第16話 列は横にはみ出ないようにお願いします


 どうやら、二番目のお客さんになった冒険者のアルストさんも結構有名な人だったようだ。

 周りで様子を窺っていた冒険者さんが一気に押し寄せてきたらしい――って、みんなどこに隠れていたんだろう。

 中に、さっきまで路地で警備していた人もいる気がするんだけど……いいの? 仕事サボって。


「これは……うちの団員に勧めたところで、間に合うものはいないかもしれないな」


 去り際、リードさんが苦笑いでそんなことを言っていた。

 うん……これは確かに、足りないかもしれない。

 ようやく五人目の使用者登録が済んだところだけど、人だかりは減るどころか増える一方だ。中には、野次馬の人もいるみたいだけど。


 ――商品、もう半分なくなっちゃった。


 人によっては二つ三つ買っていくから、本当に減りが早い。これ、お祭りが終わる時間までもたないかも。

 さっきまで、一つも売れなかったのが嘘みたいだ。

 試しにつけた人がすごくいい反応をしてくれるのも、どうやら客引きになっているらしい。冒険者の人ってみんな声が大きいから、近くにいる人が絶対に足を止めてくれるのだ。


「大人気ですね!」

「あ、ファーラ」

「お手伝いに来て正解でしたね」

「え? そのために来てくれたの? ありがとー」


 女神が現れた。

 ファーラ、今日も普通に魔術師ギルドで仕事してたはずなのに、ここのお手伝いまでしに来てくれるなんて……ホント女神。拝もう。

 美人エルフの登場に、お客さんも沸き立っているのがわかる。

 自分のときとは対応の違うみんなに切なくなったりはしていない……してないもん!


「商品はこの袋に入れて、代金は私が受け取るから」

「わかりました。魔力の消えた魔力水の小瓶はこっちに並べておきますね」


 ファーラは、さすがの手際のよさだ。

 私がやるよりも手早く、的確にお客さんをさばいていく。ただ見に来ただけっぽい人にも、さらっと商品を勧めるのがうまくて、なんか見ていて勉強になる。


 ――私には真似できないスキルだけどね!


 商品について質問されれば、ガンガン答えるけど。

 つい語りすぎちゃって、お客さんに引かれている気もする。うう。気をつけねば……つらい。

 途中から、私の仕事はファーラからお金を受け取るだけになっていた。



   ◆◇◆



「……おい、勇者たちだ」


 ざわ、と辺りが急に賑やかになった。

 それ以前に私の店の前は結構賑やかなことになっていたんだけど、それよりもっと。

 広場全体がざわついている。


 ――今、勇者たちって言った?


 ちょうど、お客さんに袋詰めした商品を手渡していた私はおじぎをした後、顔を上げる。

 広場の中央に黒目黒髪の三人組が立っているのが見えた。


 ――制服着てないからわかんないな。あんな子たちだったっけ。


 確かにその見た目は日本人っぽいけど、こっちの世界にも黒目黒髪は普通にいるし、別に珍しい見た目じゃない。

 でも見るからに立派な装備をつけて、周りを仰々しい甲冑の騎士に守られているところを見ると、彼ら三人が勇者で間違いないのだろう。

 一緒に召喚されてきただけの私とは全然違う扱いだ。


 ――まあ、私はこっち側のほうがいいけど。


 ああいうのは息が詰まりそうだし、何より面倒そうだし。


「すごい。本物の勇者様ですね」

「ファーラも興味あるんだ?」

「伝説みたいなものですから。でも、こうして見るとまだ子供のようですね」


 ――まあ、制服着てたし。まだ十代だよね、三人とも。


 三人はどうやら露店を見て回っているところのようだ。

 男一人と女子二人。スイーツを並んでいる屋台に女子二人が食いついている。

 出立前の贅沢、ってやつなのかな。これから魔王討伐の旅に出るわけだし、甘いものはしばらくお預け……みたいな?

 あ、でも師匠が作ってくれたアイテムボックスがあれば持っていけるし、それの買い出しだったりするのかな。どっちなんだろ。


 ――まあ、どうでもいっか。


 どうでもいいけど……うちの露店にだけは来ないでほしい。

 私も覚えていないぐらいだから、向こうもこっちの顔なんて覚えていないだろうけど、あんまり関わり合いにはなりたくないし。


 ――って思ったのに、なんで来ちゃうかなぁ。


 今、私の露店を勇者たち三人が眺めている。

 予想どおり、私が勇者召喚に巻き込まれてこっちに来た日本人だ、ってことはバレていないみたいだけど……買わないなら、早くどっかいってくれないかなぁ。

 しかも三人はそれまで並んでいた人を押しのけて、露店の前を陣取っている。

 それにはファーラも微妙な表情を浮かべていた。


 ――売りたくないなぁ。


 この三人には売りたくない気持ちになっていた。

 同郷だし、旅の餞別に……って十五分前ぐらいの私なら思ったかもしれないけど、順番を守らなかったり、周りの迷惑を顧みなかったり、何より――


「これ、私も作れそう」

「案外、地味ね」

「これぐらいの効果なら、なくても同じだ」


 とかとか。

 好き勝手、露店の前で喋っているコイツらにそんな気が起こるはずがなかった。

 早く、ここから立ち去れ!! って叫びたい気持ちでいっぱいだ。


 ――向こうの世界でもそうだったけど、こういう人たちって一定数いるんだよな。それが全員、こっちの世界では勇者ってどうなの、それ。


 こういう客って、本当に職人に対する冒涜だと思う。いや、こんなの客だなんて呼びたくもない。

 私のイライラがピークに達し始めた頃だった。


「おい。その箱の中の商品を見せろ」


 男の勇者がぶっきらぼうに私に告げる。

 元はただの高校生だったくせに、命令に慣れた口調にさらにイラっとする。

 っていうか「見せろ」って何様だよ。ああ、勇者様でしたね。知らんけど。


「――それでしたら、まずは後ろにお並びいただけますか?」


 私とファーラの声が重なった。

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