Chapter6-1 疑惑の優等生(5)

「び、びびび、病気!?」


 彼女からしたら、寝耳に水のセリフだっただろう。オレが淡々とした口調で告げたのも一因かもしれない。


 とにかく、スキアはソファより飛び上がる勢いで驚愕をあらわにした。


「えっ、び、病気、ででですか? あ、あたし、ぜ、ぜぜぜ全然体調悪くない、で、ですけど……」


 今まで以上にオドオドと、それに不信感を瞳の奥に宿しながら彼女は言う。


 当然の反応だな。新魔法の実験に付き合ったかと思えば、何らかの病気を抱えていると断言される。この後、『金を払えば完治できる方法を教える』と告げたら、完全に詐欺の流れだ。


 まぁ、こちらが計画した通りの展開なのは間違いないので、多少の罪悪感はある。でも、彼女の異常を確認した上で本人に伝えるには、必要な手段だった。


 オレはスキアの心情をあえて無視し、説明を続ける。


「肉体的な病気じゃない。魔力の方に先天性の異常が見られた」


「ま、魔力、に……?」


「そう。キミが魔法を一切使えないのは、その先天性の病気が原因だ。病名は『先天性魔力相克減衰症』、通称『相克症』と呼ばれるものだ」


 スキアをじかに目にした時から、この病気であろうと疑っていた。


 相克症とは、相反する魔力適性――火と水、光と闇など――を有する者が発症する病気。原理としては、体内にある二種の魔力がお互いを打ち消してしまい、総魔力をかなり減衰させてしまうというもの。彼女の場合、光と闇の魔力が相殺し合っているわけだ。


 スキアは疑念を浮かべたまま尋ねてくる。


「あ、相反する魔力を、もも持つヒトは、た、たくさんいます。そ、そ、そんな病名、き、聞いたことが、あ、あありません」


「相克症を発症する条件は、かなり限定されてるんだよ。まず、適性は二つのみ。三つ以上の場合は、対極の魔力を持ってても問題ない。次に、その二種の魔力適性が同等であること。一分の誤差もない均等な適性が必要だ」


 スキアの言う通り、相反する魔力を持つ者は世間に五万と存在する。身内だとミネルヴァとマリナだな。前者は一つ目の条件に合わず、後者は二つ目の条件に合わない。


 そも、魔力適性とは、個人によってバランスが異なるんだ。たとえば、同じ火と水の適性を持つ者でも、火魔法の方が得意なものがいれば、水魔法が得意の者もいる。適性の度合いが50対50なんてヒトは、そうそうお目にかかれない。


 とはいえ、まったく存在しないわけでもなかった。その一例が目の前の少女。スキアは光と闇の適性が奇跡的に釣り合った人物なんだ。ゆえに、体内の魔力がお互いを打ち消し合ってしまっている。


「病名を聞いたことがないのは、めったに現れない病気だからさ。あと、この症例は、教会内部に保管されてる資料にしか記載されてないのも原因かな」


 とても珍しい病気だからか、教会も公表していないんだよなぁ。たぶん、国内ではスキアしか相克症患者はいない。あまり良い状況とは思えないけど、国に一人いるかいないかの病気への対処なんて、こんなものだろう。患者が王族や上位貴族なら別かもしれないが。


 ちなみに、オレが相克症を知っているのは、教会の秘蔵書庫を覗かせてもらう機会があったためである。教会のフォラナーダ支部の連中が脱走した一件、あれの謝罪の一環だ。


 閑話休題。


「治療法はまだ確立されてないんだけど、実のところ、オレには治す算段がついてる。もし良かったら、治療を受けてみないか?」


「……」


 最後にそう提案してみたんだが、反応は芳しくなかった。すごく疑わしげな雰囲気を発している。


 うん、そうなるよね。前述した通り、詐欺にしか見えない。


 しかし、治療できるのは本当だ。魔力適性の均衡が保たれているのが原因なら、それを崩してしまえば良い。普通の手段では不可能でも、精神魔法なら可能だった。


 詳しい理論は省くけど、精神魔法にも呪いのように均衡を崩壊させる手段が存在するんだ。一発で治すというのは無理だが、何度か施術を繰り返せば完治が望めるだろう。


 とはいえ、スキアに相克症であると証明するのは難しい。現状では、オレの説明で納得してもらう他になかった。


「な、なな、何を、お、お、お求めなんでしょうか」


 ふと、スキアが口を開く。


「も、もし、そ、相克症? の話が、ほ、本当だとして。ど、どどど、どうして、い、一介の子爵令嬢にす、すぎないあたしに、て、手を貸して、く、くださるのでしょうか? な、何を、だだ、代価に、の、望まれるのですか?」


 なるほど。信憑性は置いておき、それが真実だった場合を想定して話を進めるか。実に合理的な判断だ。


 オレは微かに笑みを浮かべつつ、彼女の問いかけに答える。


「こちらが求めるのは、キミ自身だ。キミの頭脳と光魔法の適性を、我が領のために活かしてほしいと考えてる。要するに、人材勧誘だな」


「え、あ、あの、し、仕事を、い、いただけるので?」


 対し、スキアはキョトンと目を丸くした。何故か、余計に疑念を強くした風に見える。


 ……何故だ?


 オレが首を傾いでいると、ここまで黙して待機していたセワスチャンが、【念話】による通信をしてきた。


『ゼクスさま。今の条件では代価になっておりません。スキアさまは魔法を使えないお方。現状では職を探すのも難しいでしょう。フォラナーダでの就職の確約は、あちらにとって渡りに船です』


『そうなのか? そのハンデを帳消しにして自由になれるところを、オレの指定した仕事をしろと縛り付けるんだ。十分代価になってると思ったんだが……』


『その条件ならば、炭鉱労働などが適当となりますよ』


『そんなの人材の無駄遣いじゃないか。光魔法師の仕事をさせるに決まってる』


『それだと釣り合いが取れておりません。ゼクスさまも今のフォラナーダの活気はご存じかと思われます。フォラナーダで働けること自体が、世間では誉になっているのです』


『……なるほど。理解した』


 言い換えると、フォラナーダは超有名企業で、どの部署に就職してもエリート扱いは間違いない。だから、代価がデメリット足り得ないということか。


 考えてみれば、この世界は身分差激しい封建社会。自由よりも権力者との縁故が重視される。オレがフォラナーダの時点で、身柄を縛ることは利点にしかならないわけだ。


 最悪の事態西の魔王の復活に対する保険を想定していたために、些か現実との認識に齟齬が生じてしまった。


 ありのままを伝えるか? ……いや、あくまでも“最悪の事態”だ。危険があることを明かすのはともかく、必要以上に脅かすのは宜しくないだろう。というより、その話の方が信じてもらえない気がする。


 オレは言葉を選びつつ、口を開く。


「あー……場合によっては、命の危機に瀕する可能性もある。就職後の訓練も厳しい。それらを踏まえた上で、考慮してほしい」


「は、はぁ」


「まぁ、今すぐ決める必要はない。そうだな……来年の春までは待とう。それまでに返事を考えてくれ」


 最後はグダグダになってしまったが、そう締めくくる。


 やや手間をかけたが、オレとしては“仲間に加わってくれれば楽になる”程度の発案にすぎない。あとは、相克症に対する知的好奇心か。こちらのことを信用せず、提案を蹴られても大事はなかった。


 その後、軽く雑談を交わしてから、スキアを寮へ送り届ける。


 スキアは最後まで懊悩おうのうしていたけど、この先は彼女自身が決めることだった。


「さて、ミネルヴァに連絡を取るか」


 小さく呟き、【念話】を繋ぐ。


 そろそろ講義が終了する時刻だ。まだ図書室にいるかは分からないが、彼女と合流しよう。


 のんびり考えていたオレだったが、ミネルヴァより伝えられた内容のせいで、そんな呑気さも吹っ飛んだ。


『今は学園長室にいるわ。アリアノート殿下と一緒にね』


 どう展開したら、そういう流れになるんだ? あの王女、何か吹き込んでないだろうな。


 呆れと疑念をない交ぜにした複雑な感情を抱きつつ、オレは急いで【位相連結ゲート】を開くのだった。

 

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