第8話 あっ、火の鳥だ

 か、体がビリビリする〜。

 渦に巻き込まれ、ぐるんぐるんと回るような感覚に襲われる。

 ひゃあっ、痺れた僕の体は自由が効かないよ。

 辺りは薄暗いがそんなに視界は悪くはない。

 うんっ? なんだかいい匂いがするな。

 なんだろう?

 ちょっと前を泳ぐようにしている虎吉は、まっすぐに遠くの光を目指している。


「もうじき抜けるニャ」

「目が回る〜」


 実際には体は回ってないし揺れてもいない。見えない水の中を漂っているような圧力を感じる。

 ちょっぴりまとわりつく液体の中を無理矢理進んでいるかのような。

 固くないゼリー?

 とろっとした……、そうだ、葛湯に触れてるみたい。


 ぽぉんっ――!


 押し出されるように結界の出入り口の穴から出ると、僕は地面に尻もちをついた。


「ニャハハハハ。初めて来た時のオイラと同じニャン」

「虎吉ぃ。ひどいや、笑って」

「ニャハハハッ、ごめんニャア」


 虎吉が手を差し伸べ、僕を立たせてくれた。痺れはもう無い。

 目の前にはでっかい朱色の扉がそびえるように建っている。

 周りは濃い霧でなんにも見えない。


「太鼓を叩くニャン」

「太鼓?」


 虎吉が「いでよ太鼓、ニャン」と言うと、頭上の霧からお祭りで使いそうな和太鼓とバチが下りてきた。

 僕の目の前で浮きながら止まっている。

 いったいこれはどういう仕組み?


「叩くニャンよ。思いっきりニャ!」


 虎吉に促されて、僕はバチを握りしめた。


 ひとつ、叩く――。

 どぉんっっ。

 ふたつ、叩く――。

 どぉんっっ。

 みっつ、叩く――。

 どぉんっっ。


 ゴゴゴォッと地鳴りをさせながら、朱色の門が開き出した。

 開いた門の先には……。


「商店街〜っ!?」


 招き猫が端から端まで描かれたアーチ型の看板には『あやかし商店街』と書かれている。

 虎吉と同時にアーチをくぐると、先の先までお店が連なっていた。遠くの道の霞んで見えなくなる場所までびっしりと並んでいる。


「わぁ〜、すごいや。こんな所があったんだね」

「妖怪やあやかし達、人ならざる者が経営してる商店街ニャンよ」


 人通り、いや妖怪通りが激しい。妖怪達がたくさんいる。老若男女、獣の姿、人の姿の妖怪、道具の姿のあやかし、恋人同士に子連れや家族でいる妖怪あやかしも。

 道の往来は賑やかで、僕は押されて人混み……妖怪混みにまみれた。


「お祭り並みに混んでるね」

「抱っこしてニャ〜ン」


 ぼふっと煙を立てて虎吉は二本尻尾の妖怪猫又の姿に戻ると、僕の胸までよじ登ってきた。


「混んでるのは苦手ニャ」


 虎吉は僕のTシャツに潜り込んで、顔だけを襟ぐりから覗かせた。


「そのまま真っ直ぐに進むと炎の形の建物が見えてくるニャンから、そこまで歩くのニャ。ゆけぇっ! 雪春ロボ」


 雪春ロボって、おいおい。

 虎吉ったら、まったく楽しようとして。


「猫はすぐ眠くなるニャンから。おやすみニャ」


 虎吉は出してた顔も僕のTシャツに潜っていく。虎吉は温かくてくすぐったい。


「く、くすぐったいよ。ちょちょちょ、ちょっと待ったぁ、虎吉ったら」


 寝るために体勢を整えているのか、虎吉がゴソゴソ動くたびに僕の胸やお腹がこそばゆい。


「雪春〜。着いたら起こしてくれればいいからニャンね」


 もう。仕方ないなぁ。

 既に寝息がしてきているので諦めて、僕は虎吉をお腹に抱えたまま、商店街を歩き出した。

 僕のぽっこりお腹は妖怪達にどう見えているのだろう。

 いや、妖怪達は僕なんかを気にしても見てもいなかった。

 買い物に忙しそうだ。

 皆、楽しそうにお店を巡っていく。

 店頭販売の蒸かしたお饅頭や甘酒が売られているお店や、焼き立てのお煎餅の香りがする。

 あぁ、これかな?

 さっきいい匂いがしてた。

 クッキーみたいな匂いもしてたな。

 僕はお土産を買いたくなった。

 家で待つ美空や彩花、みんなにも。


 僕は、化け草履が店頭に立つお店の、氷の結晶みたいな形のお饅頭を見ていた。


「これって何味なんですか?」

「こちらはね、お客さん。天空の味だよ」

「天空の味?」


 天空? どんな味がするんだろう?

 僕は興味を惹かれてお土産に欲しくなったけど、そういや妖怪のお店ってお金で買い物するんだろうか?

 人間社会のお金は使えないだろうな。ちょっぴり残念に思いながら店をあとにしようとしたら、店員の化け草履が話しかけて来た。


「お客さん、ご試食をどうぞ」


 化け草履は、手の上に天空の味のお饅頭を三つ置いた小お盆を載せ、僕に差し出して来た。


「ふふふっ。美味しいですよぉ。ささっ、どうぞ、どうぞ」


 藁で出来た化け草履の顔が大きな口の口角を上げて、愛想よく笑いながら縦に大きな一つ目を細めている。


「じゃあ、一ついただきます」

「駄目ニャンッ! 雪春っ!」


 鋭い声がして虎吉が僕のTシャツから顔を出す。


「あらら、猫又の虎吉じゃないですか」

「お前、この子が人間だと分かって薦めたニャンね?」


 寝てたはずの虎吉は怒気を含んだ声で化け草履に詰め寄る。……顔だけ。体は僕の服の中だ。


「まさかぁ、あやかしかと思いましたよ」


 化け草履はケタケタと気味悪く笑った。僕はゾッとして、背筋にひんやりと寒気が走った。


「なに? 虎吉、あれ食べちゃ駄目だったの?」

「魂抜けニャン。人間が食べると魂が天に昇って、体が空っぽになるニャ。その隙に妖怪が入り込んだりして宿主になるニャンよ」

「ケタケタケタ。魂が抜けた体は良い値で売れるんでさァ」


 化け草履の顔が豹変して妖気が立ち上る。ぞぞぞっと怖くなった。


「虎吉さんのお仲間じゃ、手出しが出来ないでさァ」


 にやりと笑うと化け草履の口から藁が吹き飛んだ。


「迷い込んだ人間を狙っても駄目ニャ。商店街を守る雷獣の長が懲らしめに来るニャンよ」

「雷獣の旦那はしばらく姿を見てないでさァ。そろそろ引退でしょうな。ケタケタ」


 僕は慌てて後退りをして、ぐるりと踵を返す。客の妖怪達を掻き分けながら、化け草履の店を出た。


「怖い妖怪だったね」

「いつもは雷獣の長が取り締まっているニャンがおかしいニャ。……雪春に言うの忘れてニャン。あやかし商店街には、人間に害のある物も売ってるから気をつけるニャンよ? 分かったニャ?」


 うぅっ、遅いよ、虎吉。

 ふうっ。変な汗かいた〜。

 再び目的のお店に向かって、妖怪達の歩みの流れに上手く加わりながら歩き出す。


「雪春なら目を凝らすと、禍々しい物や害のある物は見抜けるはずニャンよ?」

「えっ、そんなことが僕に出来るの?」

「感覚を研ぎ澄ますのニャ。雪春はだいぶ力がついてきて、危険な妖気を見破る力が備わってるはずニャンから」


 そう言われてもなあ。

 今さっき危ないお饅頭を食べかけた僕にはぜんぜん自信はない。




 珍しいお店を遠巻きに見ながら、僕は虎吉としばらく商店街を歩いた。

 寄ってみたいお店はあっちにもこっちにもあったが、化け草履の店で怖い目にあったばかりなので、僕の気持ちはやや警戒中。

 歩きつつ通りからちらちらと商品を眺めただけにした。

 キョロキョロお店を遠目に物色しながら進むうち、虎吉の言っていた炎の形のお店が見えてきた。


「あっ! 火の鳥だ」


 店頭には前掛けを掛けた火の鳥が何羽も羽根を器用に叩きながら客寄せをしていた。

 僕はいつかの口の悪い火の鳥を思い出す。


「いらっしゃい、いらっしゃい。寄っていかんかァ」

「ほらほらほら〜、すんげぇ上手い極上の菓子を食え〜。クエー。買っていけぇ、クエー」

「食べたら美味すぎて、ほっぺが落ちるクエー。心は天にも昇っちまうクエー」


 あぁ、そうそう、あんな感じだった。

 頭からぴよーんと銀色の毛が生えていて長い触覚みたいで、くちばしは鋭く尖っている。

 赤い火の鳥は羽根をバサバサと動かしてて、体にまとった弱い炎からは時折りパチッパチンと爆ぜる音がする。

 火の鳥達は、けたたましく騒いでる。


「早く買ってェ。美味しいゼィ」

「店にさぁさぁ入らんカァー。ご希望とあらば、自慢の飛行でどこまでも、疾風稲妻の如く菓子を届けるゼェェ〜!」


 僕は看板を仰ぎ見る。

 火の鳥が両方の羽を広げニカッと笑っているコミカルな絵が書かれ、横には『火の鳥の元祖お菓子屋さん』と文字が書いてあった。



        つづく


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