Chapter6-2 トーナメントに向けて(1)
オレの個人戦参加が決定してから数日後。本日は学園が休みで、仕事量も比較的に少ないこともあり、久方ぶりにみんなとノンビリ過ごす予定でいた。
しかし、全員で、とはいかない模様。朝食後にまったり談笑していたところ、おもむろにミネルヴァが立ち上がった。
「さて。私はトーナメントに向けて鍛錬するわ」
「もうやるのか?」
彼女の言葉に、オレは首を傾いだ。
個人戦が催されるのは、今から一ヶ月後の十月半ば。生徒総数の関係で、十一月末までの長期に及んで催される。まぁ、ベスト16以前の試合――通称“予選”――は、授業の合間に粛々と行われるわけだが。
イベントの一ヶ月前と聞けば、もう準備を始めても良いように感じるだろう。それは正しくもあり、間違ってもいる。
何せ、オレたちは既に十分強い。日課の鍛錬ならともかく、トーナメントに向けてわざわざ鍛える必要なんてないんだ。
彼女のことだから、何かしらの考えがあるんだとは思うけど……。
そう訝しんでいると、ミネルヴァは呆れ混じりに返す。
「何を言ってるのよ。あなたも参戦するんでしょう? むしろ、時間が足りないくらいだわ」
「「「ッ!?」」」
その言葉を耳にした途端、他の面々――カロン、オルカ、ニナが肩を震わせながら立ち上がった。
「そ、そそそそ、そうでした。お兄さまもご参加なさるのでした。呑気にお茶を啜っている時間はありません!」
「ボクらが直接ぶつかり合って敗退する以外だと、ゼクス
「シオン、相手お願い」
「えっ、ちょっ、ニナさん!?」
カロンとオルカは頭を抱えて
そんな阿鼻叫喚の彼女らを見て、オレは反論する。
「いやいや。オレが参加するのは事実だけど、そこまで慌てふためくことか?」
オルカの言う通り、オレとカロンたちがマッチングする確率は高いだろう。最低でも一人とは戦う流れになると思う。
だとしても、ここまで怯えられるのは心外だ。オレが彼女たちをボコボコにするわけがないんだから。
釈然としない表情を浮かべるオレに、落ち着いたままのミネルヴァは「分かってないわね」と呟きながら語る。
「私を含めたみんな、あなたと本気で戦いたいのよ。全力を尽くして戦って、自分たちの力を認めてほしいの。それが途方もなく難しいことだとは分かってるんだけれど、それでも諦められない願いってことね」
「再確認するまでもなく、みんなを認めてるぞ?」
「そういう意味じゃないと思うわ。保護対象じゃない頼れる存在だって、カロンたちは認めてほしいのよ」
「……なるほど」
どこか憂いの含まれた彼女のセリフに、オレは心を揺さぶられた。
ミネルヴァの言は正しい。オレはカロンを筆頭とした家族たちを、保護すべき対象として見ている。精神的に支えられる機会はあれど、結局のところ、オレが彼女たちを守らなくてはいけないと考えている。
だからこそ、暗部の情報や王城での暗躍はあまり伝えていなかった。少し前の
ただ、それが間違っているとは思わない。彼女たちの心情は理解できるし、感情面で揺れてしまったのも事実。だが、だからといって、関わらなくても支障のない部分まで打ち明ける気はなかった。
「そう難しく考える必要はないわ」
表情からコチラの内心を察したのか、ミネルヴァは苦笑い気味に言う。
「すべてを見せろなんて図々しい意見じゃないのよ。私だって公爵家で教育を受けてきたんだもの、他人に聞かせられない事項が存在することくらい理解してるわ。当然、カロンたちも、その辺りは分かってる。でも、それとは別に、もう少しだけ頼りにしてほしいと彼女たちは思ってるのよ。一から十までの全部をあなたが背負うんじゃなくて、一でも……いえ、コンマ一程度でもいいから、自分たちにも苦労を分けてちょうだいってね」
「そうか」
全部を背負い込まないでほしい、か。
そんなことをしている自覚はなかった。自分では力不足の仕事は能力ある部下へ回しているし、関わりたくない厄介ごとは切り捨てているつもりだった。でも、ミネルヴァたちから見たら、オレは“背負い込みすぎ”らしい。
指摘されても、首を傾がざるを得ない。まったく心当たりがないために。
とはいえ、彼女の言葉を疑うわけではなかった。己で気づかないうちに、そういった無理が表面化していたのかもしれない。
オレが深く考え込んでいるのを見て、ミネルヴァは肩を竦める。
「そういうわけだから、みんな鍛錬を頑張るのよ。だから、あなたも
「分かってるよ。キミたちが全力で挑んでくるなら、こっちも誠心誠意で応えるさ」
「そう。ならいいわ」
フンと鼻を鳴らして腰に手を当てるミネルヴァ。その姿は、普段の尊大な彼女そのものだけど、先のセリフの数々を聞いた後だと、とても寛大かつ優しげな立ち振る舞いに見える。
オレは自然と頬を緩ませた。
「ありがとう」
「何が?」
オレが礼を言うと、ミネルヴァは素っ気なく返す。
でも、本音は丸分かりだった。だいたいは、カロンたちの意見を代弁している風を装っていたけど、彼女は一番はじめに『私も含めたみんな、あなたと本気で戦いたいのよ』と発言していた。つまり、自身も同様の意見の持ち主だと白状しているも同然だった。気づいていないようだから、口には出さないけどな。指摘したら、おそらく全力で否定してくる。珍しいミネルヴァの素直な言動を、撤回させてしまうのは惜しい。
「じゃあ、私も行くわ」
ミネルヴァは素っ気ない雰囲気のまま退室していく。照れくさくなったんだろう。相変わらず、可愛らしい婚約者殿だ。
「可愛いなぁ、ミネルヴァさん」
ふと、オレの抱く感想と同じものが漏らされた。
無論、オレではない。この場に残った最後の一人であるマリナだった。
彼女はトーナメントの話になってから、ずっと黙り込んでいたんだ。彼女の実力では、未だカロンたちに遠く及ばないので、仕方ないことだが。
しかし、マリナがトーナメントと無関係かといえば、そんなわけがない。
「マリナ」
「ひゃっ、ひゃい!?」
声をかけられるとは思っていなかったらしく、マリナは肩をビクリと震わせた。タイミングが悪かったのか、舌を噛んでしまったよう。口を押えて涙目になっていた。
「あー……大丈夫か?」
「は、
「全然、大丈夫そうに聞こえないんだけど」
致し方ないため、彼女の舌が回復するのを待ってから、改めて話を進めることにした。
「さっきの話の続きをしたい」
「えっと、トーナメントの話ですかぁ?」
この数ヶ月で、ようやくマリナもオレへの対応に慣れてきたようで、
マリナの言葉に、オレは頷く。
「その通り。カロンたちは個別で鍛錬を行うらしいし、せっかくだから、マリナの訓練をオレが直接監督しようかなって」
「え!?」
“え”と“げ”の混ざった妙な声をマリナは漏らした。感情の方も、驚きと恐怖に嬉しさを一摘まみしたような、複雑怪奇な色を見せている。
この反応にも慣れてきたが、まさか出会って半年と経っていないマリナにまで、同じ認識が浸透しているとは。
内容を改めるべきかとも考えるが、即座に却下する。訓練の難度を中途半端にすると、必ず痛い目を見る。こればかりは譲れない。
「ど、どうして、王子さまが直接見るんですか……?」
マリナが恐る恐るといった態度で尋ねてきた。
オレは些かゲンナリしつつも、質問に答える。
「もっともな疑問だ。同時に、その答えは単純だよ。今回のトーナメントで好成績を収めれば、キミとクラスメイトになれるかもしれないからだ」
「そうなんですか!?」
マリナは先程までの怯えを吹き飛ばし、瞳をキラキラと輝かせた。
予想以上の食いつきだった。思ったよりも、現状のクラス分けに対する彼女の不満は大きかった模様。
「トーナメントの結果は、定期試験以上に重視される傾向がある。優勝できなくとも、ベスト16……つまりは予選を突破できれば、A1クラス入りは確実だろう」
原作ゲームでも似たような現象が見られた。
それだけでは不確定なので、学園長にも確認は取った。他の要素を加味する必要はあるけど、ベスト16入りを果たせば間違いなくA1だと。
精霊を持たない今のマリナでは、どんなに修行を頑張ってもAクラス入りがギリギリ。これでも原作ゲームで万年Dだったマリナからすれば大躍進なんだけど、彼女はそこで満足しない。加えて言うなら、護衛面を考慮しても、同じクラスでまとまった方が楽でもある。
本来なら、火や水の精霊を探したいところだけど、なかなか見つからないんだよなぁ。
ノマ曰く、こればっかりは天運に身をゆだねるしかないらしい。
ゆえに、このトーナメントだ。実技の成績は評価項目が多岐に及ぶため、高得点を取ることはマリナには難しい。でも、相手に勝つことがすべての個人戦ならば、まだ希望はあった。
その辺りを説明すると、マリナは気合十分といった様子で頷いた。
「わたし、頑張りますぅ!」
両こぶしを握り締め、フンスと燃える彼女。
この様子なら問題なさそうかな。あとは、こちらが希望を叶えられるよう、適切な指導をするのみである。
学年別個人戦の開催まで約一ヶ月。各々の想いを胸に、特訓が開始された。
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