4章。ベオウルフ盗賊団

18話。闘神ガイン、息子と戦うことを決意する

「何、ギルド潰しに失敗しただと?」


 闘神ガインは、4番隊隊長ギルバートからの報告に不機嫌そうな声を出した。ここは冒険者ギルド【神喰らう蛇】の本部である。

 ガインの前に置かれた巨大水晶玉に、ギルバートの顔が映し出されていた。これは遠方との通信を可能にする通信魔導器だ。


「申し訳ございません。アッシュ様に邪魔されまして。いやはや、外れスキル持ちだと、アッシュ様を追放なさったのは、いささか早計だったと言わざるを得ないかと」


「ふんッ。貴様の4番隊がたるんでおるのではないか?」


「それはありません。すぐに動かせる中では、手練を用意しましたよ」


「それで、アッシュが神獣フェンリルを連れているというのは、本当だったのか?

 もし事実だとすれば【神喰らう蛇】の名に泥を塗る行為だ。受けた依頼は必ず達成する。どんな敵だろうと殲滅するが、我らの誇りだからな」


 闘神ガインは手にしたリンゴを握りつぶした。

 彼の目の前のテーブルには、客人をもてなすために、色とりどりのフルーツや焼き菓子が盛られていた。


「それについては、未だ調査中です。ですが、アッシュ様は獣人の少女と冒険者登録をしたようです。その娘が、情報にあったようにフェンリルが擬態した姿ではないかと見ています」


「仕掛けてはみなかったのか?」


 相手がどれ程の力を持っているかは、一度でも刃を交えてみればわかる。


「無茶をおっしゃらないでください。そうとは知らず領主ミリア・ユースティルア殿にまで、部下が喧嘩を売ってしまいましてね。あの場で退かなくては、ユースティルアでの活動ができなくなるところでしたよ」


 ギルバートは溜め息をついた。


「さすが【神喰らう蛇】は、仕事が早くて助かりますわ」


 ガインの向かいに座った妖艶な女ディアドラが満足そうに微笑んだ。美女など見飽きているガインにとっても感嘆せざるをえない美貌の持ち主である。


「しかし、ご子息は、我がエルフ王国アルフヘイムの至宝【世界樹の剣】を盗み出した大罪人。一日でも早く取り戻していただかなくては困りますわ。無論、神獣フェンリルも討伐なさってください」


 ディアドラが鋭い目つきとなる。


「前金で、純金1トンもの報酬をもらったのだ。依頼は必ずやり遂げる。例え、相手が何者であろうとな」


 闘神ガインがユースティルアに急遽、支部を出すように指示したのは、調査のためだ。

 ディアドラがもたらした情報と依頼内容は、驚くべきモノだった。


 まだアッシュを追放して一週間と経っていない。その間に、アッシュは【世界樹の剣】を手に入れ、どうやってか知らないが神獣フェンリルを支配下に入れ、エルフ王国の内紛に首を突っ込み、王女を連れ回しているという。

 まずは、真偽を確かめる必要があった。


 アッシュはユースティルアに滞在しているらしい。ならユースティルアの冒険者ギルド【銀翼の鷲】に身を置く可能性が高い。


 そこで【銀翼の鷲】とトラブルをワザと起こして、現在のアッシュの力を計ろうとした。

 情報によれば、アッシュはテイムされたグリフォンの軍団をひとりで撃退したという。これは信じ難い偉業だった。


 そんなことが、今のヤツに可能だとしたら、【世界樹の剣】を使いこなしているとしか思えない。

 

「ああっ! 良かったですわ。それと、ルシタニア王国侵攻のために、【神喰らう蛇】の4番隊をお貸しいただけると、さらに助かるのですけどね」


「悪いが我らはルシタニア王国に雇われている身でな。エルフに味方してやることはできんな」


 ガインは素っ気なく突っぱねた。

 しかし、すぐに前言を翻す。


「もっとも、それも金次第であるがな。条件として、追加で純金5トンだ。ルシタニア王国がそれ以上の金を積んできたら、その時点で、俺たちはアチラ側につく。それで構わんか?」


「わかりました。すぐに用意させていただきますわ」


 ディアドラは何ら気負うことなく承諾した。


「ほう」


 ガインは感嘆すると同時に、警戒心を抱く。


 この女は、一昨日の晩、空間転移の魔法を使って、突然【神喰らう蛇】の本部にやって来た。その際、1トンの純金を手土産にして、ガインに直接依頼をするという横紙破りをした。


 転移魔法を使えるのは、この世界でも一握りの者だけだ。その上、この資金力となると得体が知れない。

 一体、何者だ? これほどの魔法使いがいれば、名が売れているハズだが……

 これは部下を使って調べてみる必要があるだろう。


「気前の良いことだな。だが、あまり表立って協力はできんぞ? エルフに肩入れしたなどと評判が立つと、今後のビジネスに響くからな。

 素性を隠しての要人暗殺。してやれるのはその程度のことだが、構わんか?」


「ふふふっ、かの【千の顔を持つ死神】ギルバート様にご助力いただけると、解釈してよろしいでしょうか?

 ええっ、敵指揮官を消してもらえれば、この上なく、ありがたいですわ。例えば、私たちの部隊が侵攻したと同時に、ユースティルアの領主ミリア様を討っていただくとか」


 ディアドラは笑みを浮かべた。


「命令とあれば、誰でも消しますが。ボーナスは奮発していただけると、ありがたいですね。

 警戒態勢にある領主を消せなど、無茶振りも良いところですよ」


 ギルバートは呆れ顔になりつつ、どこか楽しそうだった。

 ギルバートは暗殺組織から足を洗ったが、それは暗殺が嫌いだからではない。闘神ガインの元でなら、よりスリリングが人生が楽しめると思ったからだ。

 そのため、今でも暗殺の仕事をすることがあった。


「ボーナスというと、アッシュを俺の後継者に戻せという話か? それについては、よく見極めた上で判断するとしよう」


 ギルバートは昔からアッシュに肩入れしていた。ギルバートは弟ゼノスにも同じように剣技を教えていたが、アッシュの方が暗殺者としての才能があると見ているようだった。


 だが、ガインの理想とする強さとは、暗殺のような騙し討ちではなく、伝説の神獣を真っ向から撃破できるような圧倒的攻撃力だ。

 その能力がないなら、【神喰らう蛇】のトップなど務まらない。

 

「それと、もうひとつ。私たちの侵攻に対して、中立であっていただきたいのですが、よろしいですか?」

 

「中立とは? 具体的には?」


 ガインは意味が分からず問い返した。


「エルフの主力部隊は、テイムしたモンスター軍団です。私たちのモンスターがルシタニア王国の街や兵を襲っていても、見て見ぬ振りをしていただきたいのですわ」


 冒険者ギルドの仕事は魔物退治が主だ。

 モンスターが街を襲っていれば、当然、討伐して欲しいという依頼が来るだろう。


「フンッ! なんほどな。それなら、そのモンスターどもが貴様らの兵であることがわかるような目印をつけておけ。

 冒険者ギルドは国家から独立した組織だ。国家間の争いには関与しないのが、古くからの習わしだ。俺たちは、その大義名分を使って、不介入を貫くとしよう。それで良いか?」


 もっとも最初に伝えたようにルシタニア王国が、ディアドラよりも金を積んできたら、魔物から人々を守るのが冒険者の務めだと言って、鞍替えするつもりだ。

 ルシタニア王国とディアドラ、両方からできるだけ利益をむしり取る。それが闘神ガインのやり方だった。


「ありがたい、お申し出。感謝いたしますわ。それでは、よろしくお願いいたします、闘神ガイン様」


 ディアドラは笑み浮かべると、その場から幻のように消え去った。

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