Chapter12-5 野望と衝動(1)

「本日より世話になる、モナルカ・アルマハト・フォール・アンプラードだ。クラブ中は気軽にモナルカと呼んでくれて構わない。よろしく頼む!」


 辻斬り実行犯を打倒してから一週間後。いつものようにクラブ活動を始めるオレたちだったが、その前にモナルカが意気揚々と挨拶してきた。


 何でこの場にいるのかは、先のセリフがすべてを物語っているだろう。どういうわけか、彼は『アルヴム』へ移籍することが決まってしまったんだ。


 ――いや、『どういうわけか』なんて言ったけど、理由は分かっている。そも、事前に相談は受けていたからな。


 そう難しい話ではない。以前の合同練習騒動により、モナルカを『スペース』に在籍させたままにするのはマズイと学園や王宮は判断したんだ。そして、代わりに『アルヴム』への移籍を打診した。それを彼が受け入れたため、この状況へと至ったわけである。


 王宮派の連中やディマは、面倒ごとはオレに回せば良いと考えていないか? ここ最近、色々と押し付けられている気がするぞ。


 結局、提案を受け入れているんだけどな。牽制を込めて代価をかなり吹っかけたので、今後は安易に頼ってこないだろう。しばらくの間、国内経済はフォラナーダの支配下だ、フハハハ。


 冗談はさておき、今はモナルカの話だ。


 正直、彼が移籍を受け入れるのは意外だった。合同練習を一般公開したり、オレに“闘技”を挑んだりした動機から分かる通り、彼の留学の目的は地盤固めだ。帝位を手に入れるため、聖王国でも支持を得ようと動いていたのは明らか。


 であるなら、出来上がりつつあった派閥から切り離されるのは、モナルカにとって痛手のはず。もっと渋ると予想していた。


 まぁ、有象無象よりもフォラナーダを取ったとも考えられるけど、実際のところは違った。


 何故断言できるかと言えば、事前に本人から話を伺っていたんだ。曰く、『フォラナーダ卿の強さの秘密を知りたい』だそう。


 些か呆れてしまった。ある意味、感心したと表しても良いか。あれだけ完敗しておいて、それをバネに燃え上がるとは思わなんだ。何なら、オレを追い越してやるという気概も感じられたし。


 いやはや、いっそ清々しいほどの蛮勇だ。負けず嫌いのミネルヴァでさえ、オレより強くなるのは諦めているのに、まったく心が折れていないなんてね。これくらい諦めが悪く貪欲ではないと、皇帝は務まらないのか?


 そんな理由もあり、クラブ活動中はモナルカも大人しくしてくれるだろう。強さを求めるのに集中するはず。そも、鍛錬でボロボロになるので、余計なことを考える暇はないと思うが。


 他国の皇子を真面目に鍛えて良いのかって?


 最善ではないが、悪くない選択だとオレは考えている。強くなると言っても、オレのコントロール下でのこと。いざという時の対処はしやすい。


 それに……根拠はないんだが、モナルカは精々レベル80程度までしか成長しない気がする。これまで多くの部下を育ててきたオレの観察眼が、そう結論を出していた。


 それくらいなら、フォラナーダの使用人が十人で当たるだけでも始末可能。心配はいらなかった。勘が外れる可能性もあるので、今後の動向には注意が必要だけどね。


 前もって説明済みだったお陰で、メンバーたちは落ち着いて挨拶を交わしていく。さすがに平民組は緊張しているようだけど、そのうち慣れるだろう。モナルカは態度が尊大なだけで、細かいミスに怒るほど狭量ではない。


 というか、


「おう、モナルカさまか。俺はダンだ、よろしくな!」


「はははは。私相手に、なかなかの胆力だ。貴殿はきっと大成するぞ。このモナルカが保証しよう!」


「そうか? ありがとう!」


 ダンの無礼千万な態度に対しても笑って流してしまうんだから、懐が大きいというレベルではなかった。


 ちなみに、この会話の直後、ダンはターラを筆頭とした部員全員から説教を受けた。無論、鉄拳制裁込みである。あいつ、言葉だけでは理解しないからな……。


 そういった悶着を挟みつつ、オレは今回の予定をみんなへ告げる。


「今日は初参加のモナルカ殿下もいるし、模擬戦を中心に行おう。殿下に実力を見せておいた方がいい」


 主に、無駄な衝突を避けるために、な。


 今でこそ大人しくしているが、それは完敗したオレの前だから。本来、モナルカは唯我独尊を行く性格である。最初に力の差を示しておかないと、いらぬトラブルが発生するだろう。


「別案はあるか、カロン」


 部長はカロンに伺いを立てる。


 もっとも、この計画については話し合い済みなので、形式的なものだ。


 彼女は首を横に振った。


「いいえ、異論はありません。お兄さまの案でいきましょう」


「『アルヴム』の実力を目の当たりにできるのか。前回の合同練習は、フォラナーダ卿との戦いで消耗しすぎて参加できなかったからな。とても楽しみだ」


 快活に笑うモナルカ。


 その笑顔がいつまで続くか、こちらも楽しみである。








 一通りの試合が終わった。模擬戦ゆえに全員本気ではなかったが、おおむね今の実力を示せたと思う。


 カロンたちは相変わらず。ニナが多少リードしているくらいで、カロン、ミネルヴァ、オルカ、マリナは僅差。


 スキアとユリィカは前述した五人より劣るものの、以前よりもだいぶ追いついてきている。


 ターラも成長著しいな。この調子で育てば、一年後にはフォラナーダの騎士が束でかかっても負けなくなると思う。


 ダンとミリアも着実に実力を上げている。他学年なら、間違いなく首席を狙えるだろう。たぶん、この二人ならモナルカと良い勝負ができる。


 最後に新入生のアルトゥーロとモーガン。まだ始めたばかりだが、鍛錬の成果は上がっているようだ。入部直後よりも強くなっている。ただ、単独ではモナルカの方が強い。コンビで挑めば拮抗できるかな。


 一つ気掛かりな点を挙げるなら、スキアを除く婚約者&恋人組か。『魔王の終末』以来、まったくレベルが上がっていないんだよな。


 いやまぁ、限界突破レベルオーバーしている時点で、【鑑定】での観測は正確性を欠いているんだけど、それにしたって不自然さが拭えない。


 もしかしたら、彼女たちは成長限界が近いのかもしれない。


 色々ぶっ壊れているオレと違って、素のスペックで勝負し続けてきたもんなぁ。当然と言えば当然。むしろ、ここまで育った方が奇跡だった。


 とはいえ、今でもカロンたちは十分強い。魔法司にも負けない実力なんだから、成長限界に至っても支障はないか。


 それぞれの評価を終えたオレは、隣で模擬戦を観戦していたモナルカへ問う。


「どうでした、殿下」


「いやはや、世界は広いな……」


 乾いた笑声を溢す彼だが、未だ目の輝きは失われていなかった。そのガッツだけはスゴイと認められるよ。


 モナルカは続ける。


「自らの弱さを痛感したが、同時に希望も見えた。新入生二人は、以前よりも格段に強くなっている。ともすれば、私も確実に強くなれるだろう。実に楽しみだ」


「その分、つらいですけどね。大多数のヒトが音を上げます」


「そうでなくては、つまらない」


 こちらの脅しも、軽く受け流してしまう。


 何となくモナルカの性質が分かってきた。彼は根っからのギャンブラー気質だ。スリルがあればあるほど楽しめるタイプ。野心も豊富ゆえに、挑戦をまったく恐れないんだ。


 他の皇族がどんな人物かは知らないけど、モナルカが帝位を奪い取るかもしれないな。


 同じ性質の持ち主か、よほどの策略家がいない限り、彼を打ち負かすのは難しい。だって、諦めないんだもの。


 帝国の未来を薄っすら予想しつつ、その日のクラブは軽い基礎鍛錬で終わる。


 嗚呼。初参加のモナルカは、見事に気絶しましたとも。皇族だからといって手抜きはしないさ。

 

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