Interlude-Shion 誘惑(前)
時系列は「魔の襲来」の辺りです。
――――――――――――――
王都郊外にたたずむ民家、その地下室に私――シオンとカロラインさまはいた。
表向きは普通の建物だが、
そして、この気味悪い部屋は、今や儀式の祭壇と化している。中央に鎮座する三十センチメートル大の像が、とてつもない陰鬱なプレッシャーを放っていた。
「こちらの鎮圧は完了いたしました」
「タイミングが良いですね。こちらも終わりましたよ、シオン」
この場を守護する魔王教団の連中を、私はカロラインさまと分担して排除していた。結構手早く始末したつもりだったけれど、同着だったらしい。屋内戦闘は彼女が不得手とする部分だというのに……。日に日に強くなられるカロラインさまには驚かされる。
見れば、カロラインさま側には彼女以外の姿はなかった。おそらく、敵を跡形もなく消し飛ばしてしまったのだろう。今回は尋問の必要がないので全員を消すのは問題ないのだが、欠片一つ残さない手際は私よりも暗殺者向きなのでは? と考えてしまう。カロラインさまに、そういった血生臭い状況はお似合いにならないけれど。
ちなみに、カロラインさまは伯爵家のご令嬢という貴いお方ではあるが、ヒトの命を奪う行為は一通り経験済みだ。いえ、彼女だけではなく、フォラナーダの面々は全員こなされている。それはゼクスさまの方針だった。
というのも、殺生の類を経験しておかないと、いざそういった展開に直面した際に動けないからだ。残念なことに、この世はヒトの命が軽く扱われるところがある。ゆえに、ゼクスさまはカロラインさまたちにも必要な事項と判断したのだろう。本当は、そのような世界に触れてほしくないと思いつつも。
ただ、慣れる必要はない。経験の有無が重要だった。一度経験しているか否かの差は、とっさの行動力に影響を及ぼす。今回の様子を見るに、カロラインさまは問題なさそうだ。むしろ、潔すぎるまである。強烈なブラコンの彼女のことだから、『お兄さまの敵は一切合切排除します』と考えていらっしゃいそう。
まぁ、良いでしょう。今優先すべきは、ゼクスさまがお命じなられた内容を達成すること。あの中央に置かれた像を回収しなくてはいけない。
伏兵がいないことを確認した上で、私たちは像へ近づく。
像は醜悪だった。
とはいえ、心配する必要はない。我々が――ゼクスさまが動かれた以上、魔王教団の企ては
「こちらの像は直接触れても問題ないでしょうか?」
覚えのない魔力が像より流出しているので、呪いなどを警戒して光魔法師であるカロラインさまに尋ねる。
彼女はコクリと頷かれた。
「妙な魔力は流れていますが、呪詛等の気配は感じられません」
「では、回収いたしましょう」
念のため、手に魔力をまとって像を持ち上げる。
すると、途端に流れ出ていた魔力が霧散した。どうやら、指定位置に存在しないと、機能を停止するタイプの代物らしい。
その後、私はゼクスさまへ【念話】を入れ、【
私としては『ゼクスさまなら像を跡形もなく抹消できるのでは?』と疑っているのだけれど、主人の方針に否はない。あの方がそう仰るのなら、必要な過程なのだろう。
さて、私たちの任務は達成された。次は、外に
私とカロラインさまは無言で頷き合い、地上へと舞い戻る。
ところが、私たちが悪魔退治に参加することは叶わなかった。何故なら、招かれざる客が目前に現れたから。
――魔族。
その種族名が、私の知識より引っ張り出された。浅黒い肌、コメカミ辺りから生えた角。加えて、全身から滲み出るドス黒い呪い。すべての特徴が魔族のそれと一致していた。性別は男だろう。黒髪はやや長めだが、体格は男のそれだ。
ゼクスさまより報告は受けていたけれど、これが本物の魔族か。封印された魔王の残滓によって誕生し、かの者の復活を画策する魔の種族。代々の聖女や勇者の前に現れ、戦ってきた人類の宿敵。
見た目こそ人間に酷似しているが、その強さは一目で理解できた。おそらく、彼一人で聖王国中の騎士は蹂躙できる。ナメてかかって良い相手ではない。
しかし、そう警戒する一方で安堵もしていた。この魔族は私たちの敵ではない。どう足掻いても、私たちを害することはできないと確信した。
ゼクスさまのような他者の実力を正確に測る能力を、私は有していない。それでも、何となく彼我の実力差は感じられた。高く見積もっても、私やカロラインさまの方が1.5倍は強い。
『カロラインさま』
『ええ、分かっています。予定通りに』
『承知いたしました』
私たちは【念話】で短く会話を交わし、目前の魔族を見据えた。
実のところ、この展開は事前に予期できていたのだ。ゼクスさまが『悪魔襲撃騒動の最中に、魔族がカロラインに接触を図る』と予想されていたために。
要するに、対策は万全だった。目前の敵に私たちが破れる可能性は万に一つもあり得ないし、彼が逃亡しても追跡できる準備が整っている。
「あなたは何者でしょうか?」
従者として、私が誰何する。
「あ~、あんたには全然用はないんだけど……そうだな、そっちの方が面白いか」
対して、魔族は気色悪い笑みを浮かべた。オモチャを前にした悪童――いや、もっと質が悪い。あれは弱者を前にした犯罪者の顔だ。良からぬことを考えている輩の目だった。
「おめでとう、キミたちは選ばれた。僕と一緒に来れば、キミたちの望むモノがすべて手に入る。力も、金も、権威も、愛も、ね」
パチパチパチと軽快に拍手する魔族だったが、私たちの反応は無だ。ただただ相手を注視するのみ。
それが面白くなかったのだろう。魔族は手を止めて、僅かに眉をひそめた。
「ノリが悪いなぁ。もうちょっとリアクションがあってもいいんじゃないの? 喜ぶか驚くか、どっちかの反応はあると踏んでたんだけど」
「魔族は人類の敵です。警戒するのが当然でしょう」
「嗚呼、そっか。警戒してるのね。ははは、無駄な努力をするねぇ。そんなことしても、キミら程度じゃ何の意味もないのに」
私が言葉を返すと、魔族は得心がいったと頷いた。
無駄な努力、何の意味もない。そのようなセリフが吐かれてしまう辺り、あちらは私たちの実力を見誤っている様子。
当然だ。何せ、私たちはゼクスさまの開発した【魔力隠蔽】の魔道具を装着している。エルフ同様に魔力を目視できる彼が実力を誤認するよう、誘導しているのだから。
そうする理由は一つ、目前の魔族を逃がさないため。ゼクスさまは、何が何でも彼だけは始末したいと仰っていた。ゆえに、多少の危険には目をつむってでもチャンスを活かすのだ。
私たちの術中とは知らず、魔族の男は無警戒にペラペラと口を回す。
「後悔はさせないよ? キミたちは心の奥に闇を抱えてるじゃないか。今は、その闇を解消するチャンスなんだよ」
「心の闇?」
「そう、心の闇。ちょっと心の闇をいじれば、それを糧に実力を格段に上げられるんだよ。力さえ得られれば、キミたちは欲しいものを手に入れられる」
そう言ってから、魔族はカロラインさまを指差した。
「特にキミ。キミからは甘美で大きな闇を感じる。これは……嫉妬の色かな? ドロドロとした良い感情だ。ふふふ、キミはよっぽど誰かのことを愛してるらしい。そいつは多くの愛に囲まれてるけど、キミはその状況が嫌で嫌で仕方ない」
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