Chapter5-2 クラブ活動(4)

 オレも彼女の後に続こうとした。


 すると、


「お、王子さま……」


 空気を読んで黙していたマリナが、不安そうな声を漏らす。


 突然の王族との対局に困惑しているようだ。生粋の平民である彼女には、この展開の目まぐるしさには、ついていけなかった模様。


 オレは彼女に笑顔を見せる。


「こっちは大丈夫だから、カロンたちの応援をしててくれ」


「は、はい」


「シオンも、オレの方はいいから、マリナやカロンたちを見ててほしい」


「承知いたしました」


 従者らしく待機していたシオンにも、マリナと同様の指示を出しておく。


 それから、ようやくオレはアリアノートの対面へ腰を下ろした。


「お待たせいたしました」


「いえ、構いませんわ」


 すでに準備されていた盤面を前に、オレたちはゲームを開始する。


 序盤は定石通りサクサクと進んだ。お互いにほぼノータイムで駒を動かしていく。何やら外野が騒ついているけど、気には留めなかった。


 あっという間にゲームは中盤へと突入し、ようやく手の止まる時間が発生した。まぁ、それでも数分程度の静止ではあるが、ゲームスピードにゆとりが生まれたのは確かだった。


 待ち時間を手持ち無沙汰に感じたのか、それとも最初からコレを狙っていたのか。オレの手番の際、不意にアリアノートは呟いた。


「そういえば、王都内に『リーフ』が持ち運ばれたようですよ」


「……」


 思わず、自身の眉が動いたのを感じる。


 『リーフ』とは、とある薬物の俗称である。正式名称は『マナリーフ・カタストル』。魔力量を増やし、魔法の威力も一時的に向上させる一方、強い中毒性と肉体への負荷をかける劇薬。当然、周辺各国で違法薬物に指定されており、所有しているだけでも重罪は確定だ。


 彼女の話した内容は事実だった。朝一で都入りした商人の中に、『リーフ』を隠し持っていた輩がいたんだ。スラムで取引を行っているところを、オレの部下が捕縛したのである。


 しかし何故、それを彼女が知っているのか。下手人を捕らえたのは今朝方の話で、報告を受けたのはオレとウィームレイのみ。ウィームレイは王宮派に情報共有を行っただろうけど、この手の話題なら、最初は上層部に留められるのが普通。いくら何でも、アリアノートが知るには早すぎだった。


 手を回すにしても、彼女は学園に通っている最中。いったい、どんな手段を講じたのやら。


 自身の情報網の一端を明かす、それも今のような日常の一幕で。恐怖を覚えさせようとする手法は、あまりにも狡猾だ。


 お付きのルイーズがあの一瞬で防諜結界も展開していたので、オレらの会話を聞いているのは、彼女を含めたオレたち三人しかいない。


 カロンたちには友好的な仮面をかぶっているのに、オレに対しては合理主義の顔を隠すつもりはないらしい。


「おや、私には猫をかぶらないのですか?」


 オレは笑顔を保ちつつ、一つの駒を動かした。これにより、手番がアリアノートへと移る。


 彼女は盤面を眺め、何やら悩みながら言葉を紡ぐ。


「ゼクスさんに『心優しい聖女』を演じることは、合理的ではないと判断しました。わたくしがどのような仮面を装おうと、あなたは強い警戒を緩めないのですもの。こちらの本性を存じているのでしょう?」


 駒を移動させると同時に、アリアノートの薄く細められた白縹しろはなだ色が、オレを真っすぐ射抜いた。


 心胆しんたんを寒からしめる氷のような視線。その瞳は、彼女の本質を如実に語っていた。


「さて、どうでしょうか。私程度では、殿下の深い考えなど想像もつきません」


 曖昧な返答でお茶をにごし、自身の駒を動かす。


 彼女の思惑が分からないのは真実だ。凡才にすぎないオレに、本物の天才の思考なんて推し測れない。


 ただ、アリアノートという人物の本性については、何となく察しがついていた。


 精神魔法によって感情の機微を読めるオレは、当然ながらアリアノートの感情も読めていた。


 彼女の感情は完璧だった。喜ぶ時には共感できるほどの歓喜を見せ、悲しむ時には思わず同情してしまうほどの悲哀を見せる。まったく非の打ちどころがない、理想的な感情の機微だった。


 ……そんなもの、あり得ないんだよ。感情というヒトの矛盾を表す部分に、理想的やら完璧やらはあり得ない。


 最初は見事に騙されていたけど、何回も顔を合わせるうちに確信した。アリアノートは感情を制御できるんだと。心というデリケートな場所を自在に操れる化け物だと理解した。


 たぶん、原作ゲームでも、真に主人公ユーダイを愛していたわけではないんだと思う。国の繁栄にとって合理的な判断だから、愛しているように振舞ったんだ。


 他人より愛される風に振舞うなら、人気投票一位も当然だろう。相手側の理想的な姿を演じていたんだからな。前世のオレが感じていた違和感は正しかったわけである。


 オレの返答を聞き、アリアノートは小さく笑う。笑うといってもポーズだけで、声の抑揚は一切ないし、感情も凪のように静か。


「ゼクスさんは本当に面白いお方です。興味深い限りですわ」


「それは……光栄ですね」


「せっかく楽しませていただけたのですから、一つお礼を差し上げましょう」


 唐突に、アリアノートはそう言った。


 底知れない彼女の発言に、反射的に心を身構えてしまう。


 そんなオレの内心なんて露知らず、彼女は続けた。


「先程の話題の続きです。今回の『リーフ』の持ち込み、些かキナ臭く感じます」


「キナ臭い、ですか?」


 捕縛に関わった部下の報告を聞いた限り、大した事件性はないように思えたが。


 こちらの疑念を感じ取ったのか、アリアノートは肩を竦める。


「明確な論拠はありませんが、森国しんこくに関連する事件かもしれません。噂によると、ここ最近はかの国の方面が騒がしいようですから。確か、『リーフ』を運んできたのも、そちらより来た商人でしたね」


「……」


 前もって予防線を張った通り、根拠は薄い。しかし、彼女が示唆したというだけで、ただの薬物事件では片づかない予感を覚えてしまっていた。心中に、何ともハッキリしない複雑な感情がわだかまる・・・・・


 オレが思わず眉根を寄せていると、ふとアリアノートが声を発した。


「チェック。あと十手以内に詰みです」


「は?」


 我に返ったオレは、目前の盤上を観察する。


 アリアノートの言は正しく、残り十手でオレの敗北だ。回避する手段はあるけど、あまりスマートとは言えないし、泥仕合は必至だろう。


 いつの間に、この状況を作られていたんだ……。完全にこちらの手を誘導されたな、これは。


 オレは溜息を吐く。


「投了します」


「はい。対戦ありがとうございました」


 この時の彼女の笑みは、非常に憎たらしく感じた。

 

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