Chapter9-3 納涼(4)

 わたくしたちが連れて来られた場所は、一種の結界のようでした。ただ、“隔絶された”というよりは、ズラした空間のような感じがします。術式の詳細をあばけるほどの知識はありませんが、結界系に関しては結構自信がありますので、この見解はおそらく間違いないでしょう。


 問題は、どうやってわたくしとスキアを閉じ込めたか、ですね。いくら個別に行動していたとはいえ、お兄さまが警戒の手を抜くはずございません。


 であれば、誘拐犯は、その穴を突いたことになります。その点だけでも、並大抵の相手ではないと判断できました。


 加えて――


「な、何か、み、みみ、妙な気配を感じます」


 目を細めて周囲を見渡すスキアが、そのような発言をしました。


 その意見に、わたくしも全面的に同意します。一見すると、先程までと変わりない森林と山道なのですが、肌を撫でる空気がまるで違いました。冷たいというか、儚いというか……おぼろげで寂寞感を覚える雰囲気が、周囲一帯に蔓延まんえんしています。


 魔力の類ではないでしょう。【魔力視】で感知できていませんから。そも、近場にわたくしたち以外の魔力を感じません。結界の果てと思われる膜状の魔力を、遠目に確認できるくらいですね。


「スキア、探知をお願いできますか?」


 地の利を使うのは、魔法戦において基本中の基本です。今の時間帯は闇魔法の方が効率的かつ効果的のため、探知はスキアに一任しようと思います。


 すると、その辺りは彼女も理解していたらしく、即座に返答がありました。


「し、周囲五百メートル以内に、せ、生物や魔力体は存在しません」


「ありがとうございます。当分は、超遠距離攻撃に注意すれば問題ありませんね。そちらはわたくしが対処しますので、スキアは探知に注力してください」


「し、承知しました」


 スキアが気配を探るのに集中し始めたのを見届けた後、わたくしは対遠距離攻撃用の魔法を展開します。

 念を入れて、詠唱で補強しておいた方が良いでしょう。


「【シャインブースト】、【ディア・カステロ】」


 前者は光と火の複合魔法で、光魔法のみを強化してくれる術。後者は光の最上級防御魔法です。本来の耐久値は上級魔法までですが、強化された影響で最上級も耐え切れるでしょう。


 術の発動と同時に、わたくしたちは光の城に包まれました。サイズは抑えめにしたので、だいたい五十メートル立方に収まる程度です。


 また、視界不良も避けたいため、すぐに透明化も実行しました。一見すると城が消えた風ですが、しかとわたくしたちを守っております。


 これで良し。この強度なら、お兄さまやニナが放つような理外の一撃でもなければ破れません。最低でも即死等は回避できるでしょう。ケガは回復すれば良いですから、問題なしです。


 そう魔法のデキに満足していると、スキアより声が掛かります。


「の、呪い対策も、し、しし、した方が宜しいかと。こ、細かい状況が不明ですし」


「仰る通りですね」


 彼女の助言は納得のいくものでした。


 この事態に、魔女が関わっていないとは断言できません。妙な気配の正体も掴みかねている以上、防衛体制は念入りに整えるべきでしょう。


 光属性を付与する上級魔法【セイントフォース】を、わたくしたち各自と【ディア・カステロ】に施しました。これで、呪いの類は一切合切無効にできます。


「では、参りましょうか」


「は、はい」


 この空間からの脱出またはお兄さまたちとの合流を目指し、わたくしとスキアは歩き出します。


 移動しながらの最上級魔法の常時展開は、尋常ではない魔力を消費してしまいますが、必要経費と割り切るしかありません。小一時間でガス欠を起こすわけでもありませんし、気合を入れて耐えましょう。


 山道を辿ること十分ほど。駆け足気味だったとはいえ、もう山頂に到着しました。【身体強化】の恩恵ですね。


「妙な気配は相変わらずですが……他に目ぼしいものは見当たりませんね」


「は、はい。た、探知にも、ひ、引っかかりません」


 そう簡単に手掛かりが発見できるとは考えてはいませんでしたが、いくら何でもノーヒントすぎます。このままだと、山全体を駆け回る羽目におちいるでしょう。


 その展開は避けたいところ。さすがに、山中を調べるほどの魔力はありませんから。せめて、調査場所の候補くらいは絞れると助かるのですけれど。


 そんな風にわたくしたちが立ち往生していると、唐突にそれ・・は発生しました。


 ふわり。


 もしくは“ゆらり”でしょうか。そういった擬態語が適当であろう仕方で、一人の少女が出現したのです。おおよそ五十メートル前方、【ディア・カステロ】のギリギリ圏外に。


「「ッ!?」」


 わたくしたちは瞠目どうもくしました。特に、スキアの動揺は大きいです。


 何故なら、目前の少女はコチラの警戒網を潜り抜けて登場したゆえに。


 フォラナーダ式の鍛錬を始めて半年程度とはいえ、現在のスキアの魔法技量は一般を上回るもの。彼女に悟らせない時点で、少女が異常な存在であることは確定していました。


 また、少女の格好も不自然すぎます。白いワンピース一枚の装いは、決して山登りを行えるものではありません。偏見かもしれませんが、目元を大きく隠す髪型も、外で遊ぶ子には不似合いでした。


 どこに焦点を当てても、おかしすぎる少女。わたくしたちは【身体強化】のギアを上げ、よりいっそう彼女を警戒します。


 しかし、彼女を注視した結果、さらなる驚愕を発見してしまいました。


「魔力が……ない?」


 目の前の少女からは魔力が感じられませんでした。いえ、正確には、魔力は微量ながら存在します。ですが、ヒトとしてあり得ないくらい僅かでした。


 たとえるなら、食べ終えた料理の残り、食器にこびりついたゴハン粒程度の代物。とても『魔力がある』と言える状態ではありませんでした。


 驚きは、それだけに留まりません。


「か、かかかかか、カロンさま。ああああ、あの、あの子、じ、実体が、な、なな、ないです!?」


 いつも以上に声を震わせるスキア。


 その指摘を受け、わたくしも気がつきました。


 彼女の言うように、少女には実体がないのです。魔力がほとんど空っぽなのに、実体もない。それはまるで――


「ご、幽霊ゴースト……?」


 物語の中で『未練を残したせいで現世を彷徨さまよう魂』と紡がれる存在。空想の産物にすぎなかったはずの化け物に酷似していました。


 微かに震えるセリフを耳にしたせいか、少女は笑いました。ぐにゃりと口角を歪に持ち上げ、ケタケタと笑声をあげました。


 それに対し、わたくしたちが恐怖を覚える暇はありません。


 次の瞬間、ボボボボボボボボボボボボと青い炎がたくさん立ち上ったのです。どれも、【ディア・カステロ】の範囲ギリギリ。


 炎は一瞬で消えましたが、そこには少女と似たような格好の子どもたちが現れました。目元は見えず、白い装束で統一した集団。全員がニタリと不気味に笑っています。


 そして、


 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!!!


 彼らは、見えない【ディア・カステロ】を一斉に叩き始めました。一つ一つは小さな衝撃ですが、それが何十も重なれば、大きな音と振動を生みます。耳にうるさいほどの大音声が一帯に響きました。


「「ひぃ」」


 誠に情けないことですが、わたくしは小さな悲鳴を漏らしてしまいました。それはスキアも同様。


 ですが、弁明させてください。


 正体不明の少年少女たちが、笑いながらコチラに迫ってこようとしている現状。いくら子ども好きのわたくしと言えど、これには恐怖を覚えてしまいます。というか、怯えない方がいたら、ぜひともお会いしてみたいくらいです。


 事態は、完全にホラーでした。何者かの魔法か何かかと疑いましたが、魔力の痕跡は見当たりませんし。


「って、呑気に考察している場合ではありませんね。逃げますよ、スキア!」


「は、はいぃぃぃ」


 敵に包囲された状態は好ましくありません。こちらの攻撃が効果あるのか試すにしても、機会を改めるべきでしょう。幸い、【ディア・カステロ】は突破できないようですから、時間稼ぎは容易です。


 わたくしは涙目のスキアを引きつれ、山道を駆け下りました。


 その際、元来た道とは別方向に走ってしまったのは、些か失敗かと思いましたが、後戻りはできません。


 いったい、何に巻き込まれたのでしょう。


 そのような疑問を胸中に抱きつつ、わたくしたちは必死に足を動かすのでした。

 

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