第3話

「え、うそ。それ本気で言ってたの?」

「また最後のマエストロ、橘開成の話かよ」

「元気はピアノ科だろ。指揮科が廃止されたってのは、もう本当に需要がないってことでしょ」

「芸術は終わったんだよ」

「ほんとそれ。それにさ、今日のガイダンスでも、嫌な人は働かなくてもいいっていってたしな」

「俺たちの世代ってラッキーでしょ。生活給は政府から支給。働かなくていいんだぜ。昔は過労死なんて言葉もあったらしいじゃんか」

「苦しまない楽な生き方の追究って、国の方向性もいいよね。俺らのことわかってるじゃん。今の世の中には、これ絶対に必要でしょ。やっぱり俺、中退しようかなあ。音楽にしがみつくより、コンピュータ補助の仕事の方が楽だし」

 僕が黙っていることをいいことに、彼らは構わず話を続ける。

「音楽関係の仕事なんて一握りだし、どうせ無理だろうから俺は諦めたわ。やっと決心がついたわ。コンピュータ補助でもいいけど、俺は全く働かずに、支給される金でのほほんとすごそうかなあ」

「……、でも、それって楽しいのかな」

「まあ、不安だけどな」

「コンピュータ補助の仕事もな、生きがいは感じにくそうだよなあ……」

 僕を置いてけぼりにして、友人たちは話を続けている。練習棟の1階には僕たちしかいないから、それぞれの声が響いた。

 これ以上は黙っていられなかった。僕はむきになって、主張をする。

「だからこそ、僕たちの出番だって。音楽家として、こうあるべきという生き様を見せていこうよ」

 僕の言葉を聞いて、友人たちは顔を見合わせた。

「なあ元気、冷静になれよ。時代は変わった。すべての音楽がコンピュータで再現できる世の中になった。もう音楽は仕事にならないよ。元気も体験しただろ、200年も昔の、録音技術が未発達だった時代の音源だって、完璧な臨場感で再現することができる。それに、大昔は「打ち込み音楽」だなんて馬鹿にされたらしいけど、タイミングのちょっとした遅れ、奏者のクセ、息づかいだって、コンピュータが過去の演奏を学習して完璧な音楽ができあがる。人間がやれることなんて、もうないんだって」

「そんなことは関係ない。音大に来た志を、僕たちの使命を忘れるなって」

「おいおい、勝手に一緒にするなよ」

 友人たちは、いや大学の同期たちは、僕との話を切り上げて歩き出す。

「なんだよ、弱虫だな。そうやって不安になって、弱気になって、馬鹿みたいだ」

 僕の声は、彼らに届いたのだろうか。彼らが振り向くことはなかった。議論する気すらないのか。今日は1か月に1回のスクーリングの日、明日からはまたオンラインの生活に戻るというのに。

 自動ドアが閉まると同時に、ぴたりと空気の流れが止まる。何も聞こえなくなった。僕は天井を見上げ、そして目を閉じた。

 肩にすっと温もりが帯びる。目を開くと、ひかりの姿があった。

「ほら、わたしたちも帰ろう」

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