Chapter4-5 中間試験(3)

 実技試験二日目にして中間試験最終日。オレは、訓練場の試験舞台へ続く通路に立っていた。


 試験に向かうためではない。前述したように、自身のそれは免除されているんだから。身内で試験が残っているのはニナとオルカだけだった。もうじき、彼女たちはこの道を通るだろう。


 では、ニナたちを激励するために待っているのか。


 それも違う。ある意味、ニナを支援する目的ではあるけど、試験とはほとんど関係なかった。


 はたして、その目的とは――


「おや、フォラナーダ伯ではありませんか」


 ボーっと待ち惚けていると、通路に一人の人物が現れた。


 細身ながら筋肉の引き締まった肉体を有し、柔らかい表情を浮かべつつも鋭い雰囲気をまとう――矛盾した要素を内包する武の御仁。現聖王の右腕と呼ばれて久しく、近衛騎士団の団長も務めたこともあるヒト。


 オレたちにとってはエリックの父の面が印象深いであろう男、ダグラス・デイモート・サン・クシポス伯爵が姿を見せた。


 彼はニコニコと笑みを溢す。


「どういたしました、フォラナーダ伯。あなたは試験を終えたはず。このような場所にご用はないと思われますが?」


「それはあなたも同じでは?」


 対するオレも笑顔を向けたが……たぶん、目は笑っていないと思う。何せ、彼の状態は笑えるものではないのだから。


「ここは、そんな重装備で訪れる場所ではありませんよ」


 そう。クシポス伯は、昨日の軽鎧けいがいなんて目ではない装備で身を固めていた。黒い全身鎧フルアーマーをまとい、一メートルはあろうバスタードソードを携えた格好は、さながら戦場を前にした騎士のよう。


 加えて、それらの武装は、決して看過できる代物ではなかった。


 というのも、


「その呪物らを使って、誰かを呪うおつもりですか?」


 クシポス伯爵の身につけているモノすべてが、呪われた物品だったんだ。


「ッ!?」


「おっと」


 セリフを言い終えると同時に、クシポス伯は両手で握った剣を振り下ろしてきた。間一髪、【位相隠しカバーテクスチャ】より短剣を取り出して防ぐ。


 普通の肉体では出し得ない、音速の域にある突進だ。呪物によって身体能力をブーストさせているんだろう。こちらも【身体強化】していなければ、反応し切れなかったに違いなかった。


 重ねられた刃から金属の震える音が鳴り、バチバチと高熱の火花が散る。それはヒト同士の腕力で発生する事象ではなく、腕力も異次元の領域であると窺い知れた。


 十倍の【身体強化】でも重く感じるとは、かなり強力な呪物を利用しているらしい。それほどのモノを使えば呪いの反動も強いだろうに、ギリギリとはいえ、よく正気を保っていられるな。


 感心しながら、オレは鍔迫り合いを演じるクシポス伯へ声をかける。


「あなたが学園生の誘拐犯で……ニナの命を狙った黒幕で間違いないな?」


「……」


 無言で力を込める彼だが、大量の呪物を装備している時点で言い逃れはできなかった。今の問いかけは、確認というよりも『こっちは気づいているぞ』という意志表示に近い。


 クシポス伯を疑るキッカケになったのは、先週末に行った奴隷収容所への襲撃。奴隷たちを殺した犯人が『聖王国剣術の達人で高位の貴族』と絞れたことが決定打だった。


 先の情報だけでも十分に容疑者を限定できたが、オレの場合はさらに絞り込みをかけられた。


 それは、黒幕がニナの命を狙っている事実。殺害を企むほどの関わり合いが彼女とあり、先の条件に当てはまる人物なんて、そうそう存在するわけがなかったんだ。


 最初こそ該当者ゼロではないかと焦った。諜報部が調べ上げた資料には、ニナと関わった貴族は見られなかったから。


 でも、思い出したんだよ。犯人が聖王国剣術の達人だという証拠を得た際に、ニナに関わった貴族がいたことを。


 察しの良い者なら気づいているだろう。そう、エリックがいた。彼こそが、本人も知らぬうちにニナを死の運命に囚わせた元凶だった。


「まさか、多神派筆頭である聖王の側近に、一神派の思想を持つ輩が潜んでいるとは思わなんだ」


 クシポス伯は、獣人を嫌悪する人間だったんだ。クシポス家は代々多神派に所属しているが、彼自身は他種族を許容できない性質だった。


 これについては、シオンたちの手によって調べがついている。クシポス伯が当主になってからというもの、クシポス家には獣人の使用人は雇われていないし、『獣人憎し』と彼が日記を綴っているのも確認済み。ギリギリまで物証を見つけられなかったみたいだが、彼女たちは見事に仕事を完遂してくれた。


 家の思想と個人の思想が相反するのは、して珍しい話ではない。たいていの場合は、その代だけ折り合いをつける努力をするもの。


 しかし、タイミングの悪い出来事が起こってしまった。彼の息子たるエリックが、獣人のニナを見初めてしまったんだ。


 エリックは言っていた。ニナと出会ってすぐ、彼女を婚約者にしたいと両親に頼み込んだと。


 当時のクシポス伯の心情は、とても穏やかではなかっただろう。何せ、嫌悪する獣人を嫁にしたいと次期当主が言い始めたんだから。


 おそらく、その葛藤による心の隙を、魔女に突かれた。どうそそのかされたかは判然としないけど、クシポス伯と魔女は協力関係を築き、ニナの排除を目論んだ。


「ガルバウダ領を巡る内乱、あんたが手引きしたんだろう。いくら一神派が長期間かけて企てた謀略だったとしても、あそこまで多神派がしてやられるのは不自然だった。でも、内輪に裏切り者がいたのなら説明はつく」


 ニナ憎しでそこまでやるかと思うが、呪いによって負の感情が増幅させられていたに違いない。呪いとは、使えば使うほど理性のタガが外れていくものなんだ。


 学園生の誘拐や奴隷の大量購入はその影響だろう。危険を冒してでも獣人を害したい。そういった欲求が抑え切れなかったんだと予想できる。


 実際、今のクシポス伯の瞳は、狂気に溺れていた。一見すると正気を保っている風だが、もはや理性は風前の灯火だった。彼の正気は薄っぺらの紙一枚しか残っていなかった。


 今まで上手く隠してきたものだよ。こうして剣を重ねるまで、完全に騙されていた。呪いの気配も消し去っていたし、隠蔽系の道具も保有しているのかもしれないな。


「チッ」


 クシポス伯は舌打ちし、鍔迫り合いより離脱する。素早くバックステップを踏み、警戒しながら距離を取った。


「そこまで分かっていながら、どうして今日まで放置していたんでしょうか。フォラナーダ伯ほどの実力者なら、もっと早く襲えていたのでは?」


「確実性を取ったにすぎない」


 彼の言う通り、確信を得た後、すぐに動くことはできた。しかし、前に未知の魔法で逃げられている経験を踏まえると、相手のテリトリーへ侵入する方がリスクは高い。罠を張って待ち構えていた方が捕縛できる確率は上だった。何が何でもニナを殺したがっていることから、姿をくらませる可能性も低かったし。


 オレの意見を聞いたクシポス伯は嘲笑う。


「それはどうでしょう。西の魔女に与えられた転移魔法は、いくらあなたでも阻止できないと思いますよ」


 そう言って、彼は影に潜り出した。

 

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