Interlude-Orca ケンカするほど何とやら

時系列は「決闘(6)」の二、三ヶ月後くらいです。


――――――――――――――



 ゼクスにぃが表舞台に立ってから、色々と変化が起こった。ボク――オルカの書類仕事が増えたのもそうだし、外部からの干渉が増えたのもそうだし、今まで以上にフォラナーダが精力的に動くようになったのもそう。様々な思惑が絡み合って、いつも通りは徐々に変化していった。


 中でも特に大きな影響を及ぼしているのは、領城への新たな入居者の存在かな?


 その当事者は今、ゼクスにぃの紹介によって、ボクやカロンちゃん、ニナちゃんの前に現れた。


「というわけで、ロラムベル公爵の要望により、学園入学までミネルヴァさんが一緒に生活を送ることになりました。みんな、仲良くしてくれ」


「……よろしくお願いするわ」


 ゼクスにぃの婚約者であるミネルヴァさんが、どこか不機嫌そうな面持ちで軽めの礼をした。


 このタイミングでの共同生活。要望を出してきたのが魔法狂まほうきょうということもあり、その魂胆は明白だと思う。その辺りをゼクスにぃが失念しているはずもないので、おそらく十分な見返りを提示されたのかな。あとで確認しておこう。


 それよりも、今はミネルヴァさんの方に集中しよう。


 正直、彼女には良い印象を抱いていない。ゼクスにぃの婚約者に収まっている時点でうらやましい・・・・・・のに、ゼクスにぃへの当たりが強いんだもん。当人は『良い子だよ』なんて言って気にしていないけど、ボクを含めた周りからしてみれば、愉快な相手とは言い難かった。


 まぁ、ゼクスにぃが許しているんだから、とやかく言う資格はボクらにはないし、仲良くする努力はする。共同生活を送る以上、苦手なんて言っていられない。


「お久しぶりです、ミネルヴァさん。前にも自己紹介はしたけど、改めて名乗りますね。ゼクスにぃの弟のオルカです。よろしくお願いします」


 誰よりも彼女を敵視しているカロンちゃんや、コミュニケーション能力にやや難のあるニナちゃんでは先陣を切るのは無理がある。ボクが率先して挨拶した。できるだけ笑顔を向け、握手のために右手を差し出す。


「ええ、よろしく」


 僅かに笑みを作り、握手に応じてくれるミネルヴァさん。


 おや、思ったよりも好感触だ。もっとトゲのある反応を想定していたのに。


 その後、ニナちゃんとカロンちゃんも挨拶したけど、対応は普通だった。いったい、どういうことだろう。


 不思議に思い、ゼクスにぃの方を窺う。こっちの視線に気づいた彼は、苦笑いで肩を竦めるだけだった。


「一つ質問があるわ」


 全員の挨拶が終わったところ、不意にミネルヴァさんが口を開く。


 それにゼクスにぃが応じる。


「何ですか?」


「ニナと名乗った彼女、ハーネウス家の縁者……リナ・モノウロ・ユ・タリ・ハーネウスの姉妹か何か?」


「あー……」


 彼女の質問に、ゼクスにぃは曖昧な声を漏らした。


 リナという名前は初耳だけど、ボクは何となく事情を察した。たぶん、リナというのは――


「リナはアタシの双子の妹、です」


 ミネルヴァさんの問いに答えたのは、ニナちゃんだった。相も変らぬ無表情で淡々と返す。


 対し、ミネルヴァさんは首を傾ぐ。


「双子? ハーネウス子爵とは幾度か話したことがあるけれど、そんな話は聞いたことがないわ」


「アタシは一族の恥として扱われてたから……たぶん、周囲には語ってなかった、です」


「嗚呼、なるほど。察したわ。ズケズケと質問して申しわけなかったわ」


「別に気にしてない、です。過ぎたことなので」


 ニナちゃんの話し振りより、大方の事情を悟ったらしい。ミネルヴァさんは珍しくも素直に謝罪を口にした。肝心のニナちゃんは通常運転だったけど。


 ハーネウス家とロラムベル家に交流があったとは。派閥は違うのに……嗚呼、ハーネウス家も魔法至上主義だったからか。主義主張の繋がりで親しくなることは、しばしばある。


 話が一区切りついたところで、ゼクスにぃは告げる。


「じゃあ、四人で親睦を深めてくれ。すまないけど、オレは仕事が残ってるんだ」


 そう言って、早々に退室してしまった。


 えっ、このメンバーだけ残していくの!?


「「「「…………」」」」


 場を支配するのは沈黙だ。


 もありなん。今の面子で場を盛り上げろという方が無理があった。


 とはいえ、いつまでも現状維持は宜しくない。この空気を動かせるのは……ボクしかいないよねぇ。


 ニナちゃんは論外。カロンちゃんはミネルヴァさん相手だと無理。消去法で、ボクがホストを務める以外に選択肢がなかった。


「えっと……じゃあ、お茶会でも開こうか!」


 親睦を深めようにも取っ掛かりがないため、無難にお茶会を提案する。


 意外なことに、ミネルヴァさんは乗り気だった。


「せっかくだから、私がお茶を淹れるわ」


 しかも、自ら茶淹れをしてくれるという。


 ボクは目を見開く。


「えっ、淹れられるの?」


 思わず口に出してしまったのも、仕方ないと思う。だって、公爵令嬢ともあろうお方が、お茶淹れの技術を有しているなんて信じられるものではない。


「ご、ごめんなさい」


 失礼なセリフだったと焦るボクだけど、対するミネルヴァさんは苦笑を溢すだけ。


「意外だと思われるのは理解しているわ。私も、覚えたのは最近だもの」


「あれ、そうなんですか?」


 てっきり、昔からの趣味かと思った。


 すると、彼女は顔を逸らしながら答える。


「ほら、彼の趣味が紅茶じゃない?」


 彼?


 ……え、もしかして!?


「ゼクスにぃの趣味に合わせて覚えたんですか?」


「……」


 返答はないけど、その無言は肯定と同義だった。


 ここ最近で一番の驚きかもしれない。いつも悪態を吐いているから、ゼクスにぃのことを嫌っているとばかり。趣味を合わせようとする姿勢からして、実際はそこまで嫌っていない?


 そう考えた時、カロンちゃんが不意に立ち上がった。


「どうせ、点数稼ぎではありませんか?」


「ちょっ!?」


 まさかの発言に目を丸くする。


 ボクが止める間もなく、カロンちゃんは言葉を紡ぐ。


「お兄さまが未知の魔法を扱えると知って、ゴマスリのために覚えたのでしょう?」


「……何ですって?」


「か、カロンちゃん、言いすぎだよ」


 ミネルヴァさんが柳眉を鋭く上げる。


 ボクは慌ててたしなめるけど、彼女はまったく止まらない。


「だって、それ以外に考えられないではないですか。あそこまでお兄さまを傷つけるような発言を連発してた輩が、今さらになって趣味を合わせるなど。酷い手のひら返しです」


「ぐっ、そこを突かれると痛いけど、お茶淹れに関しては別よ。これは彼の力が明らかになる前から覚えてたんだから!」


「どうだか。そのようなこと、後より何とでも仰れると思います」


「だったら、ゼクスに聞いてみなさいよ。私の九令式の後、私の淹れたお茶を振舞ったんだから!」


「なっ、いつの間に!? ズルいですよ、泥棒猫!」


「ど、泥棒猫って何よ! 私は彼の婚約者なんだから、どちらかといえば、あなたの方が泥棒猫の立場でしょう?」


「言うにことかいて、わたくしを泥棒猫扱いとは……。もう許しません。表に出なさい、白黒つけてやります!」


「ええ、いいわよ。前々から気に入らなかったのよ。妹のくせにシャシャリ出てきてッ。義姉の実力を知らしめてやりましょう!」


「後からシャシャリ出てきたのはそっちでしょうに。今さら謝っても遅いですからねッ!」


「それはコッチのセリフよ!」


 唐突に始まった口ゲンカ。カロンちゃんもミネルヴァさんも留まることを知らず、徐々にエスカレートしていく。そうして、ついには中庭での魔法合戦へと発展してしまった。


 無論、ボクもニナちゃんも止めようとはしたよ。でも、まったく取り合ってくれなかった。


 結局、ミネルヴァさんがボロ負けして、泣きながら部屋に閉じこもってしまうという結果に終わる。


 親睦会だったはずが、真逆の成果を叩き出してしまい、ボクは頭を抱えた。








 ――と思ったんだけど、話はここで終わらなかった。


 この後、カロンちゃんとミネルヴァさんは度々口論することになる。顔を合わせればケンカしているのでは? と疑えるくらいには、見る度に言い争いを重ねていた。そして、最終的には魔法合戦に発展する。


 最初のうちは慌てて止めに入っていたんだけど、そのうちボクは察した。『嗚呼。これ、”ケンカするほど仲が良い”と同系統のやつだ』と。


 あの二人はソリは合わないようだけど、根本的には似た者同士の模様。


 はぁぁぁぁぁ、必死になって止めようとしていたボクがバカみたいじゃないか。


 畢竟ひっきょう、カロンちゃんとミネルヴァさんの口ゲンカは、フォラナーダ城の名物になりましたとさ。めでたしめでたし。

 

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