第12話 治水
1559年、永禄の飢饉と呼ばれる自然災害が関東を襲いました。武田家では、勝頼の情報から前年の備蓄を増やしていましたので他国よりは影響が少なく済みましたが、田畑の被害はそこそこありました。そこそこで済んだのも晴信の指示で2年かけた治水工事の成果が出たからです。
晴信は富士川、笛吹川など、甲斐、信濃を流れる川の氾濫と、干ばつ対策としての水瓶を兼ねて小さなダムをいくつか作り、過去から氾濫するエリアには川筋を変えたり、堤防を強化したりして準備をしていたのです。
伊那を流れる天竜川は勝頼の領地の水源です。勝頼は天竜川から分かれる河川から水車を使って田畑や各村に水を供給していました。
その天竜川は諏訪湖から流れ出る川です。つまり全て勝頼の領地内になります。勝頼も軍師の知恵を借り諏訪湖の水門を強化し下流に流れる水量調整を行いました。
また、米の生産、小麦の生産、そして蕎麦の生産に人をあて、水車による粉挽きにより蕎麦と小麦を混ぜ乾燥させて乾麺を作りました。
豚の養殖も軌道に乗り始めました。ソーセージ、干し肉も用意しました。飢饉対策には何と言っても備蓄と保存食です。これにより飢饉を乗り越えました。また、勝頼の領地だけ見れば食糧は豊富でした。余力の分は晴信に献上しましたが、大層喜ばれ大量の碁石金をもらいました。そのお金で職人を雇いました。その職人とは、
「吾郎、加賀の五箇山に行ってもらいたい」
勝頼は伊那の忍びである吾郎を呼びつけて言いました。吾郎は伊那忍者の棟梁です。里美が以前忍びを使ったことがあり、その時の縁で今は勝頼に仕えています。
「へえ、何をしてくればいいのでしょうか?」
「塩硝の職人に出来るだけ多く高遠へ移住してもらいたいのだ。金、それとこのソーセージ、パンを持っていけ。いい仕事をすれば食べ物には困らんと言え」
塩硝とは硝石の事です。火薬の原料は硫黄、木炭、硝石です。この頃の日本では硝石は輸入に頼っていました。ちょうど鉄砲という新兵器の威力を武将が認め戦に使い始めました。ところが鉄砲には弾と火薬が必要です。肝心の火薬の原料を輸入に頼るということは、港に使い武将が有利になります。甲斐、信濃を領土に持つ武田家は立地的には不利になります。
軍師は言いました。日本で塩硝を作っているところがあると。そこの職人を買い漁り押えろと。
吾郎は配下の忍びを連れて五箇山に行きました。そこでも飢饉の影響は出ていてその日の食べ物にも困っていました。
「村長。食糧を持ってきた。納めていただきたい」
五箇山村の村長の名は利左衛門。利左衛門は、吾郎達が持ってきた食糧を見て涙を流しました。
「この品々は我が主人、諏訪四郎勝頼様からの贈り物である。勝頼様はこの村毎、高遠に引っ越してきてもらいとの仰せだ。仕事に応じ給金と食糧は満足するだけ用意するとの事だ。これは諏訪名物ソーセージというもの。これを火で炙って食べてみるといい」
利左衛門は村の有力者を集めました。村には60人の住民がいます。先祖代々ここの土地に住んでいるものも多いのです。
「村長。食糧につられて先祖代々の土地を離れてはご先祖様に言い訳ができねえだよ。おらはここに残る」
「おらの家族はもう3日も何にも食ってねえ。食べ物をくれるんならどこへでも行くだ」
利左衛門は、
「わしは勝頼様にご厄介になることに決めた。向こうでは住む家を用意して下さるそうじゃ。ここに残る者を止めはせん。皆の自由にしてもらいたい」
その打ち合わせに同席していた吾郎は、勝頼の素晴らしさを説いた後に、
「皆の衆、まずはこれを食べてみてくだされ。これは勝頼様がご考案されたソーセージという保存食になります。火で炙る事によりこの上ない美味で滋養になる素晴らしき食べ物です」
ジュージューと油が滴り、いい匂いが周囲に溢れています。自然とヨダレが出るのは人の性でしょうか?吾郎は木串に刺したソーセージを1人一本づつ配りました。
「熱いので火傷には気をつけてくだされ。少しづつ焦らずにかぶりついて……、ああ、言わんこっちゃない」
匂いに負けた若い衆がいきなりかぶりつきました。
「あ、アチい。でもなんだこれは。無茶苦茶美味いぞ!」
それもそのはずです。まともな食事を取っていない者達がこんなものを食せばそれはもう絶賛の雨あられです。俺は残る、と強く言っていた男にはその家族に、
「これはパンという食べ物だ。これにソーセージを挟んで食べてみてくれ」
現代でいうホットドックもどきです。これを食べた子供達はもうはしゃぎまくってます。結局意地を張っていた男も家族に説得され高遠に引っ越す事になりました。食べ物に勝てる武器はないのです。
これにより歴史が大きく変わる事になります。国産の塩硝は武田家が独占する事になりました。勝頼は高遠の山中に塩硝の生産村を作りました。利左衛門達はそこに住みつき、直ぐに塩硝の生産を始めました。
その生産村の存在は極秘にされ武田家でも一部の者にしか知らされませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます