第3話 引きこもり準備


 ニャオのご両親のお店で30食分の定食を作ってもらって、それを全部アイテムボックスに入れる。

 その他にも屋台のご飯やパンをたくさん買い込んで、つぎつぎ袋に放り込んでいった。

 ちなみに本当に袋に放り込んでいるわけじゃない。

 アイテムボックスになっている袋を手に持った状態で収納したいものに杖で触れると、勝手に収納される仕組みだ。入っているものはステータスウィンドウと同じ形で確認できて、取り出しも簡単という優れものだ。

 多分、ズボラな私のことを考えて、師匠が作ってくれたんだろうなぁ。

 師匠ってやっぱりすごい魔術師だったんだ。


「甘いものもほしいなぁ……」


 造形に没頭している間はお腹が減るって感覚も忘れちゃうんだけど、だからこそ、気づいたときには手遅れなぐらいお腹が減っていることがほとんどで。

 だから、簡単に口にできる甘いものは結構重宝するんだけど……いいのあるかなぁ。


「あ、これ美味しそう……う、高いな」


 甘い香りに誘われて辿り着いたのは、一口サイズのお菓子をたくさん売っている露店だった。

 人気なのか、女性たちが群がっている。

 異世界ってご飯がおいしくないとか、甘いものが少ないとか、そういう漫画や小説をたくさん読んだことがあったけど、この世界はそれに全く当てはまらない。

 結構おいしいものがたくさんあった。

 先に来た異世界人の賜物だったりするのかな?

 見知らぬ先人の誰かさん、そうだとしたら本当にありがとうございます。

 お金にそんなに余裕はないけど、少しだけ甘いものも買ってアイテムボックスに入れる。これはとっておきのときに食べるんだ。


「よーし。これで大丈夫そう……かな?」


 引きこもりの準備はこれぐらいでいいだろう。

 そういえば、さっきのお祭りの話だけど……出店審査の結果とは、詳細はどうやって確認すればいいんだろう。詳しいことを全然聞いてこなかったぞ?


「もう一回、魔術師ギルドに顔出しておくかな」


 工房に帰る前に、私はもう一度、魔術師ギルドに立ち寄ることに決めた。



   ◆◇◆



「あ、セトさん!」


 入るなり、受付カウンターからファーラに声を掛けられた。

 その隣に前に一度見かけた、立派なお髭の老魔術師が立っている。やっぱり、あの人がギルド長なのかな?

 カウンターの近くまで行くと、ぺこぺこと頭を下げながら、ファーラが近づいてきた。


「ごめんなさい。さっき、詳細をお伝えし忘れてしまって」

「あ、それ。私もちゃんと聞かなかったから」

「本当に申し訳ないです。あ、商人ギルドの審査は大丈夫だったので! 当日、露店を出していただけることは決定です!」


 どうやら、この短時間にそこまで話が進んでいたらしい。


「あの黄昏の魔術師殿が後見人なんじゃ。参加を反対するものは誰もおらんじゃろうって」

「ですね! ルトゥカリ様はこの国の大賢者様でもありますし」


 ――大賢者様? またなんかすごい称号が出てきたな。


 でも、師匠の名前パワーのおかげもあったんだね。

 自分用にも師匠の胸像作って、こっちもぴかぴかに磨いたほうがいいかな?


「ワシはこの魔術師ギルドのギルド長、カルタじゃ」

「初めまして。セトです」


 ――おお。名前が覚えやすい人が来た! いや、間違えてウノとかトランプとか言っちゃいそうだけど。


 似たようなものを連想して間違えることって結構あるよね。特にカタカナ。

 まあ、ギルド長って呼ぶことが多そうだし……名前で呼ぶことはなさそうだな。


「あれも、お主の作品なんじゃろ?」


 そう言ってギルド長が指差したのは、ファーラが自分のデスクに飾っている師匠の胸像だ。後ろに白い百合のようなお花が飾ってある。もしかして、ファーラが飾りつけしたのかな?

 ちょっとした祭壇にも見える。

 まあ、推しをそうやって飾りつけたい気持ちは、わからなくもないけど。


「そうですね。ああいうのも作ります」

「ああいうのも――ということは、露店に出すのはまた別のものというわけかな?」

「それは今から考えるんですけど……」


 作りたいものの構想はある。

 当日までに間に合うかどうかは、今からの頑張り次第だけど――やるしかない!!


「あ、そうだ。もしよかったら、ギルド長にご協力願えませんか?」

「わしか? ええぞ。面白そうなことなら大歓迎じゃ」


 ――なんだろう。この世界の人って娯楽に飢えてるの? それとも魔術師あるある?


 師匠も面白そうなことには、いつも興味津々だった。

 魔法を極めるって探求心が必要だから、魔術師はそういう人が集まりやすいのかもしれない。


「じゃあ、ええっと――」


 ひそひそ話をするように、ギルド長に一つお願いをする。

 ギルド長は「なんじゃ、そんなことか」というと、ローブのポケットから小瓶を取り出した。


「……ん? それは?」

「魔力を含みやすい水じゃな。これに魔力を流すと」

「おお、色が変わった!」


 ――何それ、面白い!!


 この世界にはまだまだ私の知らないことがたくさんあるみたいだ。


「ほれ。これでいいじゃろ」

「ありがとうございます!!!」


 受け取った小瓶をアイテムボックスに入れて、ギルド長に頭を下げる。

 これで、材料の一つが揃ったことになる。


「あ、祭り当日までの詳細をまとめたものをお渡ししておきますね。露店を出す場所は当日の朝、抽選で決まるんですけど、決まったらぜひギルドまで知らせに来てください! 全力で宣伝するので!!」

「ありがと、ファーラ」


 やっぱりファーラは女神だ。

 私も家に祭壇作ろうかな……すでに、ドラゴンの祭壇はあるけど。

 ちなみに今の工房に移って、一番最初に作ったのがその祭壇だった。作ったドラゴンのモデルになっているのはもちろん、あの日助けた黒いドラゴン。

 毎朝、お祈りだってしている。まあそれでも、うちはずっと閑古鳥だけど。


「じゃあ、またわからないことがあったら聞きに来るね」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 ファーラに手を振って、ギルドを出る。

 工房に帰宅する足取りは自然と早足になっていた。

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