第21話 鬼妖怪、大嶽丸現る

「な、なんの音っ!?」

「お館様〜!! かくりよ商店街の大通りの方から噴煙が上がっておりますテン」

「「これは大変だっ」」

「あれは、一大事!」

「「大変だ〜」」


 雷獣たちの騒ぎ声に僕たちが慌てて外に出ると、遠くの方で白煙と黒煙が入り混じったものが高々と空にもくもく上がっていく。


 僕たちは一斉に駆け出していった。

 騒ぎになっているかくりよ商店街の方へ――!


    ◇◆◇


 僕たちが到着すると、鬼の大群が押し寄せてきていた!

 あやかしたちの憩いの場所であるはずのかくりよ商店街には、似つかわしくない光景が広がっていた。


 戦いの先頭にはお菓子屋さんの火の鳥たちがいて、箒やモップを持って鬼の軍団と戦っている。

 それから火の鳥たちは口から火を吹いたりして、鬼たちと戦っている。


 鬼の大きさは子鬼から僕ぐらいの背丈のものや様々だったが、二階建ての建物より大きい鬼が一体いてお店や家を破壊していく。

 あちこちから火の手が上がる。

 逃げ回る妖怪たちと、戦う妖怪たちがいた。


 ――ひどい、突然……平和が壊れた!


 僕の知っているかくりよが、火の海に飲まれていく。

 どうして、怖くないとか思ったんだろう?

 怖い、怖い、怖い……。

 自分の力の及ばないこと、僕の力なんて到底敵わない相手が、目の前で暴れている。


「雪春! ここから、オレの背中の後から出るなよ!」

「……シグレ」


 シグレが扇を広げると結界の光が広がる。

 満願寺の和尚さんから教わったり特訓してきた成果が出て、シグレは守る術が使えるようになっていた。

 僕はあんまり成果が出ない。

 御札を以前にいくつかもらっていたのを投げるぐらいだ。母さんの扇を取り出して念じてみてもなんら変化がない、悲しいぐらいに僕は無力だ。


「澪さん、虎吉と雷獣たちと一緒に、雪春くんとシグレくんを守ってください。ハクセン! 俺と酒吞童子と、……蔵之進さんも共に戦いの最前線に行きましょう!」


 今まで戦いをするような目をしていなかった琥珀さんが雷獣の姿に変身変化して勇ましく駆け出していく。


「雪春! ボクは行くから。君たちを守るよ」

「ハクセン!!」


 九尾ハクセンは銀色に光る毛の狐の姿になって、走り出した。背後から狐火とクダギツネが出てきて、ハクセンを守りながら向かってくる鬼を退治していく。


「九尾総大将ハクセンのめいである! 出来るだけ敵の鬼どもは捕縛せよ! 命を奪うな! ただし、自身に危険が及び限界であれば討伐退治して構わん!」


 ハクセンの大声があたりに木霊こだました。

 ……ごめん、ハクセン。僕が躊躇ったから……。


「ハッ、甘ちゃんだな」


 そう言った酒呑童子は、言葉とは裏腹に笑っていた。


「僕のせいだ。……怪我したり被害が増えるかもしれない……」

「いいや、雪春。オレは構わんと思う。人間世界で暮らして来て楽しかった。……一部の優しい人間の考え、そういう平和主義も悪かあ無いと思うぜ」

「酒吞童子……」

「任せろ。あのなあ、妖怪も人間も嬉しくって楽しい方が良いに決まってる」


 酒呑童子は下戸だと言っていたが、どこからか日本酒の瓶を取り出してグイグイッと飲みだす。すると、人間とほとんど同じだった酒呑童子がみるみる赤い体の鬼に変化していった。襲ってくる鬼と違うのは金色の妖気を纏っていることだ。


「お前ら! 他の鬼と間違ってオレを討つんじゃねえぞ。……よおしっ、オレの仲間も呼んでやる。来いよ、【召喚カラス天狗!】【召喚ミズオロチ!】今が招集の時だ」


 酒呑童子がそう叫ぶと、カラス天狗の大群が空からやって来て大きな鬼に向かって行った。ミズオロチは水龍で天空からやって来ると大雨を降らしていく。


 結界の中で、虎吉と澪が僕たちを護るように両手を伸ばす。

 澪が両手を空に掲げると水龍の大雨にさらに勢いが増す嵐に変わっていく。


「……ねえ、隙を見て、三人は人間世界に帰ったほうが良さそうね。虎吉、一番近い扉を知ってる?」

「火の鳥の店が一番近いニャンが、でも鬼が大勢いるニャンよ?」

「……澪。オレは帰らねえよ。サクラちゃんと雪春を頼む」


 シグレがしっかりとした表情で澪に宣言すると、澪がはあーっとため息を付いた。


「この、頑固者! あなた、そういう正義感に溢れたとこ……昔からちっとも変わりませんわね」

「まあな。こんな修羅場で逃げ出せるほどオレは往生際が良くないんだよ、澪」

「……僕も戦うよ。みんなが気になるんだ。こんな戦いを目の前にして帰れないよ」

「私も戦わせて。足手まといにはならないようにするから」


 サクラさんがいつの間にか蔵さんの扇を握っていた。


「サクラちゃんは雪春と帰りなよ。その蔵さんの扇で帰れないの?」

「うーん、そんな高等な術は私には使えないの。出来るのは扇から特別な桜の花びらを出して鬼を祓って眠らすことぐらい」

「サ、サクラさん! いつの間にそんなこと出来るようになってたんですか?」

「ごめんね、黙ってて。……実は私、頼政さんの話を蔵さんから聞いて、いつかこんな日が来る気がしてた。……私、小さい頃から妖怪が視えて、お兄ちゃんから暴力を受けて両親からは育児放棄されてたのを言ってたよね?」


 サクラさんの顔には辛さと悲しみが滲み出ていた。

 僕は胸がぎゅっと痛んだ。シグレも視線を伏せている。


「ずっとずっと、どうにかしたかった。自分の手で、ちゃんと向き合いたかったの。怯えてばかりじゃ前に進めないもの。……少しずつ、蔵さんや甚五郎さんに邪気を祓う方法を習って。私ね、君たちを守りたいの。それから頼政さんを成仏させてあげたいの」


 虎吉も澪も黙っている。


 僕は不甲斐なかった。

 シグレもサクラさんも僕もただの人間だけど、二人は二人に出来ることをちゃんとやろうと向き合って、いつか害を成すかもしれない妖怪が現れるかもと特訓してきたんだ。

 そう、僕だって、真剣じゃなかったわけじゃない。けれど、覚悟がなかった。

 だって、僕は誰もかれも助けたいと願っていたから。


 自分一人で、大切な人たちを守りきれるなんて、どうしてそんな驕ったことを思っていたのだろう。

 実際はそんなの僕のただの理想論で、綺麗事で。

 一人、守れないものが、多くを全部を守れるわけがない。


 守るために戦うことが悪いことだとしたら、ここに正義もなにもなく、理不尽に命や大切なものを奪う驚異的な大嶽丸たちから逃げることしか手段がない。

 どこまでも追いかけてきたら? 逃げるだけで良いの?

 恐怖心と怯えにずっと苛まれて生きていかなくてはならない。


 僕は僕の信じる正義でもって、大嶽丸たち鬼の一族を封印しよう。

 ――これが、今の僕が出せる精一杯の答えだ。


「僕も捕縛封印する」

「はっ? 雪春、戦うのか?」

「ううん。戦うほど、僕には力が無いし、ごめん。やっぱり、命を奪うことには抵抗があるんだ。悪さをしている鬼たちを捕まえて封印することに専念するよ。……母さんの扇桜鏡はきっとそういうことなら力を貸してくれる気がする」


 結界のすぐそばに大きい鬼がやって来て、僕たちに鉄の棒を振るってくる。

 ガキンガキンと、結界に鉄の棒が当たる。


「澪、この結界壊れないよな?」

「シグレの祓いの力より鬼が強ければ壊れるわよ。待って、私が強化しますわ」


 結界の球体から澪が出ようとした時、ハクセンが来てくれた!


「――狐火炎華輪きつねびえんかりん! 広がれ、捕縛せよ!」


 凛々しい狐の姿のハクセンが僕らの結界前の鬼を狐火で倒していく。クダギツネが縄のようにぐるぐる取り巻いて鬼を捕縛する。


激流霧散水げきりゅうむさんすい――! あの鬼たちの妖気を吸収なさいな」


 澪が全身から水流で出来た小さな人魚をたくさん出して、ハクセンが倒した鬼たちを水で出来た紐でさらに纏めて縛り上げていく。暴れていた鬼たちが急に静かになる。

 妖気を吸われて、戦う気力が無くなったようだ。


「絶対に屈するなーっ! 【召喚妖狐! 召喚玉藻の前!】」


 九尾ハクセンが大声で叫ぶと、たくさんの妖狐たちが銀狐の獣の姿で山の方々ほうぼうからやって来る。十二単を着た玉藻の前のおばあちゃんも現れて、空中を飛んでいく。


「雪春、みんな。けっして無茶なことはしないように」


 そう言って笑って、ハクセンはウインクをした。

 僕はこんな最中なのになぜか、胸がドキッとした。

 妖狐総大将九尾ハクセンはまた戦いの前線だろう方向に走り出していく。

 九尾ハクセンの力強く四肢を動かし駆ける姿に、僕は目を奪われていた。


「ニャニャッ……! 鬼の数が多すぎる……、キリが無いニャン。……おい、お前たち! 一番のボス、お前たちの親玉の大嶽丸はどこにいるのニャ!?」


 虎吉が捕縛した鬼たちに向かって、鋭い爪を出して威嚇しながら話し掛ける。


「ね、猫又め、そんなの言うわけがないだろうが、バカもん。言ったら、大嶽丸様に即座に処刑されちまう」

「ニャニャッ!! バカとはなんニャ? ちょっとばかりお前らは痛い目見たほうが良さそうニャンね。おいらの大好きなかくりよ商店街をめちゃくちゃにするなんてニャ、腹が立ってるのニャン! 猫パンチと必殺猫ひっかきのどちらにするニャン?」

「ど、どっちもイヤに決まってんだろうが。わしらだって痛いのはイヤだ」


 虎吉がシャーッっと脅して一番大きい青鬼の目の前でパンチをしてみせる。


「大嶽丸の居場所を言わないと酷いことしちゃうニャんよ〜?」


 すると、背後で野太い声がした。


「ぐははははっ、俺サマをお呼びかな? 腑抜けな猫又、それにクズの集まりだな。……むかっ腹が立つぜ、我が宿敵の下等な人間野郎ども!」


 僕たちが振り返るとそこには、……蔵之進さんそっくりの武士の頼政さんの姿の大嶽丸がニヤリと不敵に笑いながら立っていた。

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