Chapter5-4 鍛錬ときどき追跡(2)

 二日後。週が明け、授業を終えた放課後。オレたちはお馴染みのオンボロ部室に集合していた。ただ、フルメンバーではない。現在、ミネルヴァとオルカの二名が不在だった。


 というのも、トップクラブとの試合に参戦しないのなら自己鍛錬がしたいと、ミネルヴァが申し出たためだ。オルカはその付き添いである。


 最近の彼女は自身の魔法と向き合い、色々と試行錯誤を繰り返している。何か思うところがあるようだろうから、好きにさせることにした。


 この時期、あの二人に危険が迫るシナリオはなかったはずだし、たいていの困難を跳ね返せる実力は有している。おまけに、護衛の使用人も同行させている。最低でも、オレの駆けつける時間稼ぎはできると断言できた。


 そんなわけで、ミネルヴァたちのことは気にせず、オレたちはオレたちで為すべきことを為そう。


「集まったはええけど、何やるんです?」


 招集はしたが、肝心の内容は語っていない。タイミングを見計らって、部長のローレルが尋ねてきた。


 オレはそれに答える――前に、とある質問を彼女へ投じる。


「その前に、ローレル部長はどの役職カードを選ぶか決まったのか?」


 クラブとしての活動を始めようにも、プレイヤーの役職カードが決まっていないと何も進まない。いつまでも保留はできなかった。


 ローレルはギクリと肩を震わせるが、数秒後に「なんちゃって」と両手を振る。


「ちゃんと決まってますよ。ウチは紫をやろうと思います」


「理由は?」


「消去法やな。ウチ、そこまで運動が得意やないんですよ。だから、動き回る青は向いてへん。それに、ウチとマリナはんが固まっとった方が、守りやすいって考えました」


「なるほどな」


 想像していたよりも、しっかり考えて結論を下したようだった。


 彼女の言う通り、『青魔法師』の射程はそこまで長くないため、試合の展開に合わせて動き回る配役だ。ほぼ素人同然のローレルに向いているとは言えない。


 『紫魔法師』も臨機応変さを求められるが、前者よりは難度が低いだろう。


「OK。ローレル部長が紫で、ニナが青だ」


「了解です」


「わかった」


 二人が首肯するのを認めたオレは、両手を合わせる。


「これで全役職カードが決まった。それじゃあ、本日の活動内容を伝えよう。といっても、難しい話じゃない。今日は個々の能力向上鍛錬をしようと思う」


 オレのセリフに全員が頷く中、ローレルが首を傾げながら挙手した。


「どうした?」


「いや、鍛錬ってどこでやるんです? 口にすると悲しいけど、うちみたいな弱小じゃ、どこも施設を貸してくれへんで」


 学内の鍛錬を行う場所は限られている。訓練場等は魔駒マギピース以外の武闘派クラブだって使うんだから、そう簡単に空きができるわけがなかった。そも、実績ゼロのオレらが予約しようとしても門前払いされるのがオチ。


 伯爵の地位を利用する手もあるけど、それをするくらいなら、もっと良い別の手があった。


 オレはニッと歯を見せて笑う。


「うちの訓練場を使う」


「へ?」


 ローレルが呆けた声を上げた刹那、オレたちは一瞬でフォラナーダ別邸地下にある訓練場へと移動する。


 これは【位相連結ゲート】の応用だ。皆の足元に【位相連結ゲート】を開き、それを上へ移動させる。すると、あら不思議。一歩も動かずに瞬間移動ができるのである。


 ただ、【位相連結ゲート】を動かす作業はかなりの緻密操作が要求されるので、実戦向きではないけどな。今回のような派手な演出したい時や大量輸送の際の使用が主だろう。


 演出を凝った甲斐もあって、初転移のローレルとユリィカのウケは良かった。二人とも、目玉が転がり出るのではと心配になるくらい瞠目どうもくし、口もアゴが外れそうなほど大きく開いている。


 少し乙女らしからぬ表情だったため、目を逸らしておいた。


 ローレルたちが驚愕で固まっているのを余所に、カロンとニナが問うてくる。


「個々の強化と仰いましたが、何をなさるのですか?」


「期間は最長でも一ヶ月半。鍛えるのにも限界がある」


 どこか怯えが見え隠れする二人。


 まぁ、彼女たちの心情は理解できる。個人を鍛え上げるには短い猶予しか残されていない。ということは、地獄の特訓を行うのではないかと憂慮しているんだと思う。


 信用がないと嘆きたいところだが、心当たりがあるので何も言い返せないんだよなぁ。


 でも、今回ばかりは、カロンたちの杞憂に終わる。


「安心してくれ。その辺は考慮してる。何も、キミたちみたいに強くしようってわけじゃないんだ。やりようはあるよ」


 そも、前提が異なるんだ。カロンたちの場合は、どんな脅威にも立ち向かえるように極限まで鍛えているけど、ローレルたちは魔駒マギピースに対応できる程度で済む。目標地点が違えば、鍛錬のグレードも下がるのは当たり前だった。


「今日のところは瞑想だけ行う」


 魔法において、瞑想は一番重要となる修行である。


 ローレルやユリィカが鍛えるべきは基礎。そこを徹底して補強し、残りは連携の訓練に費やす予定だった。


 オレとしては簡単な修行メニューを提案したつもりだったんだけど、カロンたちの反応は些か妙だった。先のセリフを聞いた途端、目が縦横無尽に泳ぎ始める。


 カロンが尋ねる。


「め、瞑想は、ど、どれくらいの時間をかけるおつもりで?」


「時間の許す限り、続けるぞ。いつも、カロンたちがやってる修行と同じだ」


「お、同じ……」


 挙動不審な彼女を訝しく思いながら答えると、今度はニナが呆然と天を仰いだ。


 何なんだ、いったい。ただ瞑想するだけなのに、何故に怯えているんだ?


 結局、二人の反応の真意は分からずじまいで、オレたちは鍛錬に移ることになる。






 瞑想の鍛錬は、そう変わった内容ではない。楽な姿勢で座ってもらい、精神を落ち着かせるだけ。


 とはいえ、監視がなければ、真に瞑想が行えているか分からない。瞑目する関係上、そのまま眠ってしまう可能性もあった。


 ゆえに、この鍛錬に慣れないうちは、オレが監督役を務めるのが通例となっている。何せ、精神魔法によって正確に精神状態を把握できるからな。


 ちなみに、この『精神状態を監視する魔法』は、普段使いしている感情を見るモノとは別物だ。感情の方とは違い、こちらは相手の同意をもらって初めて作用する魔法である。


 閑話休題。


 瞑想の鍛錬が始まって三十秒が経過した。目前には、各々自由な姿勢で座って瞑目する女性たちがいる。


 オレは、そのうちのローレルとユリィカの背後まで歩み寄り、


「てやっ!」


「「いったぁぁぁぁあい!!!???」」


 二人の肩に、木製の平べったい棒を落とした。


 バチンという痛々しい音と同時に、ローレルたちの悲鳴も響く。


「な、何なん、それ!?」


「い、痛いですぅぅ」


 涙目でこちらへ抗議する彼女たち。


 オレは木の棒――警策きょうさくを自身の肩に乗せながら返す。


「最初に説明しただろう。少しでも瞑想に乱れが生じたら、この棒で叩くって」


 分かるヒトには分かるとは思うが、精神統一修行の座禅にて与えられるのと似たようなものだ。原始的な手段ではあるけど、割と効果的なんだよ、これ。


「それは分かっとるけど、見た目以上に痛すぎなんですよ!」


「全身に痛みが走りました……」


「そりゃ、そういう仕込みをしてるからなぁ」


 この修行はカロンたちがそれなりに大きくなってから取り入れたんだけど、普通の木の棒では逆にし折られるんだよ。瞑想によって昂った魔力が軽度の【身体強化】を自然と発動させ、肉体の防御力を上げちゃうせいで。


 だから、物理的な痛みではなく、精神魔法で痛覚に軽い刺激を与える仕組みに変えたんだ。想像以上に痛いと感じるのは正しい。


「痛いのが嫌なら、精神を乱さないこと。これはそういう修行だ。見ろ。カロンたちは、これだけ騒いでも平然としてるぞ」


 カロンやニナは無論、マリナだって心を乱していない。この修行を始めてまだ二ヶ月だけど、相当頑張って取り組んだ成果が表れていた。


 未だ納得できていないローレルたちに、オレは追加の言葉をかける。


「クラブを存続させるため、強くなりたいんだろう? この鍛錬をこなさないと先に勧めないぞ」


「ぐぬぬ……。わかったわッ。こうなったらヤケやで!」


 クラブ存続は、ローレルにとって特効だ。彼女は頭を掻きむしると、ドカリとその場に座り込んで瞑想を再開する。


「ゆ、ユリィも頑張りますぅ」


 そんな姿に触発され、ユリィカも大人しく座った。


 彼女の場合、そこまで強い思い入れがなさそうだから些か心配だったけど、この分であれば問題はないかな。


 ローレルとユリィカの現状を考慮すると、向こう二週間は瞑想のみに注力。残りは連携の確認だろう。


 本当なら、もっとじっくり鍛錬したいんだが、今回は直近で結果を残さないといけない。であれば、付け焼き刃になろうとも、動ける状態にしなくてはいけなかった。


 実力の劣る二人が潰れない、かつ実戦で追いすがれる程度の鍛錬内容。なかなかにハードルの高い注文だが、腕が鳴るのは確か。彼女たちの様子を窺いながら、適宜調整していこう。




 余談だが、本日の瞑想は、一分ごとにローレルとユリィカへ警策きょうさくを与える結果となった。最終的に、二人が満身創痍になったのは言うまでもない。

 

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