第2章 サクラさんと妖怪サトリ
第2章プロローグ 遠い遠い祭りの日の記憶〈蔵之進と咲乃〉
――まだ、広がる世界の片隅が闇の帳に染まりきらない、夏の蒸し暑い夜の
黒さと青さの交じる夕暮れ間近の空。
山向こうに落ちた太陽が、明るさをほんのり残してくれているようだった。
漆黒には少し遠い。
冴えた三日月が夜空に昇っていた。
あたりには蝉の鳴き声とお囃子とが響き渡り饗宴している。
八幡神社の祭りの帰り道、仲睦まじげな若い夫婦が屋敷を目指して家路を行く。
広い参道には老若男女の人々が往来し、行き交う。
出店の屋台の商売人たちの客寄せの声。
飾られたぼんぼり提灯。
妻の
彼は凛々しい
「夏とはいえ、身籠ったそなたには夜風は
蔵之進は咲乃をいたわり、山からひゅぉぉんと吹いてくる風から庇うように肩を抱き、守るようにした。
「大丈夫です。少しは歩いた方が私にもお腹の子にも良いと産婆様が申しておりました」
「そなたとの初めての子。俺は楽しみで仕方がない」
「まぁ、うふふ。
咲乃は蔵之進の顔を愛おしげに見つめた。蔵之進は照れくさそうに笑った。
「兄上、随分捜しましたよ」
――そこで急に視界は暗くなり、意識が途絶えはじめた。
「うぅっ……、なんだ?」
蔵之進は背中に
「蔵之進さまぁっ! 蔵之進様っ」
咲乃の悲鳴が遠のく命の
「兄上、お命頂戴つかまつった」
「よ、頼政。……お前、……な、……なぜ?」
この声は腹違いの弟
人混みに紛れ気配を消し、背後から蔵之進を斬った人物は、血を半分分けた兄弟だった。
咲乃、咲乃。
すまない、油断した。
幸せすぎて、俺は……。
まさか頼政が我が身を恨んでいようとは。
「せめ……て」
蔵之進は暗くなる視界のなか、最期に渾身の力を込めて、愛刀を横一文字に振るった。
仕留めたと思って勝利に酔い気を抜いていた頼政はその一太刀であっさりと絶命した。
蔵之進は願っていた。
咲乃と春先に見た、あの美しい桜の大樹になりたい。
そうしたら、愛する咲乃と愛しい我が子の誕生と行く末を、そばでずっと見守ることが出来るのに――と。
――死に際に望んだ。
それが蔵之進の最期の願いだった。
願いは天の神にか、桜の大樹かに届き聞き入れられ。
――叶って、彼は桜の木の妖かしになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。