第三章 狂獣の婚礼式

第1話 竜王の城


 このお城の中には、立派な食堂がある。

 ここで働く従業員(?)用らしいんだけど、私も自由に使っていいって言われたから、食事は基本ここで取っている。ちなみに無料だ。


「こんにちは、シェフ。今日の日替わりは?」

「よう、セトちゃん。今日はピエニドラゴンの尻尾のステーキだな」

「おおお。ドラゴンの尻尾!」

「いやいや。ドラゴンって名前だけど、こいつはドラゴンじゃねえんだって。前にも説明しなかったか?」

「そうだったっけ。じゃあ、それ一つ」


 そこの厨房を取り仕切っているのが、この人。シェフさん。

 本当の名前はセフなんちゃらかんちゃら、って感じだったんだけど、私は敬意も込めて「シェフ」って呼んでる。別に覚えられなかったわけじゃない。

 すっごい背が高いのに、さらにコック帽を被っているから、さらに大きく見える。

 顔の片側に瞼を縦断する大きな傷がついているせいもあって、物騒な雰囲気もあるんだけど、喋り方は気さくだし、笑うと親しみやすくて、結構嫌いじゃない。


 ――作ってくれる、ご飯もおいしいしね。


 私にとっては、それがシェフの一番の魅力だったりする。


「そういえば、こないだ作ってもらったコレだけどよ。いい仕事してんぜ」

「役に立ってるなら、よかったです」


 コレというのは、シェフが腕につけている腕輪。

 私が魔術造形でシェフ用に作った、装飾品だ。

 ちなみに器用さが爆上がりするので、ご飯がさらにおいしくなるっていう――まあ、私得のアイテムだったりする。

 このお城に住み始めて、もうすぐ一か月。

 勇者が王都を出立するまでっていう約束だったんだけど……そういえば、勇者が出立したかどうか、全然確認していなかった。


 ――今度、ユオに会ったときに確認しとこ。


「呼んだか?」

「いや、呼んでないよ? 聞きたいことはあったけど」


 少年――ユオは相変わらず神出鬼没だ。

 こうやって、ちょっと確認したいことがあるな……とか考えていると、突然目の前に現れる。

 聞けば、この城の中のことはすべて把握しているっていうから、ちょっと驚きだ。


 ――他人が頭で考えてることまで把握してるとか、こんがらがったりしないのかな。


「別にすべての思考を読んでいるわけじゃない。自分に関することだけだ」

「へえ……エゴサ能力高すぎでは」

「えごさ……?」

「セトちゃんは人間なのに、そういうとこ寛容だよなぁ。勝手にそんなことされたら、嫌がるやつのほうが多いっていうのに。で、大将も日替わりでいいのか?」

「ああ。頼む」


 シェフはユオのことを「大将」と呼ぶ。

 ユオもそれを自然に受け入れているみたいだけど、二人の関係は今もよくわからないままだ。ユオがこのお城の中で一番偉いっていうのは、すぐにわかったんだけど。


 ――最初から「私の城」って言ってたもんね。


「それで、聞きたいこととは?」

「ああ。勇者ってもう王都を出立したのかなーって」

「そのことか。三日前に発ったと聞いた。最初に目指すのは、獣人らのところだろうな」


 三日前か。

 出立祭の後、すぐに発つものだと思ったのに――結構、王都でゆっくりしてたんだなぁ。


「なんでも、勇者たちが『もう少し鍛え直したい』とか言って、出立の日が伸びたらしいな」

「そうなの?」

「らしいぜ。詳しいことまでは、よく知らねえけど。ほらよ、日替わり二人分」

「ありがとう。おいしそうな匂い!」

「私が運ぼう」


 ユオが、私の分のお盆も一緒に運んでくれる。

 魔族って、みんな見た目より力持ちなんだよね。シェフは見た目どおりの力持ちだけど。

 見た目といえば、ユオの見た目年齢が前より少し上がった気がする。魔族って成長速度が人間とは違うのかな? 前は十歳ぐらいに見えたのに、今はそれよりも三、四歳ぐらい上に見える。

 声変わりはまだしていないみたいだけど、そのうち、声も低くなったりするんだろうか。

 なんか、ちょっと楽しみだな。


「いっただきまーす!」


 ユオとこうして一緒に食事をとるのは、初めてじゃない。

 一番偉い人なのに、従業員用の食堂なんて使っていていいのかな? って最初は思ったけど、周りの人もあんまり気にしていないっていうか、ユオを見かけたら普通に話しかけてくる。

 私の知っているお城っていったら、召喚された例の城とここぐらいだから、この世界の普通の感覚がまだよくわかってないんだけど、ここの人たちはみんなフランクで親切だなって、そう思うことのほうが多い。


「ふー、満足!」


 シェフの料理は本当においしいから、無言でバクバク食べ進んじゃう。

 速攻でなくなっちゃうのが残念だけど、夜にもまたおいしいものが食べられるのはわかっているから、その辺は別に気にしなくていいところだ。


「王都に戻るのか?」

「ん? ああ……それね。ちょっと考え中」


 勇者が王都を発ったら、王都付近にまた工房を構えられないかなって、一か月前にここに来たときは考えていたんだけど、実は今はそれも悩んでいたりする。

 だって、ここのご飯おいしいし――っていうのは冗談……でもないんだけど。

 ここでも魔術造形師としてかなり重宝してもらっているっていうか、自分の居場所がある感じなんだよね。趣味として、造形をする時間だってしっかりとれるし。

 それなら、ここを拠点にしても悪くはないと思うんだけど――ただ、そうするにしても一つ問題がある。


「この辺りで、工房って作れたりする?」

「今の部屋では不満か?」

「いやいや、そういうわけではないんだけど……」


 この一か月。私はこのお城でユオの客人として扱われている。

 っていっても、みんな気さくで優しいから、変に「ははぁ」って跪かれたり、陰で「生意気な人間め」って嫌がらせを受けることもないんだけど、それが逆に申し訳ないというかなんというか。

 私って別にユオに何かしてあげたわけでもないし、こうやって客人として親切にしてもらう理由だってないんだよね。

 だから、居心地はいいけど……ちょっと悪い気がしていて。


「身分不相応じゃないかなあ、って」

「そんなはずがないだろう? セトは私の命の恩人なんだぞ」

「え……命の、恩人?」

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