Chapter10-1 連続する事件(4)
十月に入った。
幾日か経過して、ヴェーラもフォラナーダに馴染んできたよう。みんな面倒見の良い子ばかりなので、大きなトラブルも起こっていない。カロンやシオンに至っては、孤児院で子どもの世話を焼く経験を有していたため、かなり手際が良かった。
意外だったのはスキアだ。想像の数倍は、子どもの対応が上手かった。
どうして手慣れているのか訊いてみると、『母や姉たちに叩き込まれた』とのこと。何でも、『色々残念なんだから、せめて花嫁スキルくらいは完璧にしなさい』と訓練させられたらしい。
言いたいことは分かるけど、チェーニ家の方々はもう少しオブラートに包んで発言した方が良い気がする。スキアも遠い目をしていたし。
満遍なくフォラナーダの面々と仲良くしているヴェーラだが、特にカロンやスキア、それとオレに懐いている模様。大体はオレたち三人に付いていることが多かった。
おそらく、目を治してくれた影響が大きいんだろう。オレに関しては、同じ白髪だからかな?
全体評価として、ヴェーラは全員の妹分として受け入れられている様子。人間関係の問題はなさそうで一安心だった。
授業も終わって放課後を迎える。今日も今日とて、オレたちは手早く準備を終えて教室を後にする。
ここ最近はヴェーラとの交流に重きを置いているため、帰宅の時間が早かった。彼女の経験した出来事を考えると、やはり傍にいてやりたいと思うんだ。それはカロンたちも同様。
少し前、緊急時以外は校舎内で【
歩いていて感じたが、二年Aクラスの校舎は絶妙な緊張感に包まれていた。
今年は“闘技”制度が導入されたので、個人戦を行う必要がないのでは? そう考える者は一定人数存在する。
だが、大々的に、大会形式で実施することに意味があるんだ。衆目の前で結果を示せば、それは当人の確かな実績として記録され、将来の助けとなる。人材を欲する側も勧誘をしやすい。
とはいえ、一から十まで例年通りでは芸がない。前述した類の不満があるのは事実なんだから。
そこで生徒会長であるアリアノートの考案したものが、学年別チーム戦の企画だった。従来の個人戦とは別に、五人一組からなるチームのトーナメントを行おうという内容だ。
レギュレーションの追加を受け、二つのトーナメントをまとめて『魔闘祭』と呼称することが決定。益々、この時期の学園生たちは盛り上がる流れとなった。
この新たな催しについては、原作ゲームでも追加された要素だった。
かなり久々だな、原作準拠のイベント。最近は“アウター”や
原作展開の打破が目的のオレだけど、少し安堵してしまったよ。まだ、オレの知る世界なんだってね。一方で、運命は変わらないのかと不安にもなったから、複雑な心境だ。
話を戻そう。
『魔闘祭』と名を改めたイベントだが、実のところ、オレたちとの関わりは希薄だった。
思い返してみてくれ、去年の学年別個人戦の光景を。ベスト16の大半をフォラナーダが独占し、その試合内容も他者を圧巻させるものだった。文字通り、次元の違う実力を披露したんだ。
あれだけ派手に暴れ回っておいて、オレたちフォラナーダ勢の『魔闘祭』参加が許されるわけがなかった。学園長曰く、多くの学園生より、オレらの不参加を求める投書が送られてきたらしい。
結果、オレたちフォラナーダ勢の全員が、殿堂入り扱いとなったわけである。
去年は、オレへ向けられた疑念を払拭するための参加だったので、元々不参加の予定だった。異論はない。
補足しておくと、フォラナーダ民のダンとミリア、ターラは参加する。彼ら三人の実力は一般よりも若干強い程度で、そこまで逸脱したものではないからね。
一応、スキアやユリィカも許可できるとは言われたが、本人たちが見送った。
まぁ、彼女たちも相当実力が向上している。レベルにして60越えくらいか。フォラナーダを除けば国内トップは固いので、二人の判断は妥当だった。
そういった事情もあって、『魔闘祭』直前の緊迫感が漂う学園の中でも、オレたちは通常運転。日々平穏に過ごしていた。ヴェーラへ意識が割かれているのも一因だろう。
どこか鋭い空気を振り払い、オレたちは校舎の外へ到着する。そして、別邸へ繋がる【
ところが、それは中断せざるを得なくなった。直前に、オレへと声がかけられたからである。
「ふ、フォラナーダ伯爵先輩!」
ずいぶんと
立っていたのは、探知術に引っかかった通りの人物だった。知人ではない。しかし、切り捨てるには特異な要素があった。
――白髪。それがすべてを物語っている。
声の主は、少年と言い表せる小柄な男なんだが、頭髪は白に染まっていた。瞳は酷く薄い茶色。【魔力視】で見える色も白なので、彼は紛うことなき色なしだった。
おそらく一年生だろう。同学年にオレ以外の色なしは存在せず、三年には三人いるが、顔が違う。
入学してまだ半年だというのに、すでにボロボロの制服をまとった彼は、キラキラと瞳を輝かせていた。カロンたちの奇異の視線を受けても、まったく気にしていない。
「キミは?」
敵対者ではなさそうなので、とりあえず素性を尋ねてみる。
すると、彼は両拳を握り締めて声を張った。
「俺はイカロスって言います! 見ての通り色なしなんですけど、そんなハンデを物ともしない先輩を尊敬してる一人ですッ。本当はもっと早く声をかけたかったんですが、色々タイミングが合わなくて……今日、やっと実行できました!」
元気だけが取り柄です、と言わんばかりのセリフだった。
内容はおおむね予想通り。同じ色なしなのに強いオレへ、憧れを抱いているという感じだな。
名字や洗礼名を口にしなかった辺り、彼はスラム出身なんだろう。色なしの差別はかなり強烈で、生みの親から捨てられる場合が大半だ。ゆえに、孤児院かスラムかの選択肢しかない。最悪、死産扱いで殺されるからなぁ。
色なしの数が少ないのは、こういった部分も影響している。生まれにくいだけではなく、生まれても早死にしてしまうんだよ。
そう考えると、オレの境遇は摩訶不思議すぎる。何せ、普通に育てられたんだし。良くも悪くも、フォラナーダ前伯爵夫妻は常識外れだったわけだ。
「去年の個人戦や悪魔騒動での活躍、学園の資料室にある映像で見ました。ものすごくカッコ良かったです! ダンジョンでも未知の魔獣に襲われながら生還したって聞きましたし、本当に先輩はスゴイです!」
憧れを前にして興奮が鎮まらないのか、イカロスはオレの誉め言葉を次々と羅列していった。公になっている過去の活躍はもちろん、オレの魔法に関する事細かな評価まで添えてくる。
……うん。めっちゃ恥ずかしいね。ここまでベタ褒めされると、どうしようもない羞恥を感じてしまう。カロンたちがウンウンと首を縦に振ったり、胸を張ってドヤ顔しているのも、それを加速させる。
やめてくれ、オレの羞恥ライフはもうゼロだよ。
オレは額に手を当てて頭痛を堪えながら、熱く語り続けるイカロスを制した。
「分かった、分かったから、もう語るのは止めてくれ」
「えっ、でも……」
「お願いだから」
「は、はい」
こちらの笑顔の圧を受け、ようやく彼は口を閉ざしてくれた。
背後の面々が不満げな表情をしているのは、努めて無視する。
「イカロスがオレのファンなのは理解した。で、何の用があって声をかけたんだ?」
修行をつけてほしいと頼んでくると踏んでいたんだが、イカロスの返答は予想とは異なった。
「憧れのフォラナーダ伯爵先輩に、俺の決意表明を聞いてほしかったんです!」
「決意、表明?」
オレが首を傾ぐと、彼は大きく頷いた。
「俺、スラム出身で、地元に弟妹たちを残してきてるんです。あっ、弟妹といっても血は繋がってないんですが、家族なんです。色なしの俺じゃ、あいつらを養えないと落ち込んでたんですが、そこで先輩の活躍を知りました。色なしとか関係ないんだって、心打たれました。だから、俺は弟妹たちのためにも、頑張って出世したいんです!」
思いついた言葉をそのまま吐き出しているようで、イカロスのセリフは若干支離滅裂。
でも、そこに込められた熱意は本物だった。弟妹たち家族への想いは確かに感じられた。
彼は苦笑を溢す。
「まぁ、今はボロボロですけど、絶対に夢を叶えて見せます! ……と、これを憧れの先輩に聞いてほしかったんです」
「力を貸してほしいとは思わないのか?」
「そこまで恥知らずじゃありません。俺は可能性を見せてくれただけでも感謝してるんで」
「……そうか。キミの夢を、影ながら応援するよ」
「ありがとうございます!」
オレが同じ立場なら形振り構わず頼るんだが、そこは考え方の違いだな。よく考えてみると、彼の弟妹たちが死ぬわけではないし、弟妹たちの方が優秀になる可能性もある。
袖振り合うも他生の縁とも言う。応援ついでに、一つアドバイスしておくか。
「出世を目指すなら、次からは貴族への礼儀を学んでおいた方がいい。今みたいに声をかけたら、基本的に首が物理的に飛ぶぞ。初回がオレで良かったな」
「えっ!?」
ミネルヴァがちょっと不機嫌さを醸し出しているが、オレのファンだと言うんだから、今回は許してあげてくれ。
「それじゃあ、オレたちは帰るよ」
「はい。ありがとうございました!」
最後まで元気溌剌な声を背に、オレたちは【
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