第2話 おじいちゃんのお店

 父さんは三日経っても帰って来なかった。

 困り果てていると、何故かおじいちゃんからタイミングよく電話があって、途方に暮れていた僕らは駆けつけてきたおじいちゃんに救われた。


 チリリリ……ン。


 なんだろう?

 おじいちゃんがドアからうちに入って来た時、部屋のなかで不思議な澄んだ鈴の音がした気がした。


「頑張ったな。心配ない、心配ない」

 おじいちゃんはゴツゴツした大きな手で彩花を抱きしめた後、堪えきれずに泣いている美空の頭を撫でながら慰めてくれた。

 そして、おじいちゃんは僕の頭も撫で「雪春が一番気ぃ張ったな。よく頑張った。もう心配はいらないぞ」と安心させるように笑った。

 僕の緊張で固まっていた心は、少し解放された。



 それから、警察が僕らのアパートに来たり、父さんの捜索願いをおじいちゃんが出した。その間、僕は泣きたくなるのをぐっと我慢していた。口をぎゅっと結び、奥歯を噛んでいた。

 美空と彩花の前では、しっかりとしたお兄ちゃんで居たかったからだ。


 まるで、テレビドラマを観ているみたいだった。現実感はまるでなかった。夢だったらいいのに……。何度そう願っても、父さんの失踪は現実のことだった。


 僕らはおじいちゃんに引き取られることになった。



 ❀✿❀



 関東地方の海なし県に住んでいた僕らの家から、引っ越しのトラックに何時間も揺られていた。

 おじいちゃんの家は、海のある南の土地で定食屋さんをやっているらしい。

『らしい』というのは、実はおじいちゃんの家に僕らは来たことが無かった。


 おじいちゃんは、亡くなった母さんのお父さんです。

 母さんは父さんと駆け落ちして結婚して、僕らを産んだ。

 おじいちゃんはとっくに二人を許していたらしいけど、父さんとは意地を張って会おうとはしなかった。


 僕らは時々上京してくるおじいちゃんと年に数回会って過ごしていた。

 暗黙の秘密というやつで、父さんはおじいちゃんが僕らと母さんと東京観光や遊びに行ったりしているって、知ってるのに知らないふりをした。

 大人って、どうしてそんなまどろっこしい事をするのかは分からないけど。

 きっと父さんとおじいちゃんは、今更仲良くするのが気恥ずかしいのかもしれない。面倒くさい性格をしてるんだ、二人とも。

 

 そんなんだから、おじいちゃんの家には来たことが一度も無かった。写真では見せてもらっていた。

 僕は前にその写真に奇妙なモノを見つけていたが誰にも言わなかった。


 ――着物を着ている……武士? と、犬のような耳をつけた子供に、二本の尻尾を持つこちらも獣の耳を持つ子供。

 なんだ、これ。

 薄ぼんやりとした人間らしくない姿が、お店の引き戸の前に三人も見えている。


 僕は引っ越しトラックに乗り、おじいちゃんと美空と彩花は引っ越し業者のワンボックスカーに乗っていた。

 トラックから見る景色は初めて通る道、初めて訪れる場所ばかりだ。


 仕方のないことだけど、僕は引っ越しも転校もしたくなかった。慣れた学校やずっと住んでいた場所から離れるのは辛い。

 彩花も美空も僕が守らなくちゃと思っていたし、おじいちゃんのおかげで助かったとは思ったけれど、環境を急に変わるのは悲しかった。


 彩花はおじいちゃんの家に行けるとはしゃいでいた。無邪気でうらやましい。あまりことの重大さが分からないのか、彩花は究極のポジティブなのか。また、しばらくしたら、元の家に帰れると思っているんだろうか。

 僕は彩花を泣かしたくなかったから、深刻な顔を見せないように頑張った。「帰れないんだぞ?」と念を押すこともしなかった。


 美空は何も不満は言わず、おじいちゃんがする同居の提案の話にこくっこくっと行儀よく頷くだけだった。


 ねぇ、父さん、どこに行ってしまったの?


 僕は、ぼんやりと茶畑やみかん畑や水田を眺めているうちに、車の心地よい振動に揺られて、微睡まどろんでいた。


         つづく


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る