Chapter13-1 港町・築島(5)

 セイラの一件以外はトラブルもなく、その日の街巡りは終了した。当の本人は最初こそ落ち込んだ様子だったけど、カロンたちが励ましたこともあって持ち直している。


 そして、街巡りを終えた夜。


 旅行中でも恋人たちとの時間は欠かせないため、オレたちは談話室に集合していた。直近の出来事とあって、話題は必然的に街巡りの内容となる。


 他のグループも、十二分に観光を楽しんだらしい。全員、着物を購入していたのは、少し笑いを誘った。まぁ、彼女たちなら当然の判断か。


 ただ、平穏に終わったとは言い難かったよう。


「みんなが無事で良かったよ」


 オレは安堵と溜息を混ぜる。


 他の二グループも、セイラへ使われたのと同じ罠を仕向けられていたんだ。スラムの子どもを利用した誘い込みを。


 部下から報告を受けていたとはいえ、言葉にすると、改めて安堵の気持ちが湧いてくる。


「うん。誰も引っかからなかったけど」


「こっちもよ。実行犯の子どもと背後で控えていた奴らは、部下に確保させたわ」


 肩を竦めたのは、グループの代表を担っていたニナとミネルヴァだ。何てことはないといった風に返す。


 当然の反応だろう。普通は、あのような罠に引っかからない。軽い思考誘導を受けたとしても、ノコノコついていくわけがなかった。ダンやミリアみたいな能天気組でも、その程度の危機管理はできている。


 要するに、セイラは最低限の危機感も備えていないことになるんだが……うん、教え込むのは急務かもしれないな。


 ちなみに、捕らえた犯人たちの尋問は、すでに終わっている。現在は、裏で糸を引いていた連中を調べているところだ。


 部下たちが優秀で、本当に嬉しいよ。お陰さまで、よっぽどの強敵でもない限りは楽をしていられる。


「そちらは、誰が声を掛けられたのですか?」


 捜査が進んでいることは、恋人たちも知っている。ゆえに、カロンは気兼ねなく話題を続けた。


 彼女の問いに口を開いたのは、


「わたしだよ~」


「あ、ああ、あたし、です……」


 マリナとスキアだった。


 なるほど。誘いに乗るか否かは別として、納得の人選ではある。


 カロンも同意見だったようで、「嗚呼」と得心の声を漏らした。


 対し、マリナは不服そうに唇を尖らせる。


「失礼しちゃうよねぇ。わたし、そんなに扱いやすそうに見えるかな?」


 見えるよ、と即答しそうになるのを堪える。


 マリナは容姿も雰囲気もほわほわ・・・・しているからなぁ。周囲に甘く見られがちだ。その実、割と強かな面もあるので、なめてかかると返り討ちに遭うんだが。


 彼女の溜息に、ミネルヴァが容赦なく答える。


「見えるわね。あなたは気配がゆるゆるすぎるのよ。もっとシャキッとしなさい」


「うぐぅ」


 見事な右ストレートだった。図星すぎて、マリナも苦悶の声を漏らす。


 しかし、彼女も殴られっぱなしではなかった。「で、でも」と反論を試みる。


「わたしたちのグループには、ダンくんとミリアちゃんもいたんだよ?」


「それは……」


「子どもへ優しくできるかどうかも、加味されたのかも?」


「それはあり得そうですね」


 マリナの言い分はもっともだと感じたらしく、ミネルヴァは言葉に詰まった。次いで、ニナが自論を語り、カロンが納得だと深く頷く。


 まぁ、ニナの推察は当たっているだろうけど、四人とも何気に酷いな。彼女たちの言い分だと、ダンとミリアはチョロい人物だと認めたようなものだぞ。……いや、彼らの阿呆さ加減を考慮すると、まったく否定できないけども。


 やいのやいのとカロンたちが盛り上がっていたところ、不意にオルカが呟く。


「ボクとしては、スキアちゃんが無事だったのが意外かも」


「その点は私も同感ですね。スキアさんは押しに弱いですから」


 すると、シオンも同意だと首肯した。


 使用人の彼女には珍しい口出しだが、恋人同士の談笑では遠慮するなと全員が告げているんだ。この場においては、何の不自然もない。


 水の先を向けられたスキアは、何とも言えない複雑な表情を浮かべている。感情の色的に、『否定したくても否定できない』かな。自分の性格をよく理解している証左だった。


 オレは苦笑を溢しつつ、考え浮かんだ推論を口にする。


「たぶん、固まっちゃったんじゃないか?」


「「固まった?」」


 疑問を投じた二人が、そろって首を傾いだ。うん、可愛いね。


 逆に、当人であるスキアはビクリと肩を震わせる。予想は的中したらしい。


「人見知りで対人能力に難のある彼女だ。突然見ず知らずの子どもに話しかけられて、どう対応していいのか分からなくなったんだと思う」


 石像の如く硬直するスキアの姿は想像に難くない。


 つらつらと語り終えると、スキアはコクコクと首を縦に振った。かなり精度が高かったようで、『何で知ってるの?』と言いたげに目を丸くしてる。


「ゼクスにぃ、スキアちゃんの理解度が深すぎない?」


「婚約者だし」


「その論理で行くと、私たちの行動パターンも完全網羅されていそうですが……」


「当然だろう?」


 オルカとシオンの疑念に、オレは軽く返す。


 愛するヒトたちの性格を熟知していないで、どうやって危険から守るんだよ。これくらいの情報精査は基本だと思う。


 ストーカーに間違われかねないが、貴族は四六時中部下が張り付くのも当然である以上、プライベートもへったくれもない。その辺は環境と価値観の違いだな。


 それに、当の三人は面映ゆいといった感じで頬を緩めている。感情も喜色に染まっていた。あまり心配する必要はなさそうだった。


 こんな風に、今日もイチャイチャしながら英気を養う。可愛い恋人たちと過ごす夜は、あっという間に更けていった。








○●○●○●○●








 月が厚い雲に覆われ、星々の頼りない光のみが大地を照らす深更。海辺独特の重く粘りのある風が吹く中、オレはベッドから身を起こした。同時に【刻外】を解除し、時間の流れを正常に戻す。


 立ち上がったオレは、両腕を上へ持ち上げて背伸びをした。肩や背中の筋肉が引っ張られ、程良い快感を生む。


「うん。いい目覚めだ」


 夜も深い時間帯だけど、オレの就寝はおしまい。これから再び仕事が始まる。


 といっても、無理はしていない。【刻外】のお陰で睡眠時間はしっかり確保できているし、身体疲労も【身体強化】で軽減できている。魔力はゴッソリ削れているものの、それだって総量と比較したら微々たるもの。体調は万全だった。オレって、割と疲労と無縁なんだよね。


 まぁ、わざわざ深夜に起きるのは珍しいか。でも、仕方ない。お客さんが訪問される以上、出迎えないわけにはいかない。


 軽いストレッチを終えたオレは、二ヵ所に【念話】を繋げた。一つは屋敷防衛の深夜担当へ。もう一つは、こちらへ呪物をけしかけた黒幕を調査している部隊へ。


『首尾は?』


 短い問いかけだが、意味は十分伝わる。部下たちは異口同音に『準備万端です』と返してきた。


 そいつは重畳。


 指示があるまで待機するよう申しつけつつ、【念話】を切る。


 それから、オレは探知術の範囲を大きく広げた。三つの屋敷を覆うに飽き足らず、何なら築島つきしま全土を網羅するくらいに。


 無論、魔力隠蔽も忘れない。施しておかないと、就寝中のカロンたちを起こしてしまう。彼女たちの睡眠は邪魔したくない。


 十分程度は経過しただろうか。ついに、待望のお客さまが現れた。いや、探知によって結構前より捉えていたので、『ついに到着した』と表現する方が正しいかな?


 お客さま全員が屋敷へエントリーした時点で、【異相世界バウレ・デ・テゾロ】を展開する。取り込む対象はオレ、守衛の部下、お客さまの三種だ。


 内部は築島つきしまを模したため、お客さま……もういいや。敵の手配した暗殺者たちは、籠の中の鳥であることを自覚していない。職務をまっとうしようと屋敷の各地へ散っていく。


 五チームに分かれたな。一チーム五人か。それぞれの動きに淀みはない。紛うことなきプロだな。おそらく、内部の見取り図も入手済みなんだろう。


 とはいえ、オレたちフォラナーダの脅威には程遠い。ほら、そうこうしているうちに、二チームが罠に引っかかって全滅した。


 残る三チームも問題ない。そろそろ部下たちが接敵……うん、殲滅した模様。尋問用の賊も確保している徹底ぶりだ。


 わずか五分で暗殺者部隊は排除された。これほど手際良く倒せるのなら、【異相世界バウレ・デ・テゾロ】は余計だったかもしれない。


 暗殺者排除の【念話】を受け取ってから、オレは世界を元へ戻す。


 そして、待機中の部隊――黒幕調査の方に連絡を入れた。


『開始しろ』


『了解』


 小気味良い返事の後、探知術より騒動の気配を感じ取る。


 実のところ、暗殺者を仕向けられたのは、事前に察知していた。昼間の一件で捕縛した連中から、黒幕の情報や連絡網などを搾り取っていたために。


 その時点で強襲をかけても良かったんだが、どうせなら一切反論できない状況におとしいれたかった。セイラたちの一件は、害が及ぶまで実行されていないもの。


 侯爵の居城へ暗殺者を差し向けたとなれば、もはや言い逃れは不可能。もちろん、暗殺者への依頼等も差し押さえてある。完璧な布陣だった。


「これで、ひとまずはうみを出し切れたと思いたいね」


 黒幕の住処が制圧されるまで、三十分とかからなかった。

 

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