Interlude-Minerva 恋愛相談
ようやく日常となってきた学園生活の折、私――ミネルヴァに一人の少女が声を掛けてきた。
「ミネルヴァさん。この後、少しだけ時間をもらえるかな?」
下校中にそう問うてきたのは、学園開始時より行動を共にするようになったマリナだった。
ヒトとの意思疎通能力にとても長けていて、この前まで田舎で暮らしていた平民とは思えないくらいに頭の良い子だ。そんな彼女が、青紫色の瞳を不安で揺らしている。
ただごとではない……こともないわね。私にだけコッソリと伝えてくる辺り、プライベートな相談がしたいのでしょう。
短い付き合いだけど、彼女には世話になっている部分もある。
「いいわよ。大した用事もないから、いくらでも付き合ってあげるわ。光栄に思いなさい」
「ありがとう!」
我ながら高慢な言い方をしてしまったけれど、マリナは全然気にした様子がない。
こちらの真意を見抜いた上で笑っているゼクスと違って、彼女の場合は本当に気にしていないのよね。ある意味で心が強いわ。
帰宅後。それぞれの荷物を片づけて、私たちはフォラナーダ別邸のテラスへ移動した。程良い陽光が差すココは、お茶会には打ってつけの場所である。
手早く用意したお茶を啜りながら、まずは軽い雑談を交わす。主に学園の様子などね。私たちとマリナはクラスが別だから、割と新鮮な話題が聞けるわ。
それから、いよいよ本題へと移る。
「何で私に声を掛けたの?」
「それはー……」
やや
「わたしが王子さま――ゼクスさまを好きだってことは周知の事実だと思うんだけど、あの人と上手く話せなくて困ってるんだよねぇ。どうやったら、ちゃんと話せるかな?」
「その話題を婚約者である私に持ってこられる度胸があるなら、何の心配もいらないと思うわよ」
真面目にビックリしたわ。普通、婚約者にそういった相談はしないのではないかしら。それとも、私の感性がズレてる? ……いえ、それはないわ。ないと信じたい。フォラナーダに染まると色々ズレるけど、恋愛方面は問題ないはずよ。
対して、マリナはキョトンと首を傾いだ。
「お貴族さまって、何人もの女性を囲うのが普通じゃないの?」
「それはそうだけれど、だからといって、女性同士が仲睦まじいわけではないのよ?」
たいていの場合、夫人同士は権力闘争をバチバチやり合うものなのよね。自分の息子に次期当主を継がせて、自身の権力を押し上げるために。
まぁ、マリナは平民だし、その辺の感覚は理解できないのでしょう。軽く説明しても、彼女は腑に落ちない表情のままだった。
「嫉妬してってわけでもないんだよね。う~ん、わたしには共感できないけど、仲良しじゃないってのは分かったよ」
「今はその程度の理解で十分よ」
「でも、わたしたちに関係あるの?」
「えっ?」
「だって、ミネルヴァさんは
「それは……そうね」
先の内容は一般的な貴族のお家事情であって、彼女の言う通り、ゼクス周りには当てはまらないわ。
そも、ゼクスに集まる子は、私も含めて彼を心から好いている。権力しか見ていない輩とは根本が違うのよ。加えて、彼の人柄のお陰か、どの子も――認めるのは癪だけどカロラインも――良い気質の持ち主だから、醜い争いにも発展しない。嫉妬しないとは言えないけれど、関係にヒビが入るほどの感情は抱かないのよね。
「だったら、正妻予定のミネルヴァさんに尋ねるのは道理だと思うなぁ。今のところ、一番関係が深いと思うし」
「たしかに」
言われてみると、正妻にお伺いを立てるという行動は、愛妾としては理に適っている気がする。今の状況は何の問題もない……?
いやいやいや、何を丸め込まれているの、ミネルヴァ。どう考えても、マリナの行動はズレているわ。私は間違っていないはずよ。
ふぅ。冷静になりなさい、私。
驚きのあまり思考が逸れてしまったけれど、元々アドバイスはするつもりだったのよ。前述したように、私たちは仲の良い友人なのだからね。
ふふっ、昔の私が聞いたら泡を吹いて倒れそうね。公爵令嬢が平民の恋愛相談に乗るだなんて。私も、この数年でだいぶ変わったということかしら。
「貴族云々は置いておきましょう。相談には乗ってあげるわ」
「さすがミネルヴァさん。ゼクスさまと唯一口づけしたヒトなだけはあるねッ!」
「ええ、大船に乗った――待ちなさい。何でそのことを知っているの?」
自信満々に胸を張るのをキャンセルして、私はマリナの両肩をガッシリ掴んだ。それから、彼女の瞳を覗き込む。何やら怯えてしまっているけれど、関係ないわ。
「どうして、私と彼がキスしたことを知っているの? あれは彼の私室での出来事であって、私たち以外は知らないはずよ。彼にも黙っているように頼んだもの」
「お、落ち着いて、ミネルヴァさん。怖い、こわいから!?」
「早く吐きなさい。さっさと情報源を吐くのよ!」
「こわいこわいッ。今教えるから、ちょっと落ち着いて!?」
多少もたついたものの、マリナは素直に情報の出所を教えてくれた。
「カロラインが教えたの?」
「うん。他言無用だって言われたから、わたしから誰かには話してないよ」
「当然よ。言い触らしていたら、ただでは済まなかったわ」
「ひぇっ」
あの時、周囲に誰も潜んでいなかったのは確認済み。せいぜい、扉の前に待機している使用人くらいでしょう。その使用人も、こちらを覗き込んではいなかったわ。当時はかなり混乱していたけれど、それでも状況確認くらいは済ませていたので間違いない。
ただ、情報源がカロラインなのよねぇ。あの子、ゼクスのことには狂気染みた執着を見せるから、知っていてもおかしくないと思えてしまう。いえ、現実的に考えれば、圧倒的におかしいのだけどね。
私は溜息を吐き、肩を落とした。
「いいわ。カロラインに関しては諦めが肝要よ」
あれは触れてはいけない代物。放置が一番ね。
それよりも、今はマリナの問題を片づけてしまいましょう。
気を取り直して、マリナの恋愛相談を続けることにする。
少し脅しすぎてしまったので、彼女が落ち着くのを待ってから話し合いを再開した。
「ゼクスとまともに会話できない、だったかしら」
「うん。あの人を前にすると、頭が真っ白になっちゃって」
「何度か話し合うチャンスはあったのよね?」
「うん。わざわざ、二人きりで話せる機会を設けてくれたんだ。それも複数回。なのに、全然話せなかったから……」
「だから、相談しに来たと」
「うん」
意気消沈した様子で首肯するマリナ。
大体の事情は掴めた。自分のために時間を割いてくれたのに、そのチャンスを活かせなかったのなら、申しわけない気持ちにもなるわ。私が同じ立場だったら、寝込む自信がある。
さてはて、何とアドバイスをしたら良いかしらね。
口元を両手で覆い、思考を回していく。
まぁ、緊張してしまう原因を取り除くのが、一番の解決策でしょう。マリナの場合、強すぎる憧れね。二人の馴れ初めは、彼女が散々語ってくれたもの。
「私が言えることは一つ。ゼクスは一人の人間よ。決して完璧ではないし、間違うことだってある。その辺をしっかり理解した方がいいわね」
「一人の人間……」
「とはいえ、すぐに認識を改めるのも難しいわ。こういう問題は、じっくり時間をかけるしかないと思う」
私だって、七年近く一緒にいて、未だに素直になれていないもの。……うん、それは時間をかけすぎよね。分かっているわ。分かっているのだけれど、どうしようもないのよ。
結局のところ、偉そうに言う資格は私にない。もっと精神的に強くならなくてはいけないのは、私も一緒だった。
冷めてしまったお茶を口に含みながら、チラリとマリナの方を見る。
彼女は今のアドバイスを反芻し、真剣に自分の内側と向かい合っていた。本当に良い子だわ。何で、彼の周りにはステキな子ばかり集まるのかしら。まったく気が抜けないじゃない。
「私も頑張らないとね」
ライバル多き人生は大変だけれど、とても充実している。少なくとも、私はそう思うのだった。
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