Chapter5-4 鍛錬ときどき追跡(4)

 学園では、学年や大クラスごとに校舎が分かれている。ゆえに、普通の授業を受ける際は、他クラスや他学年の生徒と接触する機会は少ない。学食や学生寮、特殊な移動教室くらいだろう。


 それを発見したのは、まさに前述した例の一つ。絵画の授業のために担当教師のアトリエへ移動している最中だった。


「ん?」


 馬車が三学年の訓練場近くを通りかかった際、見覚えのある魔力が引っかかったので、視線を向けたんだ。普段ならスルーするところを、何の気まぐれか、たまたま顔を上げた。


 訓練場の出入り口付近には、感知した通りローレルがいた。同時に引っかかった複数の反応から、友人と一緒に訓練場へ移動していると呑気に考えていたんだけど、実際に目の当たりにした光景は穏やかなものではなかった。


 ローレルが五人ほどの男女に囲まれ、暴力を振るわれていたんだ。といっても、どれも軽い小突き程度だが、複数人によって囲いこんでのアレは看過できる状況ではない。知り合いなら尚更だろう。


 オレはローレルを助けようと腰を上げた。


 しかし、その前に別の動きがあった。


「「「「「ぎゃあああああああ!!!!!」」」」」


 ローレルを蹴っていた連中が、突如として炎に包まれたんだ。全員が悲鳴を上げ、地面を転がり回る。幸い牽制程度の火力だったようで、延焼せずに炎は消え去ったし、彼らは無傷。中心にいたローレルにも火の粉は飛んでいない。


 今の騒ぎにより、馬車内の他の面々もローレルの存在に気がついた模様。先程までの光景は目にできないものの、察しの良いオルカとミネルヴァ辺りは状況を呑み込めたらしい。


 ミネルヴァが溜息を漏らしながら言う。


「さっさと行ってきなさいな。教師には私が説明しておくわ」


「すまない」


「フン。手間のかかる婚約者だこと」


 不遜に鼻を鳴らす彼女だけど、内心ではコチラを慮っているのが分かる。いつもの照れ隠しだ。


 オレは礼を言い直してから【位相連結ゲート】を開き、次にカロンへ声をかける。


「カロン、行くぞ」


「……はい」


 少しバツの悪そうな表情を浮かべる彼女は、静かに頷いた。


 気づいている者もいるとは思うが、先程の炎はカロンの魔法だ。ローレルを見て、とっさに手を出してしまったんだろう。


 脅す程度の威力に抑えてはいたけど、命が関わらない状況にて警告ナシの攻撃は褒められた行為とは言い難い。まぁ、悪いことだと自覚があるだけマシか。


 今は、説教は後に置いておこう。オレたち二人は動く馬車より軽やかに降りる。






 【位相連結ゲート】の先は、当然ながらローレルの元だった。突如として貴族のオレたちが出現したことで、彼女にちょっかい・・・・・をかけていた連中は騒然とした。先の炎も相まって、状況に思考が追いついていないらしい。


 見たところ、軽い火傷も負っていないな。カロンは、本当に脅す程度の威力しか発揮しなかったよう。


 ならば、こいつらは放っておいて良いか。全員平民みたいなので、貴族に目をつけられたという精神的負担が、彼らの罰となるはずだ。


 オレは威厳ある声を努めて出す。


「散れ。これ以上、私を不快にさせたくなければ、く失せろ」


「「「「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ」」」」」


 ほんの少し前まで下卑た笑みを浮かべていた連中は、今にも泣き喚きそうな表情を浮かべ、蜘蛛の子を散らすように去っていった。


 あの分なら、もう二度とローレルには関わってこないだろう。


「ありがとうございます」


「どういたしまして。大したケガがなくて安心しました」


 振り向くと、カロンがローレルへ【治癒】の魔法を施しているところだった。すり傷等が瞬く間に消えていく。


 一通りの治療が終わった後、オレたちは落ち着ける場所に移動した。いつまでも訓練場の出入り口に居座っていても、他の者に迷惑がかかる。


 フォラナーダの別邸へ【位相連結ゲート】を繋げた。オレたちの登場に多少驚く使用人たちだったけど、こんな事態にも彼らは慣れている。すぐに状況把握を済ませ、お茶の用意を開始した。


 オレたちはテーブルを囲み、お茶をすする。最初こそ戸惑いを滲ませていたローレルも、カップの中身が空になる頃には平静な心持ちに戻っていた。


「色々とありがとうございます」


 しばらくして、ローレルはポツリと礼を告げた。


 『色々と』に文字通り色んな意味が含まれているのは、彼女の声音より察しがついた。


 オレは肩を竦める。


「気にするな。偶然見かけたから、手を貸したにすぎない。あと、礼ならカロンに。炎を放ったのは彼女だ」


「そうなんですか。ありがとうございます、カロラインはん」


「いえ、言葉より先に手をあげてしまったのは良くありませんでした。だから、あまり気にしないでください」


「そう言わんでください。ウチが助かったのは事実なんですから」


「……分かりました。お礼の言葉は素直に受け取ります」


 僅かなぎこちなさ・・・・・は残るものの、二人は笑顔で頷き合う。


 とりあえず、一段落はしたかな。


「で、何であんなことになってたんだ?」


 頃合いを見計らって、オレはローレルに問うた。だいたいの察しはついているけど、本人の口から顛末を聞いた方が情報の確度は高い。


「それは……」


 対し、彼女は複雑な表情を浮かべて言い淀む。


 予想通りの内容であれば、躊躇ちゅうちょする要素はない。何をためらっているのか、オレは訝しんだ。


 カロンも同様の疑問を抱いたようで、心配げな声色で口を開く。


「ここでの会話が外部に漏れることはありませんよ。わたくしやお兄さま、使用人の方々が口外しないと誓いましょう。遠慮せず、話してはいただけませんか?」


 彼女のセリフに合わせ、オレや傍に控えていた使用人たちも首肯する。


 それを認めたローレルは、些か居心地悪そうに頬を掻いた。


「いや、まぁ、そこまで深刻な話やないんですよ。ただ、わざわざ話すのが気恥ずかしいっちゅうか……」


「今さら恥ずかしいも何もないと思うが。鍛錬中、醜態をさらしまくりだろうに」


「あー……それもそうやな」


 オレのツッコミにガックリ両肩を落とすローレル。先輩風を吹かせたい雰囲気を出していたから、今の発言は割と胸に刺さった模様。でも、事実なので訂正はしないぞ。


「そう難しい話やないんですよ。ウチが落ちこぼれってだけの、単純な事実なんです」


 やや間を置いて、ローレルは語り始めた。


 前置きの通り、シンプルな内容だった。ローレルは万年Dクラスで、総合順位もワーストをさ迷うほどらしい。そんな落ちこぼれが、実力者集う魔駒マギピースクラブにしがみついている・・・・・・・・ものだから、それを目障りに感じる輩よりイジメを受けているんだとか。


「Cクラス以上の魔駒マギピース関係者の一部から、目の敵にされとるんですよ。イジメも今に始まったことやないんで、あんまり気にせんといてください」


 あえて笑顔を見せるローレルだが、それが空元気であるのは一目瞭然だった。


 鍛錬によって、彼女の実力は把握していた。口が裂けても優秀とは言えないのは知っていた。とはいえ、それだけでイジメに発展しているとは思わなんだ。


 確かに、魔駒マギピースは素の実力の高い方が有利になる競技である。しかし、だからといって、実力の劣る者が魔駒マギピースたしなんではいけないわけではない。むしろ、製作者としては、分け隔てなく楽しんでもらった方が嬉しいくらいだ。


 大きく広める想定をしていなかった弊害だな。認識の甘かったオレの責任。今後のために何か対策を講じるべきだろう。


 ただ、即座に解決できる問題ではなかった。ノマやウィームレイと相談し、改善案を検討しなくてはいけない。


 ゆえに、目前の問題への対処は別の方法を選ぼう。至ってシンプルな選択肢を取ろう。


「それなら、余計にトップクラブとの試合は負けられないな」


「へ?」


 オレの言葉に、呆けた声を漏らすローレル。


 目を丸くする彼女を置き去りに、カロンが身を乗り出した。


「そうですよ、ローレルさん! わたくしたちが今度の試合に勝てば、今まであなたを侮ってきた方々を見返せます。自分たちはこれだけ戦えると伝えられますよ!」


 両のこぶしを握り締め、フンスと豪語する我が妹。


 彼女の勢いに押されたローレルは、大いにたじろいだ。


「で、でも、きっと試合で活躍するのはカロラインはんたちですよ。ウチの実力じゃ無理や」


「そんなことはありません」


 弱気なローレルの発言を、カロンは力強く一蹴する。


「ローレルさんは、鍛錬を一生懸命頑張っているではありませんか。しかも、鍛錬の後に一人で自主練をしているのも知っています。その努力は嘘をつきません。あなたの魔駒マギピースへ向ける熱意は裏切りません。必ずローレルさんは試合で活躍できます。このわたくしが保証いたします!」


 彼女の紅い輝きは一切の陰りなく、茶色の瞳をまっすぐ射抜いた。心の底よりローレルを信頼していると思わせる、強い心情が窺えた。


 これがカロンの長所だよな。誰が相手でも真っすぐ言葉を届け、固く閉ざした心を解してしまう。


 『陽光の聖女』の二つ名は、とても相応しいと思うよ。温かな言葉を以って、他者の心を癒すんだから。


 混じりけのないストレートな好意を受けて、なびかないヒトなんていない。現に、ローレルはまなこの内側を大きく揺らしていた。


「……ウチも戦えるんかな?」


「はい。一緒に頑張りましょう!」


「ははは。そんなド直球に頷かれちゃ、頑張らなあきまへんな」


 ローレルは目元を人差し指で拭ってから、その拳を天高く持ち上げる。


「打倒トップクラブ! やったるで!」


「おー!」


 そこにカロンも加わり、最終的にオレまでも同じ仕草をやる羽目になった。


 少し恥ずかしさはあったけど、ローレルを元気づけられたのなら良しとしよう。これで、トップクラブとの試合への憂慮は晴れたと思う。あとは、試合当日まで鍛錬あるのみだ。

 

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