Chapter3-3 信頼(2)

本日は二話投稿しています。

一つ前に閑話がありますので、ご注意ください。


――――――――――――――



 ミネルヴァの九令式開催まで三日、オレはロラムベル城で生活した。身構えていた割に何も起こらなかったのは、やはりミネルヴァのお陰なんだろう。宣言通り、彼女は風呂やトイレ、就寝以外の全部をオレの隣で過ごした。ほんの少し離れただけでも「勝手にうろつかないで!」と怒られるくらいだ。


 シオン曰く、ロラムベルの人間はミネルヴァの一連の行動を『自らを犠牲にして、色なしを徹底監視している』みたいに捉えているらしい。


 確かに、彼女の感情が読めなければ、嫌々ながらもオレに勝手されないよう牽制している風に見えるか。外面を装うのだけは無駄に熟達しているからな、ミネルヴァは。


 真の彼女の思惑は、入城の際に察したように、オレを守るためのものだ。一時的にオレとは別行動をしていた部下たちが、上司が色なしオレであることを憐れんできたという報告を上げてきたので、ほぼ確定で良い。


 ちなみに報告を上げた件の部下は、相手を惨殺したくて堪らなかったと血涙を流していた。忠心は嬉しいけど、その反応は怖いぞ。


 そんなわけで、我が婚約者の尽力の甲斐もあり、オレは無事に彼女の九令式に参加できた。公爵令嬢かつ黒髪という最高の魔法適正を持ち、その他の分野でも遺憾なく才能を発揮している優秀な子。そのパーティーは、オレやオルカのそれとは比較にならないほど盛大なものだった。


 まず、規模が大きい。東京ドーム三個分はありそうなパーティー会場にも関わらず、それに劣らない人数の参列者が入っていた。


 次に、質が高い。会場に並ぶテーブルや食器などの調度品は、聖王国でも希少な一流品で揃えられており、参列者に振舞われる飲食物も最上位の代物だ。フォラナーダでも、ここまでのモノは出ない。おそらく、国賓レベルに提供される品だと思う。


 その他にも器楽隊やら歌唱部隊やら、ありとあらゆる企画も目白押し。まさに、公爵家の全力を尽くしたパーティーだった。


 さすがにパーティー中までは、主役であるミネルヴァは傍にいられない。色なしのオレが中央にいても悪目立ちするだけなので、気配を殺して会場の隅の方に陣取っていた。魔法を使わずとも、貴族連中の目を誤魔化す程度は朝飯前だ。


 特に嫌がらせを受けることもなく、オレは黙ってパーティーの経過を待った。


 様々な企画が一段落した辺りで、ロラムベル公爵が声を上げる。


「我が娘ミネルヴァの九令式にお集まりくださり、誠に感謝する。皆々から祝福される彼女は、真に幸せ者だと私は思う」


 定型文の世辞より始まり、今回の九令式に関連する感謝を述べていく公爵。威風堂々とした彼の立ち振る舞いもあり、会場内の全員が注目していた。


 そろそろ始まるか。


 その様子を外縁から窺っていたオレは、もうじき出番が回ってくることを察する。ゆえに、気配を殺したまま、スルスルと中央にいるミネルヴァの元へ歩いていった。


 事前の話し合いにて、催しが一通り終わったところで婚約を発表することが決まっていた。


 当初の予定では、ロラムベルの使用人が呼んでくれる手はずだったんだけど、オレが気配を消していたせいで見つけられなかったらしい。フォラナーダの面々なら発見できる程度に手加減していたんだが、どうにも塩梅を見誤ってしまったみたいだ。オレを呼ぶ役目だった人には、あとでフォローしておこう。これがキッカケでクビになったらシャレにならん。


 オレがなかなか見つからないため、些か騒めいている公爵近辺。申しわけない気持ちを抱きながら、そっと使用人の一人に声をかけた。


「ギリギリになってしまい、すまない」


「あっ、いr――ゼクスさま! お待ちしておりました」


 一瞬、“色なし”と口にしてしまいそうになりつつも、何とか立て直した使用人。


 オレは別に気にしないけど、不意を打たれた程度で口が滑ってしまうのは、公爵家に仕える者としては落第ではないかな。仕掛けたのはオレだから、とやかく言えないが。


 彼の案内を受け、ミネルヴァの横に立つ。


 どうやら、本当にギリギリだったらしい。オレが到着すると同時に、公爵は「彼が娘の婚約者だ」と言い放った。


 途端、会場中の視線がオレたちに集中する。魔道具によるモニターも配備しているので、遠くに席を取っている参加者も覗いているようだった。今まで影で動いていたためか、こういう状況は些か慣れない。緊張とまではいかないが、少しソワソワしてしまう。


 逆に、ミネルヴァは慣れているんだろう。その立ち姿は堂々としていた。こちらをチラリと見て、シャンとしなさいと呟くくらいの余裕がある。


 今の姿勢を見て、ようやく彼女が公爵家のお姫さまなんだなと実感できた。オレの中で、ミネルヴァは超ツンデレな天才児というイメージが固着していたんだ。あとは、ゲームでの親友ポジションか。どっちにしろ、婚約者の令嬢へ向ける目としては不適格だっただろう。反省しよう。


 オレは大丈夫だと呟き返し、安心させるために頬笑む。


 その対応が予想外だったのか、ミネルヴァは目を丸くした後、ソッポを向いてしまった。照れているらしい。可愛いな。


 さて。婚約者殿の方に意識を逸らしてみたは良いが、いい加減に現実を直視するべきか。


 オレはミネルヴァより意識を転じる。


 オレたち二人と公爵以外の空気は極寒だった。公爵本人の前で悪態を吐かない程度の理性はあるようだが、彼らの視線は物語っていた。『この欠陥品が婚約者など、阿呆ではないか?』と。黒髪天才白髪無能をくっつけようとしているんだから、無理のない反応だと思う。この世界の価値観なら当然だった。


 同時に、オレへ向けて怒りや嫉妬の眼差しが突き刺さった。おおかた、オレが公爵に取り入って婚約を決めたとでも考えているんだろう。


 才能あり、地位あり、器量良しの三拍子が揃っているゆえに、ミネルヴァを欲する輩は多いとは踏んでいた。だが、実際の目の当たりにすると圧巻だな。予想以上に、彼女は人気者だったみたいだ。


 この様子では下手な行動に出る連中がいそうだけど……それは公爵の方で対処すると言っていたので、気楽に構えていよう。公爵の看板をかざされても暴走する阿呆なら、フォラナーダでも簡単に始末できる。


「ミネルヴァとゼクス殿の婚約は正式なものとなった。皆、祝福を!」


 周囲を観察している間に、公爵の話が終わったらしい。参列者たちからパチパチと拍手の音が聞こえてくる。漏れ出る感情は嫌々といった感じだが、表情はピクリともしていないところは貴族だな。


 公爵家を訪れて以来、精神魔法の恩恵をかなり実感している。貴族社会に立つ者は揃いも揃ってポーカーフェイスだから、感情感知がとても有用なんだよなぁ。


 オレたちの婚約発表が終わり、パーティーは再開される。今度はミネルヴァの隣で、だ。


 たくさんの貴族が詰めかけてくる。八割方は、オレとミネルヴァを祝福した。にこやかに祝辞を述べ、ついでに本命の自身の名をアピールしていく。


 これは“オレたち”というよりも、ミネルヴァを目当てにしたものだな。公爵の決定した婚約を覆せるわけがないと早々に諦め、将来的に彼女の力を借りられるよう、繋がりを持とうとしているんだろう。または、どうせ色なしとは破談すると考えられているか。


 オレを完全にバカにしているけど、世の中の常識を考慮すれば当然の反応だ。表立って罵倒してこないだけ、十分立場を弁えている。


 残る一割九分は、ミネルヴァよりもオレに注目している様子だった。先の八割と同じで祝辞を述べた後、オレの話題を中心に会話を展開していた。


 おそらく、魔法狂まほうきょうと呼ばれる公爵が、ただの色なしに大事な娘政のカードを切るわけがないと考えた口だろう。オレに何があるのか探りに来た感じか。


 こいつらは機微を捉えるのが上手い者たちだ。今後、何かに使える時が来るかもしれないし、名前くらいは覚えておこう。


 そして、最後の一分。これは、どうしようもなかった。何で公爵家のパーティーに招待されているのか不思議でならない奴らだった。

 

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