第5話 空から(?)の贈り物


 食事の途中で瓶の中の火花は消えていた。

 時間的には三分ぐらいかな? ご飯が食べ終わるまでは、そのままにしておいたけど。

 ちなみに魔力水の色も透明に戻っていた。

 反応が終わったのは、魔力水に含まれていたギルド長の魔力がなくなったからだったのかもしれない。


「……魔力は指輪に吸収された感じ?」


 見ただけじゃ変化はわからない。指輪自体の色はそのままだし。

 変化がわかりやすいようにって思って、指輪の色は白にしておいたんだけど――水から引き上げた感じも特に何かが変わったようには見えなかった。


「うまくいったのかなぁ……?」


 角度を変えて眺めてみても、よくわからない。

 水気を拭きとって、いったん置いておくことにする。あと何個か試作作ってみたいしね。


「あー……でも、もう魔力水ないんだっけ」


 他の人の魔力を混ぜた造形がやりたかったんだけど。

 こんなことならファーラとか、他の人にも頼んでおけばよかったかな。


「うーん、どうしよ。魔力かぁ――……うん?」


 作業台で頭を抱えていたら、扉の外から聞き慣れない音が聞こえた。

 コトン、って扉に何かがぶつかるような音――誰か来た?


「……結界には、反応なかったけどな」


 魔の森が近い場所なので、工房の周りには一応結界が張ってある。

 小さな動物でもわかるような結界なので、人がきたらすぐにわかるはずなんだけど。


 ――風の音かな?


 それが正解だろうとは思うのに、やっぱりちょっと気になる。

 おばけ……とか、そういうのって結界に反応するのかな? 異世界の幽霊事情、まだよく知らないんだけど。


「相棒、ちょっと付き合って」


 相棒を杖の形に戻して、念のため、警戒しながら扉のほうに近づいてみる。

 索敵魔法展開――うん、何も反応はないな。

 結界の範囲よりも外まで索敵してみたけど、それらしい反応は全くない。


「一応、見てみる……かな」


 おそるおそる、ゆっくりと外開きの扉を開けてみる。

 何かが扉にぶつかって、からん、と高い音を立てて倒れた。



   ◆◇◆



「……これって、鱗?」


 扉の外に落ちていたものは、どうやら鱗のようだった。

 私の手のひらほどある、結構大きな鱗だ。

 真っ黒だけど、中にキラキラ光る微細な粒子みたいなものが見える。星空を眺めているみたいな見た目だ。


「これ……やっぱり見覚えあるな」


 私はこの鱗を知っていた。

 見間違いでなければ、この鱗はあの日、魔の森で助けたドラゴンのものだ。


 ――王都から帰ってきたときには、こんなの落ちてなかったよね?


 扉の真ん前だ。気づかないことなんてないだろう。

 ということはさっきの音。あの音はここに鱗が落ちてきた音だったのだろうか。


「傷一つないけど――まあ、ドラゴンの鱗だったら頑丈だし、空から落ちてきても傷一つつかないのかもしれないけど」


 なんか、すごく貴重なものを拾ってしまった気分だ。

 光に透かしてみる。

 驚くほど真っ黒な鱗はどこも光を通すことはない。端の厚みの薄いところですら、向こう側は全く見えないほど、深い闇色の鱗だった。


「綺麗だなぁ……」


 作業も忘れて、完全に見惚れていた。

 だって、ドラゴンの鱗だよ? これって自然に剥がれたのかな?

 痛くないならいいんだけど。


 ――あの子、また怪我とかしてないかな。


 そんなことを心配してしまう。

 師匠が、あのドラゴンのことをまだ子供だって言ってたし。前にあんな大怪我をしていたところを見てしまったのだ。心配にならないほうがおかしい。

 じっ、と鱗を観察する。

 無理やり剥がされたような、そんな感じではないよね?


「……ん?」


 じっと眺めていたら、鱗の周りにほわりと揺れる蜃気楼のようなものが見えた。


 ――これって、魔力?


 杖の先から魔力を放出したときに見える靄となんだか似ている気がする。

 そっと杖の先を近づけてみた。その靄に魔力を当てると、きらきらと光の粒子が舞う。やっぱりこれ、魔力だ。

 魔力同士をぶつけたときの反応と一緒だった。


「ドラゴンの魔力の残滓なのかな。すごいな……剥がれた鱗にもこんなにも魔力が残るなんて」


 本体を離れてしばらく経つはずなのに、魔力が霧散して消えないなんて。

 物質化や固定化を行った私の魔力がそうなるのは、魔術造形スキルのおかげだけど、これは普通の魔力だ。魔法にならなかった魔力はすぐに霧散してしまうって師匠も言っていたのに、やっぱりドラゴンは規格外の生き物なんだ。


「ってことは、この魔力を使って……実験できる?」


 ちょうど、自分以外の魔力がほしいと思っていたところだったけど。

 こんなタイミングのいいことがあっていいのだろうか。


「……あー、でも、ドラゴンの魔力を使って大丈夫かな?」


 どんなものが仕上がるのか、完全に未知だ。

 でも、わからないからこそやってみたい。面白そうだと思ってしまうのが私だったりする。師匠がここにいても、同じように背中を押すはずだ。


「やってみよ!」


 そうと決まれば、即行動。

 鱗の魔力を混ぜながら、魔力パテを生成する。

 あの日の記憶どおり、ドラゴンの魔力の混ざった魔力パテは驚くほど綺麗な無色透明だった。

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