Chapter8-5 恋路(3)

「……ランプロス家の復興を目指してる?」


「さすがはオルカ。その通りですよ」


「――ッ」


 危ない。思わぬ言葉に声が漏れてしまうところでした。しかし、それくらい、彼のセリフは衝撃的なものです。


 一度潰れた貴族家を元に戻すのは、新たな家を立ち上げる以上に労力のかかる作業です。何せ、貴族家が潰れるには相応の理由が存在し、その理由が負のレッテルとなって足を引っ張るのですから。


 ランプロスの場合、内乱のあおりを受けての消滅ですので、最低でも領地運営能力が疑われるのは確実でしょう。貴族として、その点は致命的と言えます。無能に手を貸す協力者など、そうそう集まりません。


「というか、ガルナは驚いていませんね」


 ふと、共に偵察を行っているメイドの存在を思い出しました。彼女は、二人の会話を聞いても全然取り乱しておりません。


 ガルナは僅かに肩を竦めます。


「そりゃそうですよ。あんなにプライドの高そうなテンプレ貴族令嬢が、平民に落ちたままで満足できるはずないですもん。それに、入学当初は縁のあった貴族子女の元を訪ねまくってたって報告も受けてますし」


「嗚呼、そんな報告があったような?」


「……カロラインさま。あたしは他人のことを注意できる立場じゃないんで言いたくないんですけど、いくら興味がなくても、報告書ぐらいは隅々まで確認した方がいいですよ」


「わ、分かっていますよ。今回は偶々ですッ」


 そう、本当に偶然です。『あの妙にいけ好かない女の情報で頭を使いたくない』と、流し読みしてしまっただけです。その証拠に、いつもはキチンと報告書を読んでいます。本当ですよ?


 ガルナの半眼を努めて無視し、わたくしはオルカたちの会話に耳を傾けます。


 多少荒い問答があったようで、二人の息は少し乱れていました。チラッと聞いた限りでは、オルカがエクラさんに翻意を促していた感じですね。無駄に終わったみたいですけれど。


 オルカは溜息混じりに問います。


「あなたの決意が固いのは分かったよ。でも、それをボクに話してどうしたいの?」


「助力を乞いたいのです」


 エクラさんの要請は想定内でした。このような話をした以上、協力を申し出てくるのは当然の流れでしょう。


 ですが、


「無理だよ、メリットがない」


 至極当然の判断ですね。彼の言うように、こちらの利益がありません。友人の頼みを断るのは心苦しいでしょうが、家の損得が関わる問題への方針を、個人の感情で決めるのはナンセンスです。


 オルカにすげなく断られたエクラさんですが、これといって焦った様子はありませんでした。何か秘策があるのでしょうか?


 彼女は苦笑いを溢されました。


「まぁ、お待ちくださいな。今からメリットを提示しますので」


「……そんなものがあるの?」


 怪訝そうな声を漏らすオルカ。わたくしも首を傾いでいました。没落した元貴族令嬢に、フォラナーダを唸らせる利点を上げられるとは思えません。


 彼の反応を気にも留めず、エクラさんは語られます。


わたくし味方に引き込めば・・・・・・・・、現在中立を宣言していらっしゃる貴族家のうち、五分の四を引き込めます」


「それは……」


 言葉を詰まらせるオルカ。


 無理もありません。エクラさんの提示した内容は、確かに報酬に足るフォラナーダへの利益だったのですから。


 実のところ、フォラナーダは他家の味方――同派閥が少ないのです。というのも、我が家のポジションのせいですね。


 現在の聖王国は、二項目のうちのどちら・・・に所属しているかで、派閥が分かれています。王宮派か貴族派か、一神派か多神派か。つまり、王宮多神派、貴族一神派、貴族多神派の三派閥が存在します。


 まぁ、細かいことを言うと、もっと多岐に渡るのですが、おおまかには三つです。


 王宮一神派はいないのかって?


 わたくしの知る限りでは存在しませんね。聖王家は古くから多神派を謳っているため、そこへ一神派が所属する余地は、まずありません。


 またその関係で、貴族派は一神派が多い傾向ですね。昔から、聖王国の派閥争いは宗教の派閥戦争と似た構図となっているのです。


 さて。ここで、フォラナーダがどこに所属するのかを考えましょう。


 まず、間違いなく多神派でしょう。獣人等の人間以外を差別していませんからね。


 次に王宮派か貴族派かですが……どちらかといえば、貴族派に分類されます。現聖王家とは、第一王子を除いて距離を置いていますので。


 というわけで、フォラナーダは貴族多神派に属していると判断できます。


 ただ、『もっとも規模の小さい派閥だから味方が少ない』という単純な話でもないです。一応、レッテルとしては貴族多神派のフォラナーダですが、同派閥の貴族家と協力関係を結べていないのですよ。


 何故なら、我がフォラナーダの強大さを畏れ、中立を宣言した貴族家の大半が、貴族多神派に属する者たちのせいでした。ただでさえ少ない派閥なのに、さらに味方が減ってしまったのです。


 情勢が落ち着くまで様子を窺いたい。その気持ちは理解できます。弱小派閥ならば、余計に冒険をしたくはないでしょう。目をつけられて潰されてはたまりませんから。


 しかし、もう少し“機を見るに敏”とはれないのでしょうか。貴族という身分が泣いていますよ。


 ――話を戻しましょう。


 そういった経緯があり、フォラナーダは自陣営の貴族が僅かしかおりません。


 今でこそ我が領のみで一大勢力を誇りますが、その栄華は恒常的に続かないでしょう。お兄さまがいらっしゃる限りは大丈夫でしょうが、次やその次の代までが優秀とは断言できないのです。


 ゆえに、将来を考慮するならば、味方の貴族家は欲しいところ。エクラさんの提案は、確かにメリットとして評価できるものでした。


 ですが、そのメリットを機能させるためには――


「ただ協力しただけで、中立派の家が鞍替えしてくれるとは思えないよ」


 表情に陰りを見せてオルカが呟く。


 対し、エクラさんは満面の笑みを浮かべた。


「そうですね。それだけでも応えてくださる家はあるでしょうが、確実とは言い難い。となれば……」


「身内に入る、と」


「ふふっ、その通りです。聡明なあなたとなら、仲良くやっていけると確信しています。どうでしょう、オルカ。わたくしと結婚してはくださらない?」


 とんでもない展開になりましたッ。


 まさか、というほど意外ではありませんが、急展開とも言える事態を受け、わたくしは急いで魔電マギクルを操作します。


「お兄さま、一大事です! オルカが……オルカが求婚されましたッ!」


 はたして、この問題の行末はどこに向かうのでしょうか。


 沈黙するオルカたちの様子を窺いながら、わたくしは小さな不安を胸に抱くのでした。

 

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