Chapter11-2 黒(1)

 指定された時刻が訪れ、部下の皆々は各自散開していきました。彼らは陰での情報収集に務め、わたくしたちの援護を担当してくれます。


 再会できるのは、すべてが終わった後でしょう。全員と笑顔で顔を合わせられることを願います。


「なぁ、やっぱり――」


「却下」


 勇者とリナ、そしてお守り担当の部下たちが城を離れようとした際、名残惜しそうな表情で勇者が口を開きました。


 途中でニナがバッサリ切り捨てましたが、何を言おうとしたのかは察しがつきます。大方、わたくしたちとの同行を諦めていなかったのでしょう。


 彼が、本気でこちらを心配しているのは感じ取れます。その心意気はありがたく思いますが、実力の伴わない世話焼きは迷惑でしかありません。


 己の力不足は勇者自身が痛感しているのでしょう。それ以上、言葉を募ることはありませんでした。


 彼の傍に寄り添うリナさんも、姉にチラチラ視線を向けているものの、一切口を開きません。何か思うところがある態度ですけれど、沈黙を通していらっしゃいました。場の空気を読んでいるのかもしれませんね。以前あった猪突猛進さは、多少は改善されたようです。


「それでは、我々は出発いたします。ご武運を」


「そっちも気を付けてね」


 あちらの部隊長を務める騎士とオルカが挨拶を交わし、彼らはいよいよ別行動を開始します。わたくしたちに背を向け、迷うことなく前進してきます。


 勇者やリナさんだけはチラチラとこちらへ視線を送っていましたが、それでも歩みに躊躇ちゅうちょはありませんでした。瀬戸際の現状を理解できぬほど、二人もバカではないようです。この二年間の経験が活きていらっしゃるのでしょう。


 さて、こちらも移動しなくてはいけませんね。


 見送りもそこそこに、自らの行動へと移そうと気持ちを改めるわたくしたち。


 ですが、その切り替えは、別のものに変更せざるを得なくなりました。


 何故なら、


「――ッ。敵襲だよ! 魔族が四人、接近してる。目標は……ユーダイくんの方!?」


 マリナの注意喚起があったために、瞬時に戦闘態勢へと切り替えました。


 少し遅れて、わたくしの探知にも敵影が引っかかります。マリナほど正確に判断はできませんが、四人の魔族で間違いなさそうです。しかも、彼らが真っすぐ向かうのは勇者たち。


 お兄さまのように、相手の力量を遠距離より測る術は持ち合わせておりませんが、ここで『勇者たちのみで倒せる』などと楽観視はできません。


「彼らの元に向かうのはミネルヴァちゃん、シオンねぇでお願い。残りはこの場で待機。伏兵に備えるよ」


 即座に指示を出すオルカ。


 指名された二人は首肯しつつ、勇者たちの元へ駆け出します。敵はかなりの速度で近づいてきていますが、シオンたちの方が早く到着するでしょう。


 それを見送る中、ニナが問われました。


「二人だけでいいの?」


「うん。相手の狙いがハッキリしない現状、対応力の高い二人がベストだ。敵の本命はカロンちゃんたち光魔法師で、こっちの戦力を削る狙いなのかもしれないし」


 オルカの説明は、実に納得できるものでした。


 勇者たちを狙う魔族が囮という説は、とても合理的な作戦です。今のところ伏兵の気配は感じられませんけれど、万が一に備えるのは当然でしょう。


 それに、送り出した二人が、数の不利程度で敗北するとは考えられません。最低でも、撤退くらいは可能だと思います。まぁ、最悪の場合は、待機しているわたくしたちが加勢すれば良いですし。


 待機組はそっと物陰に身を隠し、敵襲を待ちました。シオンとミネルヴァも無事に勇者たちと合流し、襲撃への態勢を整えます。


 十秒前後して、ついに四人の魔族が現れました。風を切って飛来してきた彼らは、勇者たちの頭上で急停止します。


 浅黒い肌、頭頂部より突き出た二つの角、背中から生える肉塊の如き翼。個人差はありますが、紛うことなき魔族の特徴を有した四人でした。


 男女比は三対一。全員が豪奢ごうしゃなローブをまとっており、相応の地位についていると判断できます。


 また、まとう魔力量からして、結構上位の実力者ですね。力量を測るのは得意ではありませんが、四人全員が勇者と同等くらいありそうです。


 つまり、シオンやミネルヴァの敵ではありません。隠れているわたくしたちに気づかない時点で、色々とお察しでしたが。


 突然の強者といった懸念は払拭でき、幾許か肩の力が抜けました。とはいえ、完全に気は抜けませんね。増援等の警戒は未だ必要です。


 気を引き締め直しつつ、あちらの様子を窺います。


 まず、魔族側が動きました。四人それぞれが名乗りを上げたのです。


「我が名はフラギリス。黒の大魔法司メガロフィアさまにお仕えする四天王の筆頭」


「同じく四天王のシュヴァハ」


「アズィナモよ」


「デボレだ」


 “黒の大魔法司”ですか。そのネーミングセンスには、どこか既視感を覚えますね。


 メガロフィア・クラボは、たしか『東の魔王』――紫の魔法司の名前だったはずです。ガルナ曰く、メガロフィアはグリューエンにゾッコンだったようなので、十中八九、名乗りをマネしたのでしょう。


 名乗り終えた後、一斉に魔力を放出する四天王たち。


 さすがは魔族。人類のそれを遥かに上回る膨大な量でした。並のヒトならば、この当たりだけで腰を抜かしてしまうと思います。現に、勇者とリナは僅かに怯んだ様子を見せました。


 とはいえ、動揺するのは二人のみ。お兄さまの訓練を受けたフォラナーダの面々が、この程度の威圧で臆するはずがありません。


「私はミネルヴァ・オールレーニ・ユ・カリ・ロラムベルよ。他の面々も名乗らせたいところだけれど、私たちは急いでいるの。割愛させてもらうわ」


 堂々と名乗り返すのはミネルヴァでした。フンと鼻を鳴らし、お前たちに構っている暇などないと、言外に強く伝えます。


 わざわざ挑発するような発言をしたのは、相手より情報を引き出すためでしょう。


 ここに来て別の魔王勢力が登場したのですから、当然の対応でしょう。敵が増える可能性が認められた以上、放置する選択肢はありません。


 それを受けた四天王たちは、彼女へ感心した態度を見せました。


「ほぅ。我らの魔力を浴びても動じないか」


「見どころある」


「人間にしては、だけどねぇ」


「下らん。身の程を知れ」


 自分たちが上という間違った認識ではあるものの、即座に攻勢に出るほど阿呆でもない様子。


 彼らが実力を見誤っている原因は、ミネルヴァにありました。彼女、魔力を隠蔽しているのです。


 技術自体はお兄さまより教わっていましたので、それほど不思議な光景ではありません。ですが、隠蔽を始めたのは、魔族が襲来すると判明してから。最初から騙す気満々だったのでしょう。ほくそ笑むミネルヴァの顔が、容易に思い浮かびます。


 彼女は会話を続けます。


「単刀直入に尋ねるわよ。四天王とやらが、私たちに何の用かしら?」


「お前に用はない。我らの目標は、そこの勇者だ」


 そう言って、フラギリスは若干顔色の青い勇者を指差しました。他の四天王の注目も、彼に集まっています。


 察してはいましたが、本当に勇者が狙いでしたか。


 しかし、些か腑に落ちません。彼は四天王一人と並ぶ実力者ではありますが、人間の範疇に留まります。我の強い魔族が、わざわざ徒党を組んで襲撃するほどの脅威があるとは思えませんでした。


 考えられる可能性としては、『東の魔王の封印担当が勇者だから』でしょうか? 聖女がグリューエンの魔法奪取を免れたように、勇者にも何らかの加護がある、とか?


 ミネルヴァもわたくしと同様の疑念を抱いた様子。僅かに眉を寄せながら問いかけます。


「四天王が団体で襲撃なんて、よっぽど勇者が怖いのね」


 おおー。不敵な笑みを浮かべる姿が、とても様になっておりますね。絵に描いたような、調子に乗った高飛車キャラです。普段の彼女を知らなければ……いえ、思惑を知らなければ、演技だと判別できなかったでしょう。


 当然、初対面の四天王が見破れるはずもありません。ものの見事に、ミネルヴァを『井の中の蛙の少女』と誤認いたしました。


 ――取るに足らない存在を前にした時、我の強い強者はどのような態度を示すでしょうか?


「メガロフィアさまの復活が間近である今、不確定要素を残しておけないだけだ。我らならともかく、勇者などがメガロフィアさまの脅威になるわけがない」


 正解は、口が思い切り軽くなる、でした。


 フラギリスも残りの四天王も、すでにミネルヴァなど眼中にないよう。冷ややかに見下し、失笑を漏らしています。


 敵の態度はあまりにも滑稽で、笑いを誘うものでした。ですが、聞き出せた内容はまったく笑えませんでした。


「……『東の魔王』が復活するの?」


 今までの演技を止め、真剣な面持ちで尋ねるミネルヴァ。


 それに対し、四天王たちは揃って嘲笑した。


「フハハハ。蛙といえど、我らの主は恐ろしいか」


「当然の反応」


「所詮は人間ってことよね」


「その点は身の程を知っていると言えよう」


 ひとしきり笑った後、四天王らは断言する。


「その通りだ。お前たちが言う『東の魔王』は復活する」


「グリューエン殿の復活により、世界にはびこる呪詛の濃度が増したお陰」


「もはや、止めることなんて不可能よ。あと十分もせずに、あのお方は降臨なされるわ」


「ゆえに、手早く勇者を仕留めたいのだ。我ら全員が手を組めば、容易かろう」


 由々しき事態ですね。グリューエンのへの対処だけでも厄介極まりないのに、メガロフィアまで出現するとは。


 敵の言葉を鵜呑みにはできませんが、現在の呪詛濃度を考慮すると、魔王の復活が止められないという意見は正しいでしょう。【位相連結ゲート】が使えれば違ったかもしれませんが、今から東の果てに移動することは不可能です。


 早々に、メガロフィア対策も講じないといけません。それはミネルヴァも理解しているよう。


「シオン、いいわよ」


「はい」


 四天王の二人――アズィナモとデボレ――の首が落ちました。背後に回り込んでいたシオンが、その手に持った短剣でトドメを刺したのです。


 ちなみに、彼女が隠密移動を始めたのは、ミネルヴァが会話を始めた直後ですよ。


 首が地面へ落下するとともに、魔族二人の体は消滅します。遺体は残らないのが、魔族という種族でした。


「「なっ!?」」


 そろって瞠目どうもくする残る四天王。


 お兄さまなら落第点を叩きつけるお粗末さですね。そのような隙を、ミネルヴァが見過ごすわけがありません。


 驚愕で硬直していた二人を風が撫で、一瞬にして塵と化してしまいました。おそらく、風と土の合成魔法、【風化】辺りを使用したのでしょう。


 呪い塗れの空間で合成魔法を成功させるとは……。認めるのは癪ですけれど、さすがです。


 念のために探知をし直しましたが、周囲に敵影は引っかかりません。ひとまずは終わりですね。


 敵の一掃が終わったのを確認したわたくしたちは、ミネルヴァたちとの合流を急ぎました。


 残り僅かで、もう一人の魔王が復活してしまいます。それまでに、こちらの対応を決めておかなくてはなりません。

 

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