


 晴信は古府中で勝頼と話をした時、川中島の霧が勝負を決めるという事に気付きました。勘助に霧がどういう風に出ていつ晴れるのかを調べさせていたのです。


「権太とやら。霧はいつ出ていつ晴れる」


「へえ、おらはここで百姓を30年やっとります。この様子だと今晩は霧が深く辰の刻(朝の8時)までは晴れません」


「わかった。褒美を渡して帰してやれ」


 動くなら今晩か。





 上杉側でも地元の農民から霧の情報を得ていました。


「武田も同じように霧を気にしているだろう。となれば奴らが動くのは今晩。今すぐ善光寺へ伝令を出せ。後詰めの兵は八幡原へ集合させよ。物見を増やせ、海津城の動きを見逃すなよ」


 政虎は大声で指示を出します。柿崎景家は、


「殿。どういうことでしょうか?」


「晴信は動く。草の報告では山本勘助が霧に詳しい農民を海津城へ連れて行ったそうだ。あ奴はきっかけを待っているのだ。兵を分けて霧に乗じて山を登って攻めかけてくるか、あるいは山を登るようにみせかけるか。そしてわしらが真っ向から山で戦うよりは平地を選ぶと考えて、山から降りるとそこには晴信が待ち構えているであろう。それを逆手に取るのだ。武田の主力が山に登って来たら我らは一目散に八幡原へ進み、晴信めを善光寺の兵と挟み撃ちにするぞ」


「それでは山の武田軍が降りてこられないよう抑えも入りますな」


「そうだ。だが晴信はその裏をかくかもしれん。今までゆっくりとしておったが決着をつけようと思っているはず。なんにせよ武田の動きを見逃すな」

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